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起きて、やっぱり夢ではなかったことに絶望し、現実なのだと悟った。そしてこの異質に感じる身体が自分だと認識できるまで、数日を要した。

ランティスに汚された身体を洗い流すために、はじめて自分の身体を見た。侍女達が控えて、手伝おうとしたが、ランティスの形跡の残る身体を見せるのは耐えられなかったし、そもそも一般家庭で育った律には身体を他人に洗わせることなど許容できるはずはなかった。

やっと浴室で一人になって自分の身体と向き合った。
ランティスの言うように男と女を併せ持った、今までとは違う身体。
平凡な律の顔とは似てもにつかない、美しい顔立ち。

決して自惚れているわけではなかった。客観的に見て美しいものは美しいのだ。

だが余りに今までの自分とかけ離れていて、慣れるまで少し時間が必要だった。



「ランティスは……」

何を考えているのだろうか。

律はここに着たばかりのころ、自分がルークという名のこの自分は嘘ではないかと、祈って疑っていた。
だが日が経つにつれ、確かに自分はこの世界で生を受け、育ったのだと朧気な記憶がよみがえって来たのだった。彼の言っていることは嘘ではなく、全てとは言えないまでも、真実だった。律はこの世界の住人なのだ。

この律に与えられた王妃の間も幼い頃の律の部屋だという。
ランティスの幼い頃だろうと思われる小さな少年と過ごした記憶も微かだがよみがえってきたのだ。

間違いなく自分はこの世界の住人だったのだろう。そう日が経つにつれ実感するようになった。確かにこの世界に生まれ、育ち、ランティスと一緒に育った記憶があった。一つ年下だった幼子は愛らしく、弟のように思っていた。

この顔も初めのころは、戸惑って慣れなかった。あの平凡で父と少し似た顔が、律のものだったからだ。だが、段々とこの顔にも慣れてきた。幼いころの自分の顔が今の律の年頃になれば、こうなるだろうと思える顔だったからだ。

この顔も、この城も、ランティスさえも、奇妙に懐かしく思えるのが不思議だった。
だが、それだけだ。その事実は否定し難くても、自分のいるべき世界は、いたい世界は今まで過ごした平凡な律としての世界だった。

確かにこの世界の記憶は微かだが持っている。だが過ごした年月が、思い出が、余りにも違いすぎる。あの過保護な母も、平凡な高校生活も、ここには何もない。
今更戻ってこれたところで、律には迷惑なだけだった。微かな記憶だけで、この世界を受け入れることなど到底できなかった。

ルークという名前もいらない。王妃という地位もいらない。ランティスなんかいらない。男として過ごしてきた自分が男に抱かれるなんて耐えられない。

贅沢な暮しもいらない。子どもなんか生みたくない。

帰りたい。帰りたい。元の生活に戻りたい。ただそれだけしか思えなかった。



「なあ……ランティスってどんな人?」

帰るための手段を見つけたい。だが知らないことが多すぎた。

律がこの世界のことで覚えていることなどは、ほとんどなかった。知っていることはランティスという人間がいたこと。彼と過ごした幼いころのほんの少しの記憶の欠片。そんな役に立たないことしか覚えていない。

王族が持つ力とは何か。どうやって世界を移動するのか。この世界は、ランティスはどんな人なのか。

ランティスは世界を移動できた。王というくらいだからランティスほどの力の持ち主はこの国ではいないのだろう。だが、世界を移動する力の持ち主はランティスだけではないはずだ。

ジークと呼ばれた青年も、ランティスと同じ力を持っていた。

ランティスは律には力がないと言ったし、実際何も出来る様子もない。だが何としても戻りたかったのだ。だとしたら情報を集め、誰かに帰してもらわなければいけない。

「ランティス陛下ですか? 素晴らしい方です。まだあれ程お若いのに、この国を治められ、比類ないお力をお持ちです」

「統治者としては問題ないのか?」

侍女のリスティーは律がランティスに興味を持ったのが嬉しかったのだろう。嬉々としてランティスを褒め称えていた。

なんせ律がランティスを嫌っているのは端から見ていてもよく分かるのだろう。せっかく王妃が戻ってきたというのに、王妃は王を拒絶し、嫌悪さえしているのだから何とか仲を修復さえようと、リスティーは必死だった。なんとか少しでもランティスに律が好意を抱けば、という思いなのだろう。

