「おや、随分と早いお帰りだね?」

「はい……竜に振られまして。あんまり寒かったので諦めて戻ってきました」

山頂に向う前に宿泊していた宿屋に戻ってきたら、亭主に不思議そうに訊ねられた。実際契約を結んだ騎士以外にこんなに早く諦めて戻ってくる生徒は稀だろう。

「そうだね、それが良い。若い命を無駄に散らすことは無いよ」

その言葉にサーレイは苦笑した。サーレイの家ほどではなくても、騎士になれずに戻ってくるならこの北方大陸で死んでくれたほうがマシと思う者たちも多いだろう。戻りたくても戻れずに、死んでいく仲間を思うと悲しくなると同時に、同じような運命を辿ろうと思っていた自分に自嘲するしかなかった。

死ぬくらいだったら他にいくらでも生きる道があったのに。サーレイのように。

「サーレイ」

部屋に入ると熱っぽく抱きしめられた。身体は冷たいくせに、吐息だけは熱く感じる。
そのまま身を任せていると、コートを剥ぎ取られ、その下の服を脱がそうとして来て思わず突き飛ばしてしまった。

「お前な……外では寒いと思って今まで我慢してきたのに、これはないだろ? 恋人を突き飛ばすなんて」

「だってっ……い、いきなり何なんだっ!」

「何なんだって……恋人同士が二人きりになったら、やることは決まっているだろう? 俺は18年も我慢してきたんだぞ? これ以上一秒も待ちたくないんだが?」

「じゅ、十八年もって……子どもの頃はカウントするなよ!」

初めて好きだと言われてから、確かに何年も待たせたけれど、18年も待たせた覚えは無い。

「俺はお前が生まれてからずっと待っていた……もう待たせないでくれ」

恋人になったら、抱き合うのいう行為は当然のことなのだろう。だがサーレイにとって、竜と交尾をする可能性を考えてはいても、実際にグレハムと抱き合うことは、彼の物になる覚悟をしていなかった自分にとって酷くハードルが高かった。

「……風呂に入らせてくれ」

「そんなのどうでも良い」

「そんなわけないだろう! 雪山だから匂いは気にならなかったけど、もう何日湯に入っていないと思っている! 俺は、初めてでそんな体で抱き合うなんて嫌だ」

「じゃあ、一緒に」

「気持ちの整理をつける時間くらいくれ!」

今まで愛していると良いながらも触れようともしなかったくせに、サーレイが好きだと返した途端、この豹変した態度はなんなんだろう。
恋人になったのだから、したくないというわけにもいかないし、グレハムも納得しないだろう。時間が欲しいと言ってもあの様子では無理だろうし、時間をかけてというのもそれこそ10年以上の付き合いがあり、今更かける時間も必要ないと言われるだろう。
そもそも嫌なのかと言われると、嫌ではないが、無理というのが正直な感想なのだ。生涯独身を通し、交わるとしたら竜としか駄目ということばかり考えていて、それが凄く嫌だった記憶しかない。

何よりも兄とその竜との場面ばかり脳裏に浮かんで、自分がグレハムとできるのか自信がなかった。

だからと言って、これまで我慢強く待ってくれていたグレハムに清い交際を強要するわけにもいかないだろう。
グレハムの物になると言った口で、プラトニックな愛を貫き通そうと言える筈は無い。今度こそ愛想をつかれてしまうかもしれない。
そう心配するほどにはサーレイはグレハムを愛していた。

充分すぎるほど時間をかけ湯を使うと、おそらく必要ないといわれるだろう衣服もきっちりと着込み、グレハムの元に戻った。

グレハムは部屋を暖めてくれており、薪を暖炉にくべていた。その姿をじっと見つめていると、おいでというように腕を広げられ、サーレイは素直にその腕に抱かれることができず、ポツリと呟いた。

「お前も入ってこいよ。俺は良いって言うなよ……」

「分かった。覚悟を決めていろよ」

グレハムが湯場に向うのを見送って、これからグレハムと使うだろうベッドに座った。

「心の準備……できるはずないだろ」

言葉にはしなかったし、自分でも認めてこなかったが、サーレイだってグレハムのことをずっと好きだったのだ。
だけど、生々しい想像はしたことがなく、グレハムはサーレイをどうしたいのだろう。
抱きたいと言っていたので、サーレイを抱く気なのだろうか。

