後日譚1

「受験票」
「持った」
「お財布とスマホ」
「持った」
「ハンカチ、ティッシュ」
「子どもか」
「…おやつ?」
「それこそ要らねェだろ」

二次試験の、今日は面接だけが行われる。
朝イチで「行く前に顔見に寄っていいか」とメッセージを送ってからミズキの部屋へ来たら、俺よりも緊張した顔のミズキに出迎えられた。
部屋に上がるのを断ると、玄関で荷物確認が始まった。ミズキは頭を捻って「あとは…」とウンウン唸っているが、受験票・財布・スマホがあれば後は最悪どうにでもなる。
俺がそこそこ余裕でいられるのは、一次試験の自己採点が合格ラインを優に超えていたからだ。しかしミズキにも高得点だったことは伝えたはずなのに、この緊張っぷりだ。

「一次の点は良かったんだから、今日はオマケみてェなモンだ」
「違うよぉ一挙手一投足見られてるってネットに書いてあったもん」
「緊張のドツボに嵌まる奴の行動だそりゃ」

俺からすれば美大にストレート合格して飛び級までする人間の方が余程すごいと思うのだが、まぁ人間勝手の分からないことには緊張するものだ。
ミズキは当事者の俺がいっそ動揺してないことに引っ張られて徐々に落ち着いてきたらしかったが、いきなり俺の首元を指さして「あ!」と悲鳴を上げた。

「ネクタイ!」
「…持ってる」
「着けて行こうよ」
「会場に着いたら」
「自分の番が来たらーとか後ろ倒しにするパターンのやつそれ」

まァ図星だった。
元々ネクタイが嫌いで、校則違反と再三注意されようと頑なにネクタイを着けなかった。受験の場ではさすがに持ってきたが着けている時間はなるべく短くしたい。
ミズキも俺のネクタイ嫌いをよく知っていて、しばらく困った顔をした後にぱっと表情を明るくした。

「ネクタイ出して、ここ座って」

ミズキに言われてしまえば俺は逆らえず、ポケットのネクタイをミズキに渡し、靴を履いたままミズキに背を向けて玄関に座った。『これは』と思ってると案の定、ネクタイの両端が胸の前に垂れ下がり、右耳のすぐ横にミズキの顔が現れた。
俺の心臓の前方辺りでミズキの白い手がネクタイを触って、交差させたり上下を入れ替えたりしている。「んんん…結び方教えて?」と言われるまま「縫い目のとこで重ねて」とか「下通してこっから出して…」とか指示を出した。
正直、耳元で声がするとか甘い匂いがするとか背中に柔らかいものを感じるとか白い手が目の前で俺のネクタイの形を作っていく様に、下手したらキスするより興奮していた。最後にきゅっと結び目を整えてミズキが「できた!」と嬉しそうな声を上げた。
ミズキは俺の背中から離れて立って、「見せて見せて」と俺にも立ち上がるよう促した。勘弁してくれ正直半分アレなんだと思ったが抵抗してキョトン顔されるのも気まずい。立ち上がってミズキと向き合うと、ミズキは皺を伸ばすようにネクタイを撫で下ろした。

「うん、すてき」

目を細めてうっとりした表情のミズキに俺は顔を覆いたくなったが、奥歯にヒビが入りそうなほど食いしばって何でもない風を装った。

「帰ってきたら私がほどくから、取っちゃいやよ」

『ダメ』じゃなく『イヤ』と。いっそ怖いほど可愛い。今すぐ靴を脱いで部屋に連れて入って1日中セックスしてたい。もう面接どころじゃない。
俺が真顔でそんなことを考えてるとは微塵も思ってないミズキは俺を反転させてドアの外へ促しながら「ほらもう時間、いってらっしゃい」と言った。
ロクに返事もできないまま外廊下へ出て2秒突っ立って、煩悩を消すために自分の頬を両手で打ったら思ったより大きい音がして、驚いたミズキが出てきた。
「大丈夫、行ってくる」と赤い頬(外的要因)で無表情で言った俺は相当奇妙だったと思うが、結果的に身なりは整って気合も入った。

面接を終えて帰った俺は約束通りミズキにネクタイをほどいてもらって、そのままの流れでめちゃくちゃ抱いた。当然、その日夕方から絵画教室の仕事が入っていたミズキに怒られた。「俺が夕飯全部作るから」と謝り倒して仕事に送り出したが、内心『あー可愛かった』とほわほわしていたことは保身のため黙っておく。


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