「勿論申し分ありませんわ! 近隣諸国からも一目置かれるほどです」

「この国以外にも、国があるの?」

「はい。エメルディアの他に幾つも国はございます。ただエメルディアほど広大な領土や勢力を持つ国はありませんわ。皆、ランティス陛下のおかげです」

リスティーはランティスを尊敬しているらしい。この様子を見ればそれは彼女だけではなく、この国民全てなのだろう。この国がどんな国かも律は知らないが、少なくてもランティスの統治は上手くいっているように思えた。


「何で、あんな若いランティスが国王なわけ?……そもそも、いくつだよ」

ランティスは律より年下で、普通に考えれば一国の国主には若すぎる。彼の父親や兄弟はいないのだろうか。以前、他にたくさん兄弟もいるようなことを彼自身の口からも聞いた覚えがある。律の記憶では確か一歳違いだったと記憶しているが、なんせ記憶がかなり怪しい部分もあるし、この王宮で育った時は何も教えて貰っていなかった。

王族に必要と思われる教育や、武芸も何もしなかった。

ランティスは授業の時間といってよく連れ出されていたようだったが、自分はただ守られて大事にされていただけ、王妃になるのだからと真綿に包まれたような扱いだった気がするのだ。早くランティスが戻ってきて、遊んでくれないかと待っていた、そんな記憶ばかりだった。

――――ルークは何もしなくてもいいよ。だってルークは僕の王妃になるんだから


要するにこの国や世界のことは何も知らないままなのだ。

子どもの頃から政治に関することなど何も学んではいなかった。たぶん王妃になるからと何も教えられないまま、甘やかされて育ったのだろう。


「陛下は御歳15でいらっしゃいます。ですが、即位式までには16におなりになるはずです……前王、ランティス様の父王は5年前に崩御されております」

「5年前……」

5年前は律の世界で、拓人がいなくなった時だ。父親が死んだので律の傍にいることができなくなり、この世界に戻ってきたのだろうか。時期は確かに一致する。

拓人としてあちらの世界にいた時は、こちらでランティスはどうしていたのだろうか。仮にも王太子という立場で、世界を離れて異世界で拓人として存在することなど、許されるのだろうか。

「ランティスに家族はいないのか? 他に」

「私も詳しくは……御兄弟、王族の方は何人も、それこそ何十人もいらっしゃいましたが、正当な王位継承権をお持ちなのは陛下ただお一人でいらっしゃいます。陛下の母妃様だけが唯一の前王の妃でいらっしゃり、それ以外のランティス陛下の異母兄弟は皆、妾妃腹となりますので、この王族の血を引いていないのです」

「じゃあ、何でランティスだけが王位継承権も持っているのに、前王が死んでから5年過ぎても、ランティスはずっと王太子のままなわけ? 普通、王が死ねば王子が次の王に即位するんだろ? 5年も王位が空席のままってありえるのか?」

「それは……本来であればすぐに即位されるのが習わしですが……まだランティス様が幼いことで反対派も多く」

内乱になったわけだと、リスティーの言葉を聞かなくても何となく分かった。それはまだ10歳の少年王ともなれば、反対する一派も出てくるだろう。

ランティスの血筋は正しいのだろうが、どうやらリスティーの話を垣間見るとこの世界は血筋だけで通る生易しい世界ではないようだ。お飾りでは駄目なのだろう。

ランティスが言った、進化した人間としての証、力がない限り、王として認められないのだ。

まだこの国のことをほとんど知らない律には、ただの想像にしか過ぎないけれど。

「一番の障害となったのは、陛下には妃となられるルーク様がいらっしゃらなかったことです。王として即位するには妃がいらっしゃることが第一条件。ルーク様が行方不明になっておられたので、陛下は王太子のままでいらっしゃいました」

内乱状態のままでは律を安全に連れ戻すことができず、そのため王として即位することができなかった。そういうことなのだろうか。

「それって俺じゃないと駄目なのか? 婚約者だったのは聞いたけど、他の女が妃になっても良かったんじゃないのか?」

律が妃ではないといけないわけではないだろう。それなりに血筋のよい貴族や王族の女性を妃に迎えても、支障はないのではないだろうか。わざわざ律を呼び戻す必要などあったのだろうか。

