僕はそのまま病気ということで、田舎にある離宮に移った。
ブレイクはそこに医者を連れて行き、秘密裏にことを進めようとしていた。
今日はブレイクは医者を連れて来るため留守にしていた。
僕は全財産を持って、青年と一緒に離宮を飛び出した。あくまで秘密裏にことを進めたいブレイクのお陰で、警備は杜撰で僕や青年のような素人でも簡単に抜け出された。
僕は全財産の半分を青年に渡して、恋人が待っている町まで一緒に連れて行ってもらった。
「アーク様、本当によろしいんですか? 出産まで一緒にいますよ?」
「ううん。良いんだ……計画を変更したから、君に出産までいてもらう必要はなくなったんだ……だけど、君は逃亡者になってしまうんだから、もう国には戻ってきてはいけないよ?」
「分かっています……死んだ者として二度と祖国に戻るつもりはありません」
青年は恋人が迎えに来て、去っていった。
もともと彼にはおなかの子の母親という役目をお願いしていた。出産が終われば死んだ者として扱うつもりだったが、僕が計画を変更したためそれもなくなった。
けれど、僕が勝手に計画を変更したせいで彼が恋人と一緒になれないのは可哀想だと思い、一緒に途中まで逃亡することにした。
あれだけお金があれば、外国に行っても大丈夫だろう。むしろ追われるのは僕のほうなので、気を引き締めて逃げなければならない。
結局僕は全ての計画を投げ打って、リエラから逃げることにした。
その切欠はウィルに、僕のことなど信用できないと言われたことだった。
僕が王位継承者ではなかったら、こんなことにはならなかったのに。
僕にはもうこの子しかおらず、ブレイクが頷いてくれるか分からない成功率の低い賭けに出るよりも、リエラでのすべを投げ打って逃亡することを選択した。追っ手が来るかもしれないが、男一人など外国に行ってしまえば探すのは困難だろう。
リエラにもう何も思い残すところがないので、子どものことを第一に考えて国を捨てることにした。
お金も充分用意してあった。
今から向うのは魔法大国の隣国に入って、子どもを産んで、また他国に移動をしようと思っていた。
充分一人でもやっていけると思っていた。
「どうしよう……」
お金を落としてしまったのか、盗まれてしまったのか、手持ちのお金が全て無くなっていたのだ。
これから宿を取って、明日馬車を用意してもらって隣国に向おうと思っていたのに、もう一文無しになってしまっていた。
勿論持ち出してきたのはこれだけではなかった。現金をあまり持っていてはブレイクに怪しまれると思って、それほど用意できなかったが、宝飾品などでかなり値の張るものを持ってきたつもりだった。
けれど、どこで換金したら良いか分からなかった。
もう暗くなってしまい、町の商店街などは店じまいをしている所も多い。
こうなったら明日お店を探して換金してもらうしかないので、今日は野宿をするしかないのかもしれない。
「野宿ってどうやってやるんだろう……赤ちゃん大丈夫かな?」
ウィルから訓練で森で野宿をした話しを聞いたが、もっと詳しく聞いておけば良かった。野宿の方法が分かったかもしれないのに。
「森で寝るんだよね?……森って……この辺にはない?……どこで寝よう?」
辺りを見渡すと、もう少し先の路地で寝ている人たちがいた。町での野宿の場所なのだろうと、彼らのほうへ行こうとした。
「おい!……はあ……さっきから見てれば、野宿だとか。頭が痛くなるようなことをするなよ!……あそこはスラム街だ」
「……ウィル?……どうして?」
「あのなあ……お前が考えるようなことをブレイクが気がつかないわけないだろ?……分かっていて諦めさせるつもりで一旦、逃亡させたんだよ。お前が市井で生きていけないことを分からせるつもりでな。で、俺は見張り役だよ。危ない目にあわないように監視していろって……」
ウィルは呆れたように僕を見ていた。
僕のことをもう知らないって言ったくせに、ブレイクの命令には従うんだ。
「僕は平気だっ!」
「あのなあ……こんな立ち話じゃあ、アークの身体に良くないだろ? 取りあえず、宿でも取ろう」
ウィルは僕の手を取ると、宿を取り部屋に押し込んだ。
僕は無言でウィルに従っていた。
ウィルもブレイクも僕の赤ちゃんを取り上げるために追ってきたんだ。
そう思うと、ウィルでさえ敵にしか思えない。
「僕は! 絶対に子どもを産むから! 帰ったりしない!」
ウィルから身も守るようにギュッと自分を抱きしめると、ウィルを睨んで絶対に戻らないと宣言した。
「あのな……一人で生きていくなんて無理だって分かっただろ? アークは王子育ちで、一人で子どもを産んで育てるなんて逆立ちしたって無理だ」
「やってみないと分からないよ!」
「……そんなに産みたいのか?」
呆れたような顔でウィルは僕を見る。
何も出来ないくせに子どものようなことを言っていると思っているんだ。確かに世間知らずだし、馬鹿だし、どうやって産んだらいいのかも分からない。
けど、この子を思う気持ちに嘘偽りはない。
「産む」
「分かった……なら俺も一緒に行くから」
何を言っているのか分からずに僕はウィルを凝視した。
ウィルは疲れたと言って、ブーツを脱ぐとベッドに横になった。僕を抱きこみながら。
「俺の子なのか? なんて酷いこと言ってごめんな。本当にそう思って言ったわけじゃないんだ」
「……疑われてもしょうがないと思っているから、仕方がないよ」
僕はウィルがどういうつもり一緒に行くと言ったのか、真意が分からず動転していた。
僕のことが嫌いになったはずなのに、どうして僕を抱きしめるの?
