グレハムと北方大陸に一緒に行こう。本当は連れて行きたくない。契約も出来ず帰ってくる生徒もいるが、大半は死んでしまう。それほど北方大陸は人の住まない地で、生きるだけで厳しい大地だ。

だが、自分と一緒なら死ぬことはないだろう。お互い助け合って、サーレイが契約をするまでは生きていられると思う。

契約が出来たら、すぐに帰そう。すぐには発狂しないはずだ。短くても数年は持つだろう。最後の残られた短い日々をグレハムと過ごしたかった。竜騎士になれば、もう竜以外を愛することは出来なくなる。


「やあ、サーレイ……もうすぐ出発なのだろう?今日はここに何をしに?」

「レイモンド様……最後にお会いしたくて、会いに来ました。少し時間をいただけますか?」

サーレイはこの国で最も位の高い竜騎士であるレイモンドにそう願った。

もっとも、位の高い騎士とはいえ現在2名しかいない竜騎士だ。王都を守る役割についているレイモンドだが部下がいるわけではないので、全部自分で動かざるを得ず、普段は忙しくしているらしい。


「構わないよ。戻ってきた竜騎士が数名いるから、それほど今は忙しくないんだ」

兄の恋人だった男はとても美しい男だった。どこか女性的な美しさ兄とは対照的に、男性的な美しさを持っているレイモンドだったが、性格のきつかった兄に比べて、レイモンドはとても穏やかだった。

兄とレイモンドは親友であり、恋人同士だった。勿論、肉体関係はなかったはずだ。そうでなければ、竜騎士にはなれなかっただろう。
お互い清い関係であり、騎士を目指す以上一生そういう関係であることは分かっていて恋人になっていた。

だが二人とも知らなかっただろう。北方大陸で、お互い恋人でありながら、別の個体と契ることが騎士になる契約だということを。
知っていたら、この二人はどうしていただろうか。グレハムのように、一緒に逃げようと言い合って、北方大陸には向かわなかっただろうか。

知らなかったとしても、竜と契約する前には知っただろう。決して竜は無理強いしないと聞く。いやできないのかもしれない。人間が望んで初めて交わる事が可能になるのかもしれない。莫大な力を持つ竜は、人間と関わる事に何かしらの制限はあるのだろうと言われている。

だから兄やレイモンドは分かって竜と交わったはずだ。恋人がいながら、どうして竜と交わることができたのだろうか。


「まだ普通に会話ができるんですね……レイモンド様は」

「……ロディアンはもう駄目か?」

「ええ……まともに会話はできません。ご存じなかったんですか?」

「……報告は受けていたが」

レイモンドが竜騎士の隊長だ。当然報告は受けていただろう。毎年数人の竜騎士は確保される。ただ、すぐに死んでしまう者もいるし、狂ってしまって兄のように騎士としての役目を果たせなくなる者もでてくる。

レイモンドは増えたり減ったりする竜騎士の管理もしていた。
何故なら、レイモンドだけが竜騎士になってもう何年も経つのに、狂っていないのだ。長くは持たない、精神に綻びが出てくるのが普通の竜騎士には珍しく、変調の兆しも見せないレイモンドは、貴重な、貴重すぎる竜騎士だった。


「そんなに悪いのか……残念だ」

かつての恋人にかける言葉にしては、どこか他人行儀だ。

「兄や貴方よりも後に騎士になった者も、もういないのに……何故レイモンド様だけ、そうでいられるんですか?」

「さあ……何故だか自分でも分からないんだ。どうして俺だけ狂わないのか……君たちのような竜に愛されている家系でもないのに、何故だろうな?」

竜に愛されたサーレイの家系でさえ、これほど狂わなかった男はいない。

「レイモンド様が正気なら……兄に会いに行ってあげてはくれないんですか? 恋人だったのでしょう? もう兄のことは愛していないのですか?」

もう兄は会っても分からないだろう。それでも、サーレイはこの二人に何かを期待していた。

レイモンドと兄は、まるでサーレイとグレハムの未来を見ているようだったから。

「……愛していた。だが、もう過去のことだ……ロディとは、北方大陸から戻ってきてからはもう会ってはいない。契約をしてから、全ては変わってしまったんだ。会うつもりはないし、ロディもきっと会いたくはないだろう」