「王妃になりたいって女も多いんじゃないのか?」

律には理解できないが、一国の王妃だ。なりたいと思う女性も多いだろう。ランティスは見かけだけは良い。まさに王子様の外見だ。

「それは勿論ですわ。ランティス様の子どもなら、素晴らしい力に恵まれた王子が生まれるはずですもの……王妃は無理でも、子どもだけでもと思う方々は今でもたくさんおります。でも陛下は、ルーク様を愛していらっしゃいますから、そのようなご心配は無用ですが」

愛人でも何でも作ってくれて、余所で後継ぎも作ってきてほしい。それが正直な感想だった。

「なら…俺である必要なんかない。他の女で充分じゃないか」

「いいえ、ルーク様ではないと! 陛下にはルーク様のお力が必要ですわ!」

「力? 俺にもあるの?」

ランティスのような超能力が律にも使えるのだろうか。この身体になって、ランティスのような特別な力を使えたことはない。でももしランティスのように異世界を渡る力が律にもあるならば、一刻も早く戻りたい。

「律にはない。王族でも力を使えるのは男だけだ。女は血統を伝えるのみ…… 律が俺の婚約者に選ばれたのは、最も正しい血統を伝えることができるからだ」

「ランティス……」

「女、余りルークには話しすぎるな。戻ってきたばかりで、何も知らないのに混乱する」
「申し訳ありません、出過ぎた真似をいたしました」

ランティスの冷たい眼差しに、リスティーは震えていた。若さを補うために、その力と恐怖で治めているのだろう。

これでもうリスティーは何も教えてくれないだろう。ランティスはこの国では絶対なのだろうから。

「リスティーを責めるなよ! 俺が教えて欲しいって言ったんだ!」

「聞きたければ俺が教えてやる。どうして俺に言わない」

「お前は嘘で塗り固めているような気がする……俺の知りたいことは絶対に教えてくれないはずだ」

肝心なことは何も教えてくれない、何かを隠している。

「知らなくても良いことは、教えられない。ただ出来る限りは教える。約束しよう。何を知りたい?」

「全部」

そう言うとランティスは困ったようにため息をついた。

「おいで」
ランティスに抱き抱えられたと思うと、一瞬で周りの視界が変わった。

「な、何!」

「律が知りたがっていた世界だ」

一面の青。律とランティスは王妃の間から一瞬で移動し、文字通り空に浮かんでいた。

「これもランティスの力なのか?」

ランティスが律をしっかり抱きしめているから落下しないが、落とされたらと思うと大嫌いなランティスでも怖くてしがみ付かずにはいられない。

「そう……空間を移動し、異世界も渡れる。俺は得意ではないが、一瞬で怪我を治癒する力の持ち主もいる。そして……指一つ動かさず殺すこともできる」

「殺してきたのか?」

律が覚えていた幼い頃のランティスも、拓人も穏やかで人殺しなどする子どもではなかった。病弱という設定だったためか、律が外に出させてもらえなったせいか、拓人との記憶は優しいものしかなかった。

ランティスも、拓人も時間があれば律を優先し、何でも言う事を聞いてくれた。

「下を見ろ。これがエメルディアだ」

律の問いかけには答えず、眼下に広がる街を示した。王城から出たことのなかった律にとって、この世界を初めてみた瞬間だった。
街、広がる森。

「この国が俺が治める国だ。見渡す限り、それ以上に広がっている……国境はシールドで守られている」

「シールド?」

「力を使った目に見えない防護壁、とでも言えば分かりやすいかな……核戦争の名残がまだそこかしこにある。いまだ大地は癒えていない。シールドを一歩でも出れば放射能に犯されるだろう。奇形化した動物も多い。安全な場所はとても少ない……放射能に犯されてない、肥沃な土地は限られている。奪い合いだ。どれだけ強固なシールドを張れるか、他国からの侵略に耐えられるか、それで王の器が計られる……力を持たない王など王ではない。すぐに引きずり下ろされるだけだ」

「でも、ランティスはそれだけの力を持っているんだろう?」

「ああ……持っていた」

「いた?」

過去形での表現が気になったが、瞬間移動といい、空中浮遊といい、壮絶な力は今も垣間見ることができる。


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