近親相姦に耽っていて、それが露見して一番被害が大きいのはこの兄のはずだった。
遥はもとより後継ぎとして期待されていないが、ことが公になれば後継ぎ候補から俊也は外されかねないのだ。何十と一族で会社を経営しているその規模は親族会社とはいえ、半端な規模ではない。その後継ぎともなれば手に入る財産は計り知れないのだ。

「俺は困らないよ……後継ぎなんかには興味ないし。一族の財産を増やす管財人の様なものだろ、あんなの。元からあるものなんかもらっても嬉しくもないし、ただの働き蜂としか思えないね。一族のために働いて金増やして……だからばれたって、後継ぎレースから外れるのは俺にとっては逆に面倒な物がなくなったと思うくらいだし、せいせいする」

どっかの誰かみたいに家の都合とか格式でとか、要らない女を押し付けられるのも勘弁だし。と皮肉な笑みを浮かべた。母は震えていた。息子に侮蔑されたのが分かったのだろう。

「俺は遥がいればそれでいいし……でもね、あんまり余計なことを言われたくもないんだよ、お母さん。一族のことには興味ないけど、俺達のこと外聞が悪いって遥とは離されたくはないから」

そこまで言うと俊也は遥を連れてリビングのソファに座った。遥を隣に座らせると、肩を抱いて母を見上げた。

「あんまり言いたくはないし、俺もお母さんにいて欲しいとは思わなかったから、言ったことはなかったけど、お母さん、貴方母親として褒められた振舞いをしているとでも思っているのか?」

「ど、どういう意味なの?」

「そのままだよ、遊び歩いて家にはほとんど戻ってこない……まあ、父さんも愛人のところに入り浸っているから、気が付いていないのか、気が付いてても都合がいいから黙っているんだろうけど。まあ、お金だけは出してくれたんでなんとかここまで育ったけどね。でもそれって父さんと母さんの利害が一致したから、通って来ただけの話だよね。息子たちも一見問題ないどころか優秀に育って、誰も文句言わなかったから。お父さんはじいさんから好きでもない女を押し付けられて辟易してて、お母さんも同じ。こんな歪な家庭でも外から見たら、理想の家庭に見えるかもしれないけど」

俊也は遥の肩をさらに抱き寄せ、無理やりキスをしてきた。

「しゅ、俊ちゃんっ……ん、やっ」

「息子2人すら満足に監視できない、役立たずの母親だって、皆にばれるだけだよ……母さんが普通の家みたいにちゃんといれば、遥とこんなふうにキスしたり、このソファで抱き合ったりもできなかっただろうから」

俊也はキス以上のことは流石にしなかったが、遥を構うのをやめない。

「そうだね……母親失格とか俺以上に母さんも叩かれるだろうし、こんなことになったのも、貴方がいなかったせいだってきっと責められるよ?……父さんも貴方に見切りをつけるいい機会だと思うかもしれないし……だいたい、家に戻ってこないのってお友達とのお付き合いだけじゃないでしょう?一体誰といるのやら…」

母はもう止める気力もないのか、茫然と俊也の異常な様を見つめていた。

「お母さん、あんたにお勧めするのは、今まで通り何も気がつかなかったことにして、ここに戻ってこないことだよ。それで今まで通りの平和な生活が送れる」

兄はこの場に相応しくない笑みを浮かべて、兄は母に提案をしていた。だがそれは遥から見ても、提案などではなくて、脅しにしか見えなかった。事実そうなのだろう。
自分と兄のことを露わにするのなら、母も道ずれにすると、そう兄は言っているのだ。


「じ、自分の母親を脅迫するの?」

「分かったかって聞いているんだよ? 俺は貴方のことなんてどうでも良いんだから」

「……分かったわ」

「そ、じゃあ、もう良いだろう?早く出てって」

息子が母親に向ける目とは思えない侮蔑しきった視線で、俊也は母を見送った。
仲が良い家族とはお世辞にも言えない関係だったが、それでもこんな怯えた目で母が息子を見ることなどこれまでなかった。

