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母は毎日家に帰ってくるわけではない。むしろ戻ってこない日のほうが多い。 だから遥は、母に話しをしようと何度も携帯に電話を入れたが、出てくれることはなかった。留守電にも何度も家に戻ってきて欲しいと吹き込んだし、メールにも大事な話があるから、電話だけでも出て欲しいと送信したが、返事はなかった。
きっと避けているのだろう。母は兄と自分との関係を知り、兄に脅されている。遥が母に助けを求められても対処できないからと、完全に無視しているとかもしれない。 遥に会おうとしない母に、時間だけが容赦なく過ぎていった。医師はなるべく早い時期に堕胎をしたほうが身体に負担がかからないと言っていたが、もう自分の身体なんかどうでも良いとさえ思えてきた。
こんな身体存在する価値があるのか、そう思えてきて、母がいない時を焦る一方、もう良いんじゃないかと思い始める自分がいた。
皆が寝静まった頃に、母がようやく帰ってきた。きっと遥たちが朝学校に行っている間に消えて、またしばらくは戻ってこない気なのだろう。そうやって遥や俊也と顔を合わせないようにするつもりなのかもしれない。
「お母さん…」
それでも最近はろくに眠れない遥は、母が帰ってきたのに気がついた。
「は、遥。まだ起きていたの?」
「眠れないんだ。お母さん、俊ちゃんのことで」
自分に起きたトラブルを母に話そうとした。妊娠したので、病院で堕胎手術を受けさせて欲しいと。まだ遥は中学生なので、保護者の許可なく手術は受けられない。 母に頼るしかないのだ。
「その話はやめてちょうだいっ!」
「でも!」
「やめて!私が何か貴方にしてあげられるとでも?……俊也をあの様子を見たでしょう?私は、何も見ていなかったの。ただでさえ、貴方は面倒な子なんだから、私に頼ったりはしないで!」
母しか頼る人はいないのに、母の頭ごなしの拒絶は、遥の脆くなっていた精神状態を壊すには充分すぎるほどだった。
「私が貴方を産んだときに、どれほど皆から責められたか分かる? できそこないの子を産んでって、散々詰られて……やっと手がかからなくなったら、今度は俊也とあんなことに」
だって遥にはどうしようもできないことだった。責めるなら兄を責めて欲しかった。だって遙が望んでしたことじゃない。
「誰にも知られないようにしておいてちょうだい。特にお父さんとおじい様にはね……俊也の将来を滅茶苦茶にしるようなことだけはしないでちょうだい」
これが母親の言葉なのだから、もうどうしようもない。愛されていないことは分かっていたが、母はもう自分の保身しか考えていなかった。
遥などどうなっても構いはしないのだ。もう一人の優秀な兄の将来は心配しても、遥がどんな仕打ちを受けていようが、母には関係なかった。
「分かった……自分一人でどうにかするから」
もう絶対に母に頼ったりはしない。ほんの一欠けらたりとも、母の愛に期待しては駄目だと言われたからだ。
ずっと考えていた事を実行しようと思う。
もういらない身体だから、子どもごと自分の身体を処分すれば良い。
自室に向う途中で一歩一歩階段を踏んでいく。
この家は三階だ。三階でも、飛び降りればこのお腹の悪魔を殺すことは不可能じゃないはずだ。そしてもうこの体も要らない。
何もかも消えてしまえば良い。
それしか今は考えられなかった。
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