後日譚2

初めてミズキから「先生に向いてる」と言われたときには「まさか」と思ったが、大学で実際に何の資格を目指すか考えた時には自然に手が伸びて、教免に必要な単位を次々取得して、今は最後の教育実習の真っ只中だ。
俺は初めて会った時のミズキと同じ歳になった。この立場になって当時の俺と同じ歳の生徒等を見るとてんでガキで、よく受け入れてくれたもんだと苦笑いしてしまう。

食卓の向かい側にいるミズキは勤め先でもらったというチューハイをちびちび舐めるように飲んでいた。ミズキが口をつける前に缶をちらっと確認したらアルコール度数はジュース同然で、酒にする意味があるのか微妙なぐらいなもんだったが、ミズキはほわほわと良い気分になっているようだ。全く何してても可愛い。
俺が成人して初めて一緒に酒を飲んだ時に知ったのだが、ミズキは飲むとすぐ寝る。くれぐれも外で飲むな、男のいる席で飲むなと厳しく言って聞かせた。
メシが終わる頃には上半身がゆらゆらし始めたのでソファに座らせて、手早く皿を下げた。洗うのを後回しにしてミズキの隣に戻ったのは、酒を飲んだミズキが特に好きだからだった。
俺が隣に座るとミズキはすぐに肩に凭れてきた。

「実弥くんおかえり」
「ん、ただいま」
「寂しかったよぅ」
「悪ィ悪ィ」

ミズキは酔うと寝るまで甘えん坊になる。知った時にはガラにもなく神仏に感謝した。顔を上げさせてキスをすると綺麗な目が気持ち良さそうに細められた。正直俺の下半身には優しくない。

「あしたも実習なのにだいじょうぶ?」
「準備は済んでるから構やしねェよ」

酔ったミズキより優先する用事なんざ俺には発生しない。
ミズキの頭を支えてゆっくりソファに倒そうとすると、珍しく腕を突っ張って抵抗された。嫌だったろうかと顔を見ると唇が少し尖っている。

「…好みの子がいてもふらふらしちゃだめよ」

………ハァ?一瞬何を言われたのか分からなかったが遅れて理解するに、クソ可愛い嫉妬を今されたらしい。…一気にムラッとした。

「しねェよ、可愛いのが家にいるからなァ」
「ほんとに?」
「本当」

ミズキはまだ疑わしい顔を崩さない。
『高校生なんざてんでガキで相手になんねェよ』というのは若干ブーメランなので言いたくなかった。俺が言いあぐねてしまうとミズキはムッとしていた表情を徐々に悲し気にして、その顔を見るとふと下心と悪戯心が浮かんだ。

俺がミズキの耳元にひとつお願いを囁くと、可愛い酔っ払いはしばらく考えてから頷いた。内心声を上げて喜びたいのをぐっと堪えて、ミズキが正気に戻る前に急ぎクローゼットを漁った。必要なものを持って戻るとミズキはとろとろした顔で座っていて、その大きな目で俺の手元を見た。

「ほら、着替えられっかァ?」
「…きがえさせて」

俺何かそんな良い行いしたっけか、と勘繰るぐらいには嬉しいお願いだった。浮かれる心を理性で抑えて(今から自分のしようとすることが理性かどうか怪しいが)ミズキの服に手を掛けた。普段日に当たらない白い肌を見ないようにと思いつつしっかり見て、白いブラウスを着せ、プリーツスカートを履かせ、丈が長いのを腰で折って、カーディガンを着せた。もともと全部ミズキの持ってる服だが、この組み合わせで着ると学生服に見える。
完成した姿に思わず「おぉ」と声を出してしまい、オヤジか俺はと一瞬ゲンナリした。が、すぐにどうでも良くなった。

「実弥くんこれうれしいの?」
「じゃなきゃ頼まねェ」

ミズキが素面だったら絶対無理なやつだ。とりあえず写真を撮った。
ソファに戻ってミズキを手招きすると、ふわふわ半分意識が浮いたような顔で歩いてきて、ソファの座面でなく俺の足元に座って膝に顎を乗せた。

「…せんせ?」

膝の上にコテンと頭を預けて見上げられて、正直頭が吹っ飛ぶほど興奮した。死ぬほど可愛い、学校にこんな可愛いのがいたらすぐさま口説く、赤点取ろうが何一つ気にならない、確実に身を亡ぼす、ヤッッッッベェ可愛い。
俺が恐る恐るその可愛い頭を撫でて「…ミズキ、可愛いなァ、ミズキ」と言うと、ミズキは怒った顔で俺の手を掴んで「めっ」と言った。え、何それ可愛い。

「先生なんだから、がまんして」

マジかこの拷問。でも睨む顔も壮絶に可愛い。さっきから可愛いしか思ってねェな俺。
ツライのは間違いないが我慢してればこの可愛い生き物が俺を誘惑してくれるんだろうかとまた下心が湧いて出て、両手を降参の形に挙げて「わかった」と言った。
もしこの件でパクられたら俺は「出来心だったが後悔してない」と供述する。
ミズキはひとまず納得したのか俺の膝に凭れ直した。

「ふふ、先生、すき」
「…」
「せんせ、抱っこして」
「…ッ」
「だめ?」

俺が下腹部を誤魔化す目的で背凭れから背中を離した途端、ミズキも立ち上がって俺の脚の間に入り込んだ。そのまま俺の太腿に座って胸板を押し、離れたばかりの背中を背凭れに押し付けた。
普段からミズキは愛情表現が豊かな方だが、ここまで積極的に迫ってくることはない。アルコールって素晴らしい。またこれぐらいの度数の酒を買ってきて与えようと決心した。
ミズキは俺の胸に突っ張っていた腕を折り畳んで、座ったまま上半身を寄せてきた。耳の近くから首筋にかけて、ミズキの柔い髪が擽ったい。あと鳩尾辺りが柔らかい。俺の太腿に乗っかった尻も柔らかい。張り詰めて辛い部分はあるが限りなく幸せだ。
ミズキは猫みたいに俺の首に擦り寄った。とうとう堪えきれなくなって自分から腕を回して抱き締めてソファに押し倒すと、お約束というか可愛い酔っ払いは穏やかな寝息を立てていた。だよな、ウン、知ってた、と必死に精神を落ち着かせて、キスぐらいは許してくれと内心詫びながら何度かキスをして、毛布を掛けてやって俺はトイレに引っ込んだ。
始末を終えると起こさないようにミズキを着替えさせ、毛布を掛け直し、台所で置きっぱなしだった皿を無心で洗った。

しばらくしてミズキは目を覚ましたがすっかり酔いは醒めたようで、片付けのことを詫びた。
部屋をきょろきょろと見回して「ねぇ実弥くん、私着替えなかったっけ?」と肝の冷えることを言うので必死に平静を装って「着替え?夢でも見たかァ?」と白々しく誤魔化した。

翌日の教育実習では事あるごとに昨晩のイイ思い出が蘇って気まずい思いをしたが、何とか乗り切った。無事に実習を終えて晴れて教員免許を取得したわけだが、こんなやつに免許を渡すなと自分で思ってしまったことは否めない。


[*prev] [next#]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -