それからウィルは僕の身体に負担がかからないように、旅をしてリエラを出国し、安全な場所で家を探してくれた。
僕がこんな身体じゃなかったら数カ月おきに、住まいを変えるべきなのだろうけど、身重の身であまり無理はさせられないと定住する場所を決めた。
何もかもウィルに任せっきりで申し訳ないと思っているけど、僕が動くと目立って追手に目印を提供しているものだから駄目だと言われた。
確かに僕では旅の手配も、宿を取ることも、家を探すことも、仕事を探すこともできない。
僕も勉強してできるようになりたかったけど、とにかく僕が今すべき事は子どもを元気に産むことだと言われ、何もさせてくれなかった。
こんな僕だけどウィルが仕事に出ている間に家事くらいはしようと、洗濯をしてみようとしたら布を破ってしまうし、お皿を洗おうとしたら割ってしまうし、掃除をしようとしたら余計に散らかしてしまい、ウィルが全部やるからと家事にも手出し禁止を言い渡されてしまった。
でも料理だけは結構上手だと思う。パンをこねたり、シチューとか初めは簡単なものしか作れなかったけど、ウィルもびっくりするほど最近は上達したみたい。パンをかまどに入れたら火傷するかと思ったとか、野菜の皮をむくだけで手を切ると思ったとか散々言われたけど、一つくらい僕にだって特技があっても良いと思うんだけど。

そして僕はウィルそっくり、だと良かったんだけど、僕そっくりの息子を産んだ。

「アークにそっくりだな……天使みたいに可愛い」

「僕にそっくりだと、将来が心配だよ」

僕は何をやっても平凡にしかできない。その点ウィルは魔法の腕も確かだし、剣の腕も冒険者として働くようになったから更に上げ、男として非の打ち所のない。
どうせならウィルに似てくれればよかったのに。

「……う〜〜ん。アークに性格は似たら可愛いけど、王族としてならそれでも良いけど、この国では平民として育つからな。ある程度しっかりして欲しいかな」

僕のことを好きで、何時も可愛いと言ってくれるウィルでさえ、ちょっと心配気だった。
でもウィルから名前を取って、ギルフォードと名付けた子は、とても器用で頭も良く、僕の息子じゃないみたいにしっかりしていた。

「俺よりも頭が良いぞ……誰に似たんだろうか?」

ウィルは頭は悪くなかったし、僕よりも成績も良かった。けど、どっちかっていうと身体を動かすほうが性にあっている性格で、ブレイクみたいに文官で悪知恵が働くタイプじゃない。僕は……。
だからギルは誰に似ただろうかと言うほど、頭が良かったのが意外だった。それに顔は僕に似ているけど、身体能力は明らかにウィル似で今からどれほど凄い剣士になるだろうかと、ウィルが期待をしているほどだ。

けど残念なことに魔力は全くなかった。僕はリエラでは結構魔力は高く、ウィルはその魔力の量を買われて警備隊長に任命されるほどだというのに、魔力は全く遺伝しなかったみたいだ。

そのうちに移動するかもしれないけど、この魔法大国で出世するためには苦労するかもしれない。けど、リエラの王族として過ごすわけじゃないから、魔力なんてなくても僕は何も気にしなかった。

「ギル、ギル……可愛い!」

僕もウィルもギルをとっても可愛がった。特にウィルはギルにとても甘く、いたずらをしても叱ることもしない。

僕もギルも良く似ていて一目で親子だと分かる。だからなるべく人目につかないように過ごしていたけど、三年が経っても追手らしき追手は来なかった。だから少し安心して、ギルと外に時々出るようになった。
そこでギルは領主の館で剣を教えている子ども教室に参加したりもした。ギルより3〜4歳年上だろう領主の息子に手取り足取り剣を教えてもらって、すっかりその領主の子息を好きになってしまったらしい。
リオ君としきりに呼んで懐いていたが、リオ君と結婚したい、お嫁さんになって?とお願いしたら、リオ君はギルちゃんほど可愛いんだったら良いよと了解を貰っていて、ギルはご機嫌だった。

