「サーレイ」

幼馴染の少年がサーレイに何時ものように声をかけてきた。サーレイに気軽に声をかけれるのは、幼い頃から友人だったグレハム以外はいなかった。

「3年が戻ってきたってさ……」

3年生になった後、約一年をかけて竜を探しに北方へ赴く。一年たって戻ってこなければ死んだとみなされる。

「今年は何人戻ってきたんだ?」

「17人」

「そりゃ、大量だな」

「だが契約を結べたのはわずか2人だそうだ」

「2人か……少ないな」

竜騎士は1人でもいれば、充分国境が守れるほど、強大なものだ。それほど竜の魔力は想像を絶するものなのだ。2人いれば、戦線でも充分守れるほどだ。

「少なすぎる……」

それでもなお、国が竜騎士を求めるのには訳がある。もともと人間は竜の膨大な魔力を利用するだけの素地が備わっていないのだ。それを無理に契約をするので、体に負荷がかかり、せっかく契約が為すことができても、精神が持たずに滅んでしまう場合も多い。
そのために、数を確保しておく必要があるのだ。

「来年の有望株はお前だ、サーレイ……少なくても一人は確保できるだろうと、上は皮算用しているだろうよ」

「兄に叔父3人が契約を結べたからな……」

だが残っているのは、もはや兄1人のみ。叔父3人はもういない。

サーレイは騎士として国に尽くしたという叔父3人は、短い生しかなかった。おそらく肉体と精神両方とも耐えられなかったのだろう。
来年とはいえ、もう残された期日は一ヶ月もない。3年になるとすぐに北方大陸を目指さなければならないからだ。

「グレハム……お前も騎士になるつもりか?」

この士官学校に入った時点で、騎士にならないという選択肢は許されていない。グレハムはサーレイが当然のように家からこの士官学校に出されたときに、何も言わずについて来たのだ。
幼馴染とはいえ、そこまでサーレイに付き合う必要も無いのに。どれほど竜騎士になるのが過酷なのか、この士官学校に入ってくるものたちは知らない。そして入った後は自分からは辞退することは許されない。

「サーレイがなるのなら、俺もついて行くさ」

「生きて戻ってこれる確率のほうがずっと少ないのにか?」

竜騎士になりたくないなら、この国から逃げるしかもうない。

「それでも、お前が行くのなら、俺も行かないわけには行かない」

「お前は……っ、何も知らない!何も知らないから、そんなことが言えるんだっ!」

グレハムを連れてこなければ良かった。
一緒に入学できる事を喜んでいたが、何の義務も負っていない彼が竜騎士になることを自分は望まないのだ。

「何も知らなくても、サーレイ。俺はお前を愛しているから、一人では、どこにも行かせられない」

「グレハム……その馬鹿馬鹿しい考えを捨てろ!仮にも竜騎士になると考えているんだったらな」

竜騎士になる者は生涯貞節を近い、純潔を守らなければならない。

だから、一番簡単な脱落方法は、国外に逃げるまでも無い。堕落すれば良いのだ。だが自ら資格を捨てたものに、この国では居場所はない。

しかし、竜騎士の真実を知らない同級生たちは、自分から逃げようなどはしない。何も知らないからだ。唾棄すべき真実を。



3年生に上がる前の休暇。最後の帰宅になるかもしれないと思うと、好きでもなかった家だが、無償に感慨深く感じた。

サーレイの家族は、当主である父に婿を取った母、そして竜騎士である兄ロディアンに、妹のマリアーナだ。
今夜は珍しく家族全員が揃っているが、一家団欒などあるはずもなかった。

「竜騎士にはなりたくはありません」

「ロディアンがあの状態だ!一刻の猶予もないというのに、お前はそんな世迷いごとを!」

「兄上があんな状態だからなりたくないんでしょう!……父上は、私にも兄上のようになれとおっしゃっているのか?」

「それが、我が家の国へ捧げる忠節だ」


自分の息子たちの未来など何一つ気にしていない、ただ国に対しての盲目までの献身と、国で最も竜騎士を輩出してきたという栄誉を失いたくないだけの男だ。
もしサーレイが父親だったら、自分の息子たちにあんな過酷な運命など、背負わしたくはない。竜騎士を出せなかったと下げずまれようとも。

「父上は所詮、竜騎士になる資格すら与えられなかったくせに」

この家で生き残っている男は竜騎士か、または竜騎士になることができなかった落ちこぼれかのどちらかだけである。
竜騎士にと嘱望されるだけの力があれば北方に赴き、その命を散らしている。

「サーレイ、お前父に向かって」

「父と尊敬できる人でしたら、俺も貴方にこんなことは言いません。息子にあんな目に会っているのに、もう一人も平気で生贄に捧げようとしているのですから」

「国にその命を捧げられることを幸運に思えこそ、その言い草か!お前が逃げたら、マリアーナがどんな目にあうか分かっているのであろうな」

「……分かっていますよ。だからこそ、今でもここにいます」

自分一人逃げることなど容易い。だが、妹を破滅に追いやることなどどうしてできるだろうか。

栄誉ある竜騎士になることを拒否したら、この妹は。
父との口論を側で聞いていた妹は、サーレイを追ってきた。

「お兄様……」

「マリアーナ」

普通の貴族だったら、兄2人いる妹なら親に決められた家に嫁ぐだけのマリアーナは、兄が竜騎士になるように決められているため、将来は婿をとってこの家を継ぐ存在だ。
サーレイの失態は、マリアーナの将来に影響する。


「お兄様は逃げたいのね……」

「マリアーナ、そうじゃないよ。自分の役目は分かっているつもりだ。生まれたときから、騎士になることは俺の」

「役目とか、どうでも良いのよ……お兄様は、グレハムと逃げても良いの。ロディアンお兄様のようにはなって欲しくないわ」

「マリアーナ……」

グレハムのことは誰にも話していない。

竜騎士の詳しい事情もこの妹は知らない。だが、分かっているのだ。自分の身が危うくなっても、兄に逃げてもいいのだという。

「兄上はどうしている?」

「お部屋にいらっしゃるわ……でも、会ってはいないの。あまり良くはないみたいね。お父様の話からすると」

兄の容態が良くなることなどありえない。悪くなっていくことはあっても、もう兄が元に戻ることは永遠にないだろう。

自分の中で、竜騎士という存在が、兄という存在が壊れて消えたときの事を思い出した。


  back  





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -