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疲れたと、自嘲的に笑った。

律は疲れたどころの騒ぎではないだろう。

異世界に連れ去られ、挙句幼なじみと名乗る自分に凌辱された。どうしてこんな目に会うのかがきっと分からないだろう。どんなに自分が律に恋い焦がれ、欲していたかもきっと理解できないだろう。したくもないかもしれない。

絶対に許さないとその瞳が語っていた。

律の信頼を失ってまで、自分は何を手にすることが出来ただろうか。こうなると分かっていてどうして手を伸ばしてしまったのだろう。

それが自分に課せられた性とはいえ、二人にとっても余りにも無慈悲な定めだ。



幼い頃王子として生を受けたランティスは、はじめからルークがいた。当然のように将来妃になる人なのだと、自分のものだと思っていた。それを疑うことなく育った。

そうしたのは母だったのかもしれない。呪縛のようにランティスの妃にはルークがなるのよと言い続けた女。そうすることでしか狂気を抑えられなかった女。父王もそんな母に好きなようにさせていた。唯一の正妃にして正当な血筋は持つ女だったからだ。

物心ついた頃からずっとランティスにはルークだけいれば良かった。母は頭がおかしい女だったが、ルークを自分の妃にと決めておいてくれたことだけは感謝していた。

ランティスとルークの命を狙う輩さえいなければ、ずっと一緒にいられたのに。そうしたらルークもランティスの物だと、こうして抱かれることに何の躊躇もなかったはずだ。そうさせただろう。

他の誰にも会わせず、律の世界はランティスだけで、そうすれば律には自分しかいなかったはずだ。


惜しげもなくその若々しい肢体を晒しながら、ランティスは隣に眠る律を眺めた。

いつか昔のように微笑んでくれるかと。


「ランティス様」

「リゼン……許可なく立ち入るとはどういうつもりだ?ここはもう王妃の部屋だ。俺以外の男は立ち入り禁じている」

リゼンはランティスの乳兄弟にして幼馴染、右腕にあたる。爵位も高く、力も貴族の中では一二を争う。ランティスに対し、進言できる唯一の人物であり、ある程度影響力もあると言われている。

この国第二の権力を持つ人物でもあるし、ランティスを恐れて何も言えない貴族が頼るのはリゼンだった。

だがリゼンはランティスに仕えることを至上の喜びとし、けっして王位を狙うこともない。もっとも貴族の中での力が抜きんでいるだけであって、王族と比べると、やはりその力は見劣りする。だが、ランティスは自分以外の王族は全く信頼していないので、リゼンが信頼できる唯一の部下といえるだろう。だからと言って無断で主と王妃の部屋に侵入するのは度を超えている。


「申し訳ありません……ランティス様の体調が気になりまして。ご無礼をお許し下さい」

「気になって、跳躍してまで様子見か。お前でなければ殺していたぞ……次はない」

「はい……しかし女神の恩寵は余り得られなかったようですね。お力が戻っていらっしゃらない」

「少しはましだ……無理矢理犯した男に恩恵を下さいとねだっても無理だろう」

「ルーク様はランティス様がどれほどご自分を犠牲にしてこられたのか、お分かりではない!……今までこうして生きていられるのはランティス様のお陰なのに……分かっていれば拒絶などなさらないはず」

リゼンはずっとランティスの傍にいて、見てきた。ランティスがルークに拘るのを昔から良く思ってはいなかった。どれほどランティスがルークのために犠牲にしてきたものが多いか、誰よりも知っていた。だからこそ、ランティスを否定するルークを許せないのだろう。

「ルークは何も知らない…知らせるつもりもない。何も知らせず、平和に暮らしていたところに、連れ去って来たんだ。分からなくて当然だ……俺は恩を着せるつもりはない。いいか、ルークは王妃だ。一度だけ言う。俺の物を侮辱することは許さない」

まだ年若いランティスはその若さのせいで侮られないために、その圧倒的な力と冷徹さで国を治めてきた。

一国の主でありながら王太子のままという曖昧な地位。それらを補うために、世間ではまだ子どもと言っていい少年時代から、ランティスを侮る者には死よりも過酷な罰を与えてきた。直属の部下とはいえ、リゼンの言葉を許していたら、この国で王ではいられない。
一度だけ言う、とリゼンに言ったのは次は無いと示唆したのだ。

「分かっております」

「分かっていればいい……ルークには何も教えるつもりはない。決して、俺たちのことはルークには知らせるな」

誰もが知っている事実としても、絶対にこの愛しい温もりだけには知られたくはない。
知られたら無理に抱いたとき以上に嫌悪に満ちた目で見られるだろう。想像に難くない。
ランティスはルークと同じ自分の金色の髪をかきあげると、冷たいアイスブルーの瞳を閉じた。

「シールドはどうしている?」

この国は、いや他国でも同様に外敵から守るため強固なシールドで覆われている。
シールドは力を持つ貴族王族ではられているが、最も力を持つ王によって維持されている。


「数人交代で維持していますが、いつまで持ちこたえられるかは……」

「俺が受け持つ」

「しかし……お力が」

「即位式もしないといけないしな……俺が受け持つより他はないだろう」

ルークという伴侶を持ってはじめて王になれる。

父王が死んでから宙に浮いた地位にやっと座ることができるのだ。

「即位式は奴らも呼ばざる得ない……守りも強化する必要がある。この国の威信をかけて、俺の力を見せつける必要があるんだ」


律を抱かずにいられなかった理由の一つだった。

もっと時さえ許せば、無理やりこの地に連れ戻したとしても、時間をかけてゆっくりと信頼を取り戻せたのに、そう悔やむ自分もいる。そうしたらずっとこの王宮で一緒だった頃のように、拓人として傍にいた頃のように、自分を受け入れてくれたかもしれなかった。
そんなふうに思いながらも、でもそうできなかっただろう自分にも自嘲した。

幼いころとは違う。成長した誰よりも美しくなったルークを前にして、自分が我慢しきれたかは分からない。きっと獣同然に襲っていただろう。なら結果は同じだ。後悔するだけ時間の無駄だ。


「恨めというのなら……誰をと言えば良い?……あの母上か?」

権力欲のが強く、そして誰よりも美しかった母。母と思ったこともなかったが、感謝だけはしていた。ルークを自分の伴侶としてくれたから。

「それとも、こんなふうに生まれた運命を?……いや、やはり俺だな」

母でもない、生まれでもない、誰に強制されたわけでもなく、物心ついた頃から自分の物だと決めていた。

「俺を恨めばいいんだ……ルーク…律……」

そう、覚悟はできていた。

そう覚悟をして、ここに連れ戻したのだから。



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