後日譚5

中間で4人赤点を出したかどで、教務主任からお叱りがあった。その翌日には、指導の仕方が厳しすぎると保護者からクレームが入った。補習に呼んだ赤点どもは迷惑そうなツラを隠しもしない。迷惑してんのはコッチなんだよガキがァ…!という事情で俺は至極不機嫌だった。
擦れ違った宇髄が背後で面白がってる気配を感じて余計に腹立つ。
あと1コマ授業が終わったら、今日も課題を準備して(有難がられもしないのに)赤点どもに数学を叩き込む楽しい補習のお時間だ。
ア゛ーやだ俺はミズキの待つ家に帰りたい。抱き締めて癒されたい。

最後の授業を終えて数学準備室に引っ込んで補習の準備をしてると、クソ忙しい時に限ってドアがノックされた。振り向くとドア上部の覗き窓に宇髄の顔があって(身長が高すぎるせいで少し腰を屈めまでして)手を振ってて2割増し腹立つ。
俺の迷惑そうな顔は充分見えたろうに、宇髄は許可も待たずに扉を開けた。だから、ノックの意味!

「やっほーしーちゃん楽しくやってる?」
「見ての通りだとっとと失せろやァ…!」
「だってぇ、ミズキちゃんどうする?俺とお茶する?」
「ハ?」

何で今その名前が、と思ってる間に本当にミズキが宇髄の後ろから顔を出した。一瞬幻かと思った。

「忙しいとこごめんね。宇髄くんから連絡もらって、差し入れ持って来ちゃった」

「これおはぎ」とミズキの差し出す紙袋を咄嗟に受け取って混乱してる内に、宇髄が「じゃ、しーちゃん忙しそうだから行こうぜ」とミズキの肩に手を回そうとするのを2割増し強めに払い退けた。

「触んな、失せるのはテメェひとりだ」
「へーへー、後で礼しろよ」

誰がするかボケと思いながら戸をピシャンと閉めた。
いつもの準備室にミズキが立ってて、場所と人物の不一致が著しい。
俺がさっき苛ついた声を出したせいでミズキが少し所在なさそうな顔をしている。

「急に来ちゃってごめんね、もうお暇します」
「…待て」

そそくさと去ろうとするミズキの手を捕まえて抱き締めると、いつも通り落ち着く匂いがした。
さっきまで四方八方に尖っていた心が丸くなる感覚。

「ア゛ー…癒される…」
「ふふ、何それアニマルセラピーみたい」

ミズキの手が俺の背中に回ってとんとんと心臓の裏を叩くと、ついさっきまで腹を立てていたことが本当にどうでも良くなった。今なら補習中に赤点どもがスマホを触っても優しく注意してやれる気がする。

「あのね、宇髄くんが連絡くれたの。方々から怒られて生徒も反抗的で実弥くん爆発しそうって」
「あの野郎情けねェことバラしやがって」
「真面目に頑張ってるってことよ」

よしよしと子どもを褒めるような手でミズキが俺の頭を撫でた。ガキ扱いは不本意なのにミズキ相手だと腹を立てることも俺はできない。
「でもいいなぁ」とミズキが言って俺の鎖骨辺りに擦り寄った。

「実弥くんの補習だったら私受けたい」
「ミズキに補習するならひとりだけ密室に呼ぶわ」
「補習ですよね数学の?」
「補習、数学の。ベッドのある密室がいい」
「こら先生でしょ」

ミズキの手が俺の背中をぺしぺし窘めたその時、準備室の戸がガラッと開いて赤点学生が「すんません補習課題取りに行けって宇髄先生か、ら、」まで言ったところで俺と目が合って、腕の中のミズキが身体を強張らせて、気まずい3秒が流れた。
宇髄を呼ぶ俺の怒号が響くと廊下の遥か向こうから輩の爆笑する声が聞こえた。

深く深く深く息を吐いて、赤点学生がほぼ腰を抜かしながら逃げようとする襟首を引っ捕まえて「持ってけェ」と課題のプリントを持たせた。ほぼ人殺しを見る目で準備室を出ようとするそいつを見下ろすと、見て分かるほど震えながら返事をした。

「怖がんなとは言わねェが、別に取って食やしねェよ」
「ハッ、ハイッ!」
「俺の嫁さん、可愛いだろ」

ミズキの肩を抱き寄せてそいつに見えるように向ければ、幾分震えが治まって「ハイ」という声も落ち着いていた。横からミズキが「ちょっ、無理に言わせてる感!」と不平を訴えた。
赤点くん(あだ名)の目がミズキに集中して少々ぽーっとし始めたので軌道修正、「なァ」と俺が低く発するとまた赤点くんの肩が跳ねた。

「この可愛い嫁さんがな、晩メシ作って家で待ってんだよ。お前ら赤点組が真面目に課題こなして理解してくれりゃァ帰らしてやれる、俺も帰れる、お互い嬉しいなァ?」
「ハッハイッ!」
「行け。俺が行くまでに解けたら明日の補習は無しにしてやるって他にも言っとけ」
「ハイッ!!」

赤点くんの走り去る音が遠ざかるとミズキが「もう」と怒った声を出すのを背後に戸を閉めて鍵を掛けた。

「…行かなくていいの?」
「解く時間やらなきゃカワイソウだろォ」
「んー…じゃあおはぎ食べる?」
「食べる。インスタントコーヒーしかねェけど」

廊下からは死角になる位置にミズキを座らせてコーヒーを作り、一緒におはぎを囲んだ。近所の和菓子屋の、色とりどりの一口おはぎだった。ミズキとの組み合わせで癒し効果は至極だ。
時計を見て「15分までな」と区切った。区切らないと気付いたら1時間なんてことになってそうだからだ。

案の定時間はすぐ過ぎて、俺は渋々席を立って肩を回した。
「さてタノシイ補習といこうかねェ」と溜息を吐くと、ミズキも立って俺の袖を引いた。

「優しくね、先生」
「分かってるよォ」
「ご飯作って待ってるから」
「ん」

ミントタブレットを口に放り込んでミズキにキスをして準備室を出た。駐車場まで送って出て(「そういや来客証は?」「大丈夫だからって宇髄くんが」「何やってんだあのアホ…」)、補習の教室へ行った。

「だからな、お前らも頑張って勉強して虎視眈々先生を狙ってりゃ、あんな可愛い嫁さんが」
「宇髄そこに直れ斬首だゴルァ!!」


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