「……緊張していますか?」

「え?」

合同訓練の最中、ユーリに話しかけられた。まともに話をするのは、俺が彼の求婚を断わって以来だった。
断わったことを恨まれているとか、兄と結婚したことをどう思われているのか、そんなことを思うと緊張というよりも、どう対応していいか分からないと言ったほうが正しいだろう。

「兄と貴方が結婚したことは仕方がないと思っています。貴方ほど美しく、聡明で、王妃に相応しい人は王国中探してもいないでしょうからね……兄が貴方を望んだとしても恨んではいけないと思っていますから」

ユーリが褒めてくれるほどの人間だとは思っていない。ただ、隊長が俺を選んだのは、それなりの身分と魔力の高さと、王妃にしても文句を言われない程度には揃っていると思っただろうことは俺も否定はしない。

「ただ……俺ほど貴方を愛しはしないでしょう。覚えておいて下さい……俺がどれほど貴方のことを愛しているかということを。クライス」

何故かぞっとした。覚えておいてどうしろというのか。もう結婚した身で、例えこの先隊長が不慮の事故などで死んだとしても、俺と彼が結婚することなどは有り得ない。兄弟の未亡人と結婚することは法律が禁じている。再婚などするつもりは毛頭なかったが、どうあっても結婚できない相手はこのユーリだ。

「そんな顔しないで下さい……兄と気まずい思いをさせようとは思いません。ただ俺がどれだけ、貴方に焦がれて、狂ってしまいそうなほど愛しているかを覚えておいて欲しいだけなんです。貴方が兄と結婚の誓いの言葉を紡いだ時、その顔が幸せそうな笑みを浮かべたとき、相手が俺であったらどれほど良かったか。兄の腕の中で苦しそうに喘いで、処女を散らしたとき、それが俺であったら」

「止めてください!……覚えておいてくれれば良いと良いながら、よくもそんなことを!」

「俺と兄とどう違うんですか?身分は……長子である兄に確かに劣ってしまいます。だが、俺と結婚したら公爵家か王位かどちらかは確実に手に入る。それほど悪い地位ではないはずです!顔だって兄と似ている。魔力も兄に劣っているつもりはありません。そして、これだけは何よりも勝っています。クライスを愛していることは絶対に負けない!」

そんなこと言われなくても知っている。俺は隊長に愛されていないって。でも、隊長は俺のことを愛していないとしても、妻として大事にしてくれているし、抱くときは本当に愛されていないのは不思議なほど情熱的に求めてくる。
もともとあの人は恋愛に不向きな人なんだ。だから、ユーリのこんな言葉になんか負けない。

「兄さんには内緒にしておいてあげるから。ちゃんと兄さんの可愛い奥さんでいさせてあげるから、貴方を俺のものにもしたい」

「っ……自分が何を言っているのか分かっているのか?」

激昂しないように、言葉を荒げないように自分を抑えるだけで精一杯だった。この男はいったい何を言っているのか。
そもそも最初からやることなすことがおかしい。
誠意を持って、ユーリのことを好きになれない。理由は兄が好きだからと正直に言ったのに、それを兄にばらし結果2人を結婚させることになっている。それだけなら、俺の幸せを思ってというのなら分からないでもない。
でも、事を荒立てるつもりはないといいながら、不貞を働こうと誘ってくるこの男の心理が分からない。

「皆、見ているよ。怒らないで、綺麗な顔がこわばっているよ」

「誰が怒らせていると!」

「失敗したんだよね、俺……クライスが、兄さんと幸せそうにしてくれば、諦められると思っていたんだ。だから、兄さんにクライスの気持ちを話したんだ。俺の気持ちを受け入れてくれないのだったら、せめてクライスだけは幸せになって欲しいと思った」

それで、俺の気持ちを隊長にばらしたのか。どういうつもりだったのか、と不思議だったが。
諦めるために俺と隊長を結婚させたのか。

「ねえ、クライス……やっぱり俺クライスを諦められない。愛しているんだ……兄さんを愛おしそうに見つめる目が、どうしても我慢できない」

「今更どうしろと言うんだ……お前が俺と隊長を結婚させたんだろう」

人目がある。何でもないように、夫の弟と仕事の話をしているように思われなければいけない。公爵家の弟が兄嫁に懸想しているなんて知られたら、とんだ醜聞だ。

「兄さんと結婚していても良いよ。俺は官舎で寝泊りしているから、こっちで俺と夫婦生活をしよう……俺と一緒にいてくれれば、兄さんよりも俺に愛される心地良さが分かってくれると思うんだ」

兄さんの愛情が物足りなくなるはずだ。

「馬鹿馬鹿しい……何故俺が夫の弟と姦通しないといけないんだ?俺はそんなに貞操観念が低くはないし、必要性も全く感じない。自分がいかに馬鹿馬鹿しいことを言っているのか、分からないわけじゃないだろう?」

ユーリの提案は余りにも現実的ではなく、俺がどうして愛してもいない夫の弟とそんなことをしなければならないのか。見つかれば破滅しか待っていないというのに。

「……クライスはきっと分かるよ。兄さんとみたいな尊敬と穏やかな愛情?そんなものじゃ、きっと満足しないって。俺みたいに、全てを奪い取るくらいにきっと愛されたいと思っている」

「話にならないな。一度は俺を諦めてたのなら、最後までそれを貫き通すべきだ。もう俺に話しかけないでくれ」

ユーリは俺が隊長に愛されていないのに満足できるのか、ユーリならその隙間を埋めてやれる。そう言いたかったのだろう。
愛されていないことは分かっている。それでも良いと思って結婚したんだ。彼の周りにいる人間の中で、それでも一番妻にしても構わない人間だと思ってくれたのだろう。
それだけで充分だった。
それに隊長は隊長なりに俺を大事にしてくれているし、彼なりに愛そうとしてくれている。
ベッドの中でも優しいし、俺を欲しがってくれている。それ以上の何を望めというのだろうか。
確かにユーリのようには愛してくれないだろう。だが、あんな破滅的な愛情を向ける男など、怖いとしか思えない。

隊長に相談をしようか。
俺は何も不貞を犯したわけではない。知られても困ることはなに一つしていない。
大事になる前に何もかも話しておけば、あとで何があっても大丈夫だろう。
隊長は嫉妬などしないだろうが、それでも弟と妻のことだ。
大事にならないように取り計らってくれるだろう。

そう思っていた。自分に何一つ非がないからこそ、そう思えた。


*
ユーリたん本領を発揮していきますw



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