「さむっ!…マフラーしてくれば良かったかなあ」

今日は天気も良かったし、まだ11月になったばかりだったので少し油断していたのかもしれない。コートは着てきたが、マフラーなしでは昼間は平気だったが、そろそろ暗くなりかけた5時になった今では少し肌寒い。

家に帰れば良いのだが、できるだけいたくないのは何時もと変わらない。用事のない放課後や週末は必然的に次兄と過ごすことになる。長兄がいれば俊哉は遥を抱くこと自体は少ない。両親も潤哉もいない時間に抱かれることが多い。

だからといって俊哉を避けてばかりいたら、そのうち潤哉がいても平気で自室に引きずりこむのだ。遥が俊哉を避けているのを罰するように。

だから用事がない限り遥は家にいるし、どうせ避けられない行為なら潤哉がいない時の方が良いに決まっている。
今日は定期健診の日で、遥が家を出る正当な理由がある日だったのだ。

電車で乗り継いで3時間以上もかかる病院に遥は通っていた。

両親が遥の身体のことを知られるのを嫌って、周りの人々が誰も行かないような、遠い病院を選んだのだ。
できそこないの赤ん坊を産んだ。
母は父や祖父からそう責められ、母は遥から目をそらす様になった。代わりにできの良い双子の兄を寵愛する。それを遥は仕方がないことだと思っていた。
こんな男か女か分からないような、誰にも見せたくないような身体に生まれてきてしまったのだ。

母や父から嫌われるのは理解できることだし、祖父からも外にできるだけ出すなと言われるのも、仕方がないことだと諦めている。
今までは代わりに愛してくれる兄たちがいたから平気だった。
平気だったのに、その兄が、今は遥を苛んでいた。



「先生?」

難しい顔をして検査結果を見ている、医師に遥は数値が悪いのかと少し心配になった。
遥は昔から身体が弱かった。どこが悪いというわけでもなかったが、季節の変わり目には良く寝込んでいたし、そういう体質なのかもしれなかった。あやふやな性を持つがゆえのことだと。

公にしたがらない親のせいで、ずっとこの遠くの病院で、この先生が主治医だった。もう10年以上この先生についてもらっていたが、これほど険しい顔をしている医師の顔を見たことがなかった。

「遥君……君、恋人とかできた?」

「え?…そ、そんなのいるはずないです。先生だって知ってるでしょう?僕の身体じゃ、恋人なんか……」

「それでは、言いたくないかもしれないけど……性的暴行を受けたことは?先生は遥君がどんな子だか知っているよ。恋人もいないのに肉体関係を持つはずがないって。だから、言いたくないかもしれないけど、聞いているんだ」

何でこんな事を聞かれているのだろうか。今までこんな事を問われたこともない。今日は触診もしていないし、兄につけられた行為の痕跡も今はない。兄に頼んで診察の前は控えて貰ったのだ。

だから遥が誰かと性的な行為に及んでいることは知りようがないはずなのに。
遥はなんて言ったらいいか分からず、医師に縋るような目で見上げた。

「遥君……検査で、陽性反応が出ているんだ。妊娠のね……尿検査だけの結果では、100%までいかないから、エコーや内診をしてみれば、はっきりするだろう。でも」

「……そんな……嘘ですよ、ね……」

「ほぼ間違いはないと思うよ……」

医師に言われた言葉が理解できなかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。
だってそれが本当なら遥は実の兄との子を妊娠したことになるのだ。今まで散々倫理的におかしいと思っていたが、それが兄の子を妊娠したとなると、もう自分の身体が穢れきっている以上に、汚物としてしか感じられない。
俊也は避妊してくれていただろうか。いや、そんなそぶりは一切なかった。

「だって、先生……俺が将来子どもを持つのは難しいだろうって言ったじゃないですか!」

それは俊也も知っていた。小さい頃は遥を心配して長い道のりの病院まで付き添ってくれることが何度もあり、遥の症状も良く知っていたからだ。
だから俊也は避妊の必要も感じなかったのだろう。実際、遙は生理が来た事もなかった。兄に抱かれて、妊娠の心配をしたことは一度もなかった。可能性すら考えたこともない。

「難しいだろうと……遥君は男としても女としても両方未熟だからね。だけど、絶対とは言い切れないんだよ。遥君のような症例は珍しいから」

遥のようにインターセクシュアルの症例は患者側が隠したがるため、研究はほとんど進んでいない。遥も他に同じような身体の人に会ったことがない。こうした人々は日本に数万人もいるといわれているのにだ。

「間違っているって……そういうこともありえるんですよね?」

「うん、だからちゃんと検査を受けてみよう。そんなに時間はかからないから」



帰りの電車の中で、遥は何を考えていただろうか。
何も考えたくはなかった。

医師は検査の結果を両親に伝えなければならないと言ったが、遥が父親にはどうしても知られたくないので、自分が母に言って、また来院すると、医師に懇願した。

母は兄との事を知っている。でも父は知らない。

医師にはどこの誰か知らない男に無理やり暴行されたと言った。母にだけはそれを話したこと。他の家族は誰も知らないので、誰にも知らないように、何もなかったことにしたい事を、話した。

結局、次回母を連れてくることで、話は終わった。
遥の気持ちを慮ってくれたのだろう。医師は知らない男に暴行されたという遥の話を信じてくれた。もし信じなくても、まさかその相手が兄などと思うわけもないだろう。
医師は仲の良かった兄弟の姿を見て知っている。あの兄が遥にそんな仕打ちをするわけはないと思うだろう。

戻って兄の顔を見て、遥は何も言えなかった。
俊也に詰りたかった。俊也のせいで、今時分がどんな状況に置かれているのか。
この腹の中に罪の証を抱えているかを。
でもどうしても言えなかった。言えば、それが現実になってしまう気がして。
馬鹿馬鹿しい。もうとっくに現実になっているのに。でも信じられなかった。
こんなことになるんだったら、誰に知られても兄から逃げればよかった。自分の身体がまさか妊娠できるとは思わなかった。

「お母さんは?……」

「何時もどおり戻ってきていない」

兄がいる。潤一と俊也の両方が。

「そう……」

「体調に変わりはなかったか?」

「うん……」
そう笑った顔は上手く表情が作れていただろうか。何も知らない潤一にだけは、知られないようにしよう。ここまで我慢してきたのだ。

今更最も醜い現実を、晒したくはなかった。
そして別の意味で俊也にも知られたくはなかった。
知ったら、まさか産めとは言わないだろう。近親相姦の果てにできた子どもで、遥は中学生で、俊也だってまだ高校生だ。親になれる歳でもない。

親?と自分で考えて笑えてきた。遥が母親になんかなれるわけがないのに。
中学生で、兄の子どもを産むなんて、そんな気持ちの悪いことなどできるわけない。兄が腹の中の罪の父親にでもなれるだろうか。想像もつかないし、想像もしたくない。


そして俊也に部屋に連れ込まれて、何時ものように抱かれて。
言えば止めてくれただろうか。今、妊娠中だから、性行為は控えるべきなんだって。
だがこの狂った兄が、それを知れば、どうでるか遥はもう分からない。この兄のことがもう分からない。

だから何も言えずに、その責め苦に何時もどおり耐えた。




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