そんな平和な日々がずっと続くと思っていた。ウィルだけに働かせて申し訳なかったが、僕が持ち出してきた宝飾品はリエラ王家の紋章が入っていたりしてとても売りさばけないらしいし、王族としての責務を放棄してきたので国のお金で使うのは駄目だと言われて、ウィルが働いていた。

もうリエラもきっと僕のことなんか忘れただろうし、他の兄弟たちか、僕の王子たちが後継者として教育をされているだろうと。そう期待していた。
僕が逃げたせいで、ブレイクが罰を受けていたらどうしようと心配もしたが、要領の良い彼のことだ。どうにかしていると信じたい。


「ギル、お父様、早く帰ってきてくれると良いね?」

今日はウィルは冒険者として魔獣を退治に行っていた。この国は騎士団が魔法に長けていて、治安がとても良いけれど、辺境の田舎隅々まで騎士が配置されているというわけにはやはり行かない。
だからこういう田舎は、冒険者や村で魔法や剣に長けている人間が魔獣の退治にあたる。
ウィルがそうやって生計を立ててくれていた。

「うん……あ、お父様が帰ってきた!!!」

ギルがウィルを向えにドアにまで駆け寄っていった。
僕もお帰り、と言おうとして料理の手を止めて振り返って、時が凍った。

「あ……っ」

リエラ国軍の制服は他国だからか着ていなかったが、僕はすぐに分かった。リエラからの追手で、リエラの近衛だと。

ギルは数人の兵士に囲まれ、そのうちの一人に抱き上げられた。

「……アーク様、お迎えに上がりました。国王陛下がお呼びです」

「い、いやっ……」

僕は何度も首を振って後ずさりをしようとしたが、前にはギルがいる。ギルを置いて逃げるわけには行かない。そもそも僕が近衛の兵士たちを前に、逃げ切れるわけもない。
けど、ウィルがいたら。

「ウィル、ウィル!……助けに来て!」

「無駄です。あの男はすでに捕らえました。国王陛下が処分を下すまで生かしてはおきますが、王位継承者を浚い王子まで産ませた男を生かしておくとでもお思いですか?……誰も助けに来ません。どうか大人しく一緒に来てください。乱暴にはしたくありません」

ウィル……ああ、こんな日がいつか来てしまうかもしれないと思いながら、それでももう大丈夫かもしれない。もうこんなに月日がたったのだから、と。そう思っていたのも事実だ。

捕らえられたというウィルが、酷い目にあっていないと信じたい。全部僕のせいでウィルをこんな目に合わせてしまった。
何度謝っても謝りきれない。

こんな僕が今出来ることは、ギルを守り通すことだけだよね?
ギルは生まれるはずのなかった子だ。しかも王族として期待されている魔力のかけらもない。
不要な子として処分されてしまう可能性もある。
けど、どんなことがあってもギルの命は守り通してみせる。

ウィルが僕とギルを守って見せるといったように。

僕は王宮に戻されると、すぐに国王として即位させられることになった。
ギルの命と引き換えに、という条件でだ。
父は病に瀕していて、きっと他の後継者が間に合わなかったのだろう。
結局王族を捨てた僕を王にするしかなかったみたいだ。


「ギル……今日から僕のことをお母様と呼んでは駄目だよ」

「どうして?……何て呼べば良いの?」

「お父様だよ」

「お父様は、お父様だよ? お父様はどこにいるの?」

「ウィルは……お父様はもういないんだよ。だから今日から僕がお父様になるんだ」

ウィルはもうこの世にはいない。
どんなに命乞いをしても、父王は許してはくれなかった。
僕も死ぬと叫んだが、僕が死んだ後にギルも生かしておかないと言われ、三人一緒に死ぬか。
それともギルを守るために国王になるかどちらかを選べと言われ、僕はギルを生かす道を選ぶしかなかった。

ごめんね、ウィル。
ギルを守って、ギルが大きくなるのを見届けて、生きていくのに困らないようになったら、すぐあとを追うから。

ウィルが僕と一緒に過ごしてくれて、ギルを授けてくれて、本当にありがとう。

ギルのために弱い僕だけど、頑張って生きていくから……早く会いたいよ。



回想編END
次からはエミリオたん主役に戻ります。



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