兄が竜と交配していた。

あの時は何を見ているのかと自分の目を疑った。
あの高潔で美しかった兄が、異種族である巨大な竜と交わっているのだ。

サーレイは竜騎士になるために生まれてきたといっても過言でもない。それは兄もだった。だから竜に対して憧れと、尊敬の念をいつも忘れたことはなかった。
彼らは至高の存在と言ってもいい。だから軽蔑することなどありえない。だが、サーレイは兄と竜が交わるのを見て、湧き上がる嫌悪を抑えることが出来なかった。


契約とはすなわち、騎士の体を竜に捧げることだったのだと、サーレイはそこで初めて竜騎士とは何かを悟った。

竜に捧げられた供物にすぎないのだ。そうやって幾人もの竜騎士が死んでいったのだと、サーレイは騎士になることを嫌悪するようになっていった。
人と交わるべきものではない異種と交わって、ただで済むわけはない。
そうやって皆死んで行き、狂っていったのだろう。


そして自分が歩む未来でもあるのだ。

「サーレイ……大丈夫か?」

「グレハム……どうしてここに?」

グレハムはサーレイと同じく実家に戻っているはずだった。グレハムも北方大陸に行くのだ。家族との別れは必要なはずだ。

「お前が心配になってな……兄貴のことで気を揉んでいるかも思ってな」

「兄は変わらない……何時もと同じだ」

暗い締め切った部屋でおかしくなってしまった精神のまま、竜と交わり続けている。正視することができずに、兄に会わないままだった。

兄弟だからこそあんな兄の姿は見たくはなかった。それでもこの屋敷にいるのは、南方国境に位置するこの領地で、他国に対する牽制の役割でもあるだろう。竜一体で他国の軍勢など圧倒できる。いわば、いるだけで守りになる存在だ。
今の兄にいるだけ以上の役目はこなせないだろが、それでもそんなことはごく一部の人間を除いて知りようもない。

「グレハム……お前の家族も」

グレハムが竜騎士になれたとしても、そんな姿はきっと家族は見たくないだろうし、見せたくもないだろうと続けようと思った。

「グレハム……俺とお前ってどうやって、出会ったっけ?」

グレハムの家族の話も、姿も見たことないのに気がついたのだ。幼馴染で親友だったはずなのに、自分と彼がどうやって出会ったのか、サーレイは覚えていなかった。それほど昔の出来事だっただろうか。

そういえば、グレハムの家族には会った記憶が無かった。


「覚えていないのか? お前の叔父さんに紹介してもらっただろ?」

そうだった。まだ正気を保っていた頃の叔父にグレハムは紹介してもらったのだった。知人の息子だと言ってお前の友達にちょうど良いと思ってといって、グレハムを連れて来たのだ。美しい容貌をしていた叔父だった。兄に少し似ていたように思える。

その叔父ももうここにはいない。死んだのかそれとも今も北方で生きているのか誰にも分からない。公式には死んだ事になっている。サーレイは叔父の心が正気を保てなくなるころには、会わせて貰うことが出来なかった。ただ、身体を壊し、竜騎士としての勤めができなくなったと、城の奥深くに半分幽閉されるように閉じこもり、やがて生きているかいないか分からなくなった。
今思えば、今の兄と同じだったのだろう。ただ幼いサーレイには知らされていなかっただけだ。

「マリアーナがお前と逃げてもいいってさ……そんなことできるはずもないのにな」

「何故できないんだ?」

「マリアーナの立場がなくなる……」

竜騎士を出すのが当然の家系でそれだけの実力もあるのに、逃亡でもしたら国家反逆罪だ。

「グレハム、お前は逃げていい……俺はできない」

「マリアーナのためか?」

「……俺はこういう家に生まれたんだ。今更、逃れようと思っても無駄だ。もう諦めている……でも、グレハムお前は違う…お前だけでも、別の人生を歩んでくれたら」

「お前のいない人生なんて意味がないだろう? 俺に逃げろというんだったらサーレイも一緒ではないと、俺はどこにも行かない……ずっと一緒だ」


サーレイにはグレハムの想いが、重かった。どうやってもかなえてやれない。
竜騎士は生涯純潔を通す。正確には契約した竜にその生涯を捧げるのだ。当然、他の男にも女にも思いだけではなく、その身体も明け渡すことなど許されない。

グレハムはサーレイを追いかけて、一緒に北方大陸まで行く気だ。自分だけなら仕方がない。だが、グレハムまで犠牲になるのがどうしても耐えられない。

いや契約できるとは限らないから、むしろ死ぬ確率の方がずっと高い。
契約できる生徒は片手にも満たず、その他契約できないまま戻ってこれる生徒も10人を切る場合も少なくない。だからグレハムも戻ってこれるか、分からない。

いや、むしろサーレイはグレハムは生きて戻って来れないほうが良いのではないかとさえ思ってしまうのだ。もし上手く竜騎士になれたとしたら、それはグレハムが竜と交わるということだ。あの兄のように異形の物と交わり、段々と精神を崩壊させていき、サーレイのことも分からないようになってしまう。

そんなことが許せるだろうか。

サーレイと違ってグレハムは自由に生きられるのに。

「サーレイ……俺に行って欲しくない?」

「ああ……」

「なら、一緒に行くのを止めよう。俺には何も捨てるものはない……サーレイにはたくさんあるけれど……全部捨てて、俺と一緒にいてくれ」

そうできたら、すべてのしがらみを捨てて、グレハムとこの国から逃げれたら。

「サーレイ……」

グレハムの苦し気な顔が、サーレイ自身も苦しくさせる。何故、昔からサーレイを愛していると、好きだと良いながら一度も触れてこないのだろうか。
このまま強引に奪ってくれれば。言い訳ができるのに。純潔でなくなったのなら、
竜騎士にはなれない。本当に愛しているというのなら、決心できないサーレイから無理矢理奪って、浚えばいいのに。だがグレハムは口だけで、決して行動には移そうとはしない。
愛しているといいながら、グレハムの言葉が軽い気がしてならない。
グレハムは知らないのだ。竜騎士になるということがどういうことか。だから、北方大陸に行けば、すべてが終わりだということを分かってはいない。

「お前と逃げることはやはりできない」

マリアーナを犠牲にすることもできない。結局この家を裏切る勇気もない。グレハムの覚悟が、その気持ちが信じられない。

「俺は竜騎士になる……お前は」

お前だけは、竜騎士にはさせない。



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