「全てはもう過去の物にしてしまったんですね……」

自分も竜と契約を交わしたら、こうなってしまうのだろうか。グレハムのことなどどうでも良いと思い、そしてだんだんと狂っていくのだろうか。

「……俺のは嫉妬深いんだ。昔の恋人のところになんか会いに行かせてくれない」

俺の、とはレイモンドが契約を交わした竜のことだろう。

竜は契約を交わした騎士を縛る。一生涯誰とも交わらせないし、竜騎士がその命を閉じると、騎士の亡骸とともに静かに北方大陸に戻っていくという。だから騎士が死んだことは誰も知らないままということも多い。いつの間にか、消えてしまう。
亡骸さえ、竜は独占し、家族にも返してくれない。


「だが……それは俺とロディーの場合だ。お前とグレハムが俺たちのようになる必要はない。俺とロディアンの運命がそのままお前たちになる必要はないんだ……」

「レイモンド様にだけ、この国を押し付けて……俺は逃げろとでも?」

狂わないレイモンドは、この国を守る要だ。毎年竜騎士が戻ってきても、いつ使い物にならなくなるか分からない。だが狂わないレイモンドはずっと逃げられない。

「俺やロディアンのことは考えるな。俺くらいだぞ……こんなに長く持つのは。グレハムがいるお前にはきっと耐えられない。お前はきっとロディほどにも持ちこたえられないだろう。そんなお前をグレハムに見せたいのか?」

バサアっと大きな音がした。

見上げると、レイモンドの竜がこちらに向かって降りてきた。
兄の竜で見慣れているのに、その大きさと、異形さに身が竦んだ。
兄と兄の竜が交わる姿は見た。だがこのレイモンドもこの異形の竜と交わっているところは、どうしても想像ができなかった。

レイモンドをジっとそんな思いで見ると、彼の竜が見るなとばかりに威嚇をしてきた。


「止めてくれ。彼は弟のようなものなんだ。最後の別れになるかもしれないから。うん、もうちょっとだけ」

サーレイは竜と会話ができるとは知らなかった。兄はもう話せる状態ではなく、竜と会話をしているところなど見たことがなかった。
サーレイには竜が話しているのは聞こえないが、契約者とだけ話せる魔法なのだろうか。サーレイが竜との契約で知っていることはあまりにも少ない。兄を見て、ほんの少しだけ知っているに過ぎない。それでも他の生徒たちよりは、知っていることは多いが。


「サーレイ……お前たちには、俺たちのようになって欲しくないと思っている。だが、俺はこうなったことを後悔はしていない。俺は彼に会えてよかった……今とても幸せだと思っている」

どうしてこんなことが言えるのだろうか。サーレイは自分がレイモンドの立場になったときに、決してこうは言えないだろう。恋人と決別する羽目になり、異形のものと交わる続けるというのに。
それでも、レイモンドが竜を見つめる目には確かに慈愛がこもっていた。嘘偽りは言っていない。

「ありがとうございました……もう帰ります。出発は明日なので」

この二人のようになりたくない。そんな気持ちは抑えきれないのに、どうして出発を止められないのだろうか。

グレハムに、竜と交わるところなど見せたくないし、見たくもない。
竜などこの世からいなくなってしまえば、竜騎士にならなくて済むのに。


「サーレイ……竜を恨まないでやってくれないか?……彼らは、とても愛しすぎるだけなんだ」

「え?」

「愛しすぎて、相手を壊してしまうだけなんだ。種族が違うからなのかな……愛し方が違うのかもしれない。愛するあまりに、相手を壊さなければ気がすまないのかもしれないな。いいや、違うのかもしれない……これが彼らの愛し方なんだ」


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