悶々と考え込んでいたせいでグレハムが出てきたのにも気がつかず、気がついたときにはグレハムに背後から抱きつかれ、そのままベッドになだれ込んだ。

「……心の準備はまだできていないと言う顔だな」

「……分かっているなら」

「分かっているが、お前にはいくら時間をやっても無駄だとも分かっている。俺に好きだといってくれるまで何年必要だった? お前を抱くのにもう何年も我慢をする気はないぞ」

「……そうだな」

「じゃあ、俺はお前を今から抱く。サーレイ……お前の身体も心も全部、全部俺の物になるんだ」

体重をかけてサーレイの上に位置を決め込むと、グレハムは厳重に着込んだ服を剥いでいく。それをサーレイは心細い思いで見ていた。


「お前が……俺を抱くんだな?」

「なんだ、そこから始めるのか? 俺はサーレイを抱きたいといっていただろう?……抱きたいと言われても無理だからな」

「そうじゃないけど……」

抱けと言われても無理だが。
グレハムのことを好きだが、サーレイがグレハムを積極的にどうこうするのはどう考えても無理だ。

性的なことを考え始めると、どうしても兄のことを思い出してしまう。
巨大な竜と交わる兄。人間ではない生き物と不自然な行いを見なければ、グレハムともっと自然に抱き合えたかもしれない。

グレハムが自分以外のことを考えるなというように、首に唇を落とし、段々と下に降りてくる。ビクリと思わずグレハムの頭を押さえつけてしまったが、グレハムはそんな些細な抵抗を物ともせずに、したようにしていた。

「泣いている……そんなに嫌か?」

そう聞かれるまでサーレイは自分が涙を流していた事に気がつかなかった。嫌でそんなことをしていたつもりはないし、痛くもないし悲しくも無い。どうしてだがサーレイ自身分からなかった。

「お前がこういうことに嫌悪感を持っていることは気がついていた。それがサーレイの兄のせいだとも……だが俺が相手だろう? お前を抱くのは俺だ」

そう、竜じゃないんだ。グレハムだ。

「サーレイは俺に抱かれたいと思ってくれたことはないのか? 俺はずっとサーレイだけだった。サーレイだけ手に入れば他に何も要らなかった。サーレイだけが欲しくて、他には何も必要ない」

「俺は……お前が強引に俺を奪って欲しいと思っていた。そうしたら……騎士にならない言い訳ができたから。口だけで決して手を出さないお前を憎んだこともあった」

「そうしたかった……サーレイが、たった一言…奪ってくれと言ってくれたら、すぐにでもそうした」

好きだってずっと言ってくれていたのに、グレハムに思いを返すことも無く、強引に連れ去ってくれないのを逆恨みすらしていたのに、グレハムはそれでもずっとサーレイを好きでいてくれていた。

「……国には帰らない」

「ああ……」

「俺たちを知らない国に行って…そこで暮らそう」

「ああ」

「……グレハム、俺を奪ってくれ」

サーレイには2つの未来があった。
ここで死ぬか、竜騎士となって帰国するか。

でも、全く違う未来が今はある。

グレハムと二人なら何があっても生きていける。

「愛している、サーレイ」

グレハムがサーレイを切り裂くように入ってくるのを苦痛を覚悟して、向かいいれた。

グレハムと結ばれる。グレハムに抱かれ、グレハムだけの物になる。そう、それはとても神聖な何かのはずで、サーレイはグレハムに微笑もうとした。

しかし、それは適わなかった。

「グレハム……お前っ」

グレハムがサーレイに全てをおさめた瞬間、悟った。

グレハムは人ではない。
サーレイは人ではない何かと交わっていると。

「サーレイ……ごめん……これが俺たちの愛し方なんだ。でも大丈夫、正気を失っても俺は永遠にサーレイを愛し続けるから……ずっとずっと大事にする」



END


殆どの方がグレハムの正体分かっていたと思いますがw
メリバ風味でお送りしました。
まだ謎があるだろ! とお思いの方・・・機会があればグレハムサイドでお送りします。

良かったら感想があれば喜びます♪


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