遥は兄が何とかしてくれると思っていたが、ここまで好戦的な態度で母に接するとは思ってもいなかった。2人のやり取りから母は黙認することは分かったが、それと引き換えに元の様な親子には戻れないだろう。

「お母さんに、あんな言い方……いくらなんでも可哀そうだよ」

息子2人の禁忌の関係を知ったのだ。反対し、離れさそうとして当たり前で、親として間違ったことはしていない。例え今まで3人の息子に構わなかったとはいえ、虐待していたわけでもないし、逆に過大に干渉されるよりよほど良かったほどだ。

愛されていなくても生活に不自由したこともなかったし、TVで親の虐待で死んだ子どもたちを見ていると、あんな母でも一応は親の役目を果たそうとしたのだ。それほど悪い母ではない、そう思っていた。

母が息子に脅迫されて、その結果、世間体と自分の対面を取ったとしても、遥は母を責めることはできなかった。それほど母という存在に期待していなかったのもあるし、母が自分のために身を犠牲にして助けてくれるはずもないからだ。

むしろ助けるとしたら、大事な息子、俊也のほうを母は思うだろう。

「遥、お前にあんなことを言った女だぞ?可哀そうだって?……あの女に母親としての資格があるとでも思っているのか?」

「でも……」

確かに助けてはくれなかった。遥から俊也を引き離そうとしたのも、遥を思ったからではなく俊也のためだった。

遥は誰かに兄との関係を知られたくなかった。それを恐怖していたが、だが知られたらこんな兄から解放されるのではないかと、期待もしていた。良い意味ではなく、きっと遥のせいにされたとしても、それでも兄との関係を終わりにできるかもしれないという相反した想いを抱いてもいた。

だが母は自分の保身に走り、遥のことなど気にもしなかった。母だって本当に遥が自ら兄に身体を許しているなんて思ってもいなかっただろう。ただ、そう信じたくなかっただけだ。自慢の息子が近親姦をしている。その事実から逃げ出した。

「でも?」

「お母さんは、間違ったことは言ってないよ…俊ちゃんのためにもならないよ」

「親に敷かれたレールなんて必要はないし、俺の将来だってどうだっていい……お前がいればそれで俺は良いんだ。でも、残念だったな遥。誰も助けてくれなくて」

母親さえも見捨てて、そう言われているように感じた。

「そんなこと……言われなくても分かっていたことだよ」

遥の味方になってくれるのは、この世にたった2人だけだった。この目の前の兄と、もう1人の兄。たった2人しかいなかったのに、今はもう誰にも頼れない。

「ねえ、俊ちゃん……お母さんに知られたんだよ?良い機会だって思わないの?……こんなこと続くはずないって思わないの?」

「次からは気をつける……ばれやしないし、誰にも邪魔させない」

「そんなこと言ったって現にお母さんには知られたじゃないか! こんなこと続けていたら、いずれお母さんだけじゃすまなくなるよっ!……俺達が兄弟だってこと、忘れてないよね?」

余りにも楽観的すぎる兄に、馬鹿馬鹿しい問いをする。忘れられるはずもない2人が血のつながった存在であることを。

「忘れるはずないだろう。お前の兄だからこうやってずっと一緒にいられるんだ……大丈夫だ遥、もっと気をつけるから。誰にも俺達の間を裂けないように」

ばれたら、面倒なことになるかもしれないから。そう言う兄には弟とのタブーを何も感じさせる響きはなかった。

「だから安心するんだ……何も心配しなくて良い。全部俺が負うから……俺のせいにして、お前は何も気にするな」

何も考えていないようで、ちゃんと分かっている、俊也は。

自分が犯している罪深さもちゃんと分かっていて、それを遥に強いていることも。




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