「……疑うとかじゃなくって。どうして良いのか分からなくなった。ずっと片思いをしていて、やっと両思いになったと思ったら、実は王子様でした。とか、言われて……お前のためにも諦めないといけないって分かっていたのに、どうしようもなくって。俺、一度はブレイクに俺が後宮に入るからって言ったら、俺には入る資格はないって、すげなく断わられたんだぞ?」
何でだって聞いたら、アークよりも魔力が高いから俺は妊娠できないから駄目なんだってさ。
「でもあの夜、お前がずっと寝込んでいるって聞いて……いてもたってもいられなくって、会いに行ったら。美人な奥さんと仲良さ気しているわけだろ? おまけに子どもが4人もいて……どうしろって言うんだよ。嫉妬で俺の頭、おかしくなっていたよ」
「僕が全部、いけなかったんだ。色々嘘ついて、何も本当のこと言っていなかったのに。信じてって言うほうが無理だよね?」
逆の立場だったら。例えば、ウィルに何人も奥さんと子どもがいて、それを隠されていて、でも好きなのは僕だけなんだって言われたって信じられるわけはない。
だからウィルに、俺の子どもだと信じられないって言われたのも当たり前なんだ。
「お前、嘘は言っていなかったよな。隠し事ばっかりだったけど、アークは嘘が付けない性格だから……本当に俺だけだったんだよな。一生懸命、俺の子どもを守ろうとしてくれたのに、酷いことを言った。いくら嫉妬していたとはいえ、言っていい言葉じゃなかった」
「ウィル……」
「もう、アークは考えるな。お前が産みたいっていうんなら、俺が全部守ってやるから」
「そんなこと! 僕は一人でやっていけるし!……一人で産むよ」
ウィルはやっぱり優しいから、僕を見捨てくれないんだ。僕が勝手なことをしようとしているから、見ていられなくって、それで一緒に行くって言っているんだ。
そんな同情とか責任とかでウィルの人生を壊してしまうことなんかできない。
「あのな……だから、無理だって。俺、今日アークのこと一日観察していたけど、まず、何もないところでコケそうになるし。全財産はスリに会うし。ああ、この金は取り返しておいたけど……物は高値で売りつけられていたし、金がなくってスラム街で寝ようとするし。たった一日で俺がいなかったら、その美貌でとっくに奴隷商人に売られていたぞ!……とても一人で生きていけるはずがない。もう無一文だろ?」
「そんなことない! 城から、宝飾品を持ち出してきたし、それ明日換金して」
「どうせ、二束三文で騙されるだけだ。その金もまたスリにでもあうか、落としてまた無一文だ。とても見ていられない……」
「だって嫌なんだもん!!!……ウィルが、ウィルが好きでもないのに、責任感だけで俺を守ろうとするのが!」
もうウィルの前で泣きたくなかったのに、後から後から涙が出てきて止まらなかった。
こんな泣いてばかりいたら余計ウィルが僕のことを弱いと思って、見捨てられなくなってしまう。
「あのな、責任感って!……責任感っていうんだったら俺は警備隊辞めて来たんだぞ? 俺のほうこそアークに責任を取ってもらいたいんだがな」
「どうして……仕事辞めるなんて」
「アークと子どもと過ごすんだったら、リエラでは無理なのは分かっていたから。仕事を中途半端にしておけないだろ? 全部整理してきた。 家督までは……両親に言えなかったから、駄目だったけど。俺はこれだけの覚悟でいるんだぞ? 責任感じゃなくって……お前に散々なことされたけど、それでも好きな気持ちまでは捨てられない……アーク、愛しているんだ。俺に全部守らせてくれ」
僕は夢でも見ているんだろうか?
もう一度ウィルが僕を愛しているって言ってくれた。
ウィリが全部捨てて僕と行ってくれるって言ってくれている。
「僕はそんな価値ないのに……」
「王子様だぞ?……俺のほうこそ、浚って行って良いのか?」
「僕、たくさんウィルに酷いことしたのに……」
「俺も酷いこと言った」
「王族なのにリエラを捨てるんだよ?」
「俺もアークと子どものために、リエラなんか捨てる」
「追手がきたら、殺されるのに?」
「初めから、お前のためなら殺されても良いって言っただろ?」
だからもう良いんだと言われた。僕は馬鹿だから、考えも無駄なことばかり考えて、結局解決できないんだから、気にするなと。
今は元気な子どもを産むことだけ考えてくれれば良いんだと。
僕たちがいなくなったらリエラの後継者がどうなるのか、追手は。考えることはいくらでもあった。
けど、僕はもうリエラなんかどうでも良かった。王位継承者が言う言葉とも思えない。だからやっぱり僕なんかが国王になっては駄目だったんだ。
「たった一つ約束してくれ。もう隠し事はしないって」
「うん」
「もう隠していることないか?」
「ない……あ、あった」
「まだあるのかよっ!」
「僕の名前ね、アークシエルって言うんだ」
未来が不確定でも、僕はウィルに包まれているだけで幸せだった。
良かったね、パパがいてくれるって。
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