「グレハム、俺はその運命から抜け出せられない。だからお前はここにいろ……もうこれ以上進むな。そんな俺を見ないでくれ」

「できない……お前だけ行かせるなんて」

しかしグレハムはそう言いながらも強引に引き止める事もしない。いつもただ口だけだ。
本当にサーレイを好きでいるのかすら疑問に思ってくる。本当に行かせたくなければ強引に奪う事ぐらい、と、そこまで考えて馬鹿な事を思っていると、グレハムは置いていくといったにも拘らず着いて来る。

「グレハム、ついて来るな! ここまで一緒に来たのが間違いだった!」

残り少ない日々グレハムといたかった。竜のものになるその日まで、少しでもグレハムと過ごしたかった。

「サーレイ、お前は何が嫌なんだ? お前が竜騎士になることか? 俺も竜騎士になってしまうことか? それとも……もう俺たちが一緒にいられなくなる事か?」

全部だ。全部嫌だった。竜騎士にもなりたくなくて、グレハムが竜の物になるのも嫌で、竜騎士になったら兄やレイモンドのように二度と会えなくなること、その全てが嫌だった

「分かっているはずだろう!?」

「分かっている! 分からないのは何故俺と一緒に逃げてくれないかと言う事だ!」

「それこそ分からないはずないだろう! 俺は生まれた時から竜騎士になる未来しかなかったんだ!」

竜騎士にならないのなら、死ぬしかない。竜騎士になれなければこの北方大陸で死に絶えたのなら、許される。

いっそ死ねば良いのかもしれない。

何も選べないサーレイにとって、それが一番傷つかない方法なのかもしれないと思った。


「竜だ……」

山頂に近づくと、竜が飛行しているのが見えた。竜はサーレイにとって珍しい物ではなかった。実家では兄の竜がいたし、王都でもレイモンドの竜が他国を威圧するように、毎日飛行をしていた。数こそ少なかったが、竜を見ない日はないほどだった。

しかし北方大陸で騎士と契約していない、いわゆる野生の竜を見たのは当然初めてだった。契約すべき竜を目の前にして、思わず身が竦んだ。

竜と契約する、これといった方法はない。ただ竜に気に入られれば良い。

ただそれだけだった。

兄もレイモンドも竜に見初められ、向こうから契約を希ってきたという。そこに何の言葉も必要ない。二人の何が竜を惹きつけたか分からない。それこそ、竜騎士になるためには何が必要なのか未だに分かっていないのだ。ただ兄たちは竜に気に入られた。


飛行している竜と目があった。竜は一瞬確かにサーレイを見た。しかし、その後すぐに何の興味もないかのように視線を逸らし、遠くに飛んでいってしまった。

巨大な岩場で寝ていた竜もいた。しかしサーレイが話しかけても一瞬だけ目を開けると、再び眠りに落ちてしまった。


「ははっ……グレハム、笑えるよな。竜たちは俺に何の興味も無いらしい」

契約を持ちかける以前の問題で、竜たちはサーレイたちを一瞬だけ認知すると、あとはいないものとして扱う。そう、全く興味がないのだ。
何体もの竜たちに出会ったが、サーレイたちと契約を結ぶつもりがないことは明白だった。興味をもたれない、これは生きて帰ってきながら竜騎士になれなかった、いわゆる脱落者たちが皆一様に、竜と契約できなかった理由として述べた事柄だった。

「グレハム……俺は自惚れていたんだな。俺は竜騎士になりたくないって思っていたけど、なれないっていう選択肢は思いつかなかった。北方大陸にこれば、竜と契約が出来て当然だと思っていたみたいだ」


何故か竜に愛される家系に生まれたサーレイは、竜に拒まれ、竜騎士になれないという事態が起こりうることを想定していなかった。
竜騎士になりたくないから、逃げるという考えはあったが、竜に拒まれるという一般的には不名誉な現状に笑いたくなった。
それでいて、どこかで安堵としていた。

「俺が悩んできた事ってなんだったんだろな? 国や家のことばかり考えて犠牲にならないといけないとか……そんな自虐的なことばかり考えてきたけど、まさか竜騎士になれないなんて、な」

「悔しいか?」

「………」

「もっと北に向うか? 深い森に入っていけばもっと竜はいるだろうし」

「いや……もう良い」

「では、国に戻るか?」

国に戻ったら役立たずだと罵られるだろう。そして竜騎士になれなかった男の末路は、種馬にもなれない。父のように騎士になる資格がないと言われた男は、一族の女と結婚をしてサーレイのような竜騎士になれる男を産ませる。
だが竜騎士になれなかった男にはその未来も無い。竜に好かれなかった男に子孫を残す資格はないと言われるのだ。だから竜騎士になるか、死ぬかのどちらかしかない。

「竜騎士になれなかったら……俺には何もなくなるんだと思っていた」

国に戻ることもできない。戻ったところで下げずまれるだけだ。それ以前に竜騎士にはなりたくなくても、なれないなんて未来が待っているとは思わず、なれなかった時、国に戻れないなんて考えた事も無かったのだ。

「竜騎士になる未来も、国に戻ることも出来なくなって………俺はやっと……」

いや、正確にはまだ竜騎士になる未来が無くなったわけではない。時間で言えば竜探しはまだ始まったばかりで、諦めるのは早すぎるかもしれない。同級生たちもまだ必死に契約をしようと、竜を探しているはずだ。
だがもうサーレイは竜を探そうとは思わない。

「俺に残ったのは、グレハム……お前だけになった。俺は正直、竜に選ばれなくてホッとしているんだ。俺は竜を選ばなくてすむ。俺はお前を選んでも良いんだって」


「サーレイ……俺を選んでくれるのか?」

それほど表情を変えることがないグレハムには珍しく、喜びを全面に出してサーレイを見つめていた。

「グレハム……もう、俺にはお前だけだ。俺たちはここで……死んだんだ。大多数のほかの生徒たちと同じように。もう俺には国もマリアーナもない。グレハム、お前だけだ」

そう言うと痛いほどきつく抱きしめられた。グレハムはサーレイを好きだと言いながら、彼から触れてくることもなかった。だからこんなふうに抱きしめられたことはなく、その痛いほどの拘束が酷く心地よかった。

「愛しているサーレイ……俺もお前だけだ。もう離さない」

「ああ……」

もう何も考えずにグレハムの想いを受け入れる事ができる。もうサーレイを縛る檻はない。一瞬だけマリアーナ、ごめんと心の中で謝った。だがサーレイが戻ったこところで、妹の運命を変えようが無い。酷い兄でごめん、と何度も謝った。でも、もう無理なんだ。グレハムを竜に渡したくないし、自分自身も竜の物になりたくない。ここまできてやっと、心の底からそう思えたのだ。

サーレイにはグレハムしか残っていないし、もし竜に選ばれたとしても、やはり無理だっただろう。グレハム以外に触れられることなど許すことはできない。

グレハムに抱きしめられながらふと上を見ると竜が飛んでいたが、もうその竜が自分を見初めるかなどどうでも良かった。
これから国に戻らず、竜のいない国へ行こう。そこでグレハムとずっと一緒に暮らす。

「愛している……凄く待たせてごめん、グレハム」

ずっと好きだった。もうサーレイはこの気持ちを隠さないで良いんだと、彼の頬に指を伸ばしながら思った。やっとやっと彼への気持ちを、何も隠さすに口に出来る喜びで一杯だった。

その頬に伸ばした指を大事そうにグレハムは掴むと、そっとその唇をサーレイに押し付けた。初めて触れたグレハムの唇は思ったよりもずっと冷たかった。



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