このままブレイクに任せれば、何もなかったことにできるだろう。
ブレイクが悪いことをしているわけではない。むしろ僕の後始末をして、事体が悪化しないようにしてくれてる。
僕のことを思ってくれている良い部下だろう。でも僕は素直に感謝なんかできなかった。
僕は王位継承権などに固執していなかったし、ブレイクが僕の立場を守ろうとしてくれることに、むしろ苛立ちすら感じた。

でもブレイクが僕の身を、しいてはウィルの安全に気を使ってくれていることは、ありがたいと思うしかない。ウィルは彼にとっても友人だし、主である僕の最愛の人を守ろうとしてくれている。
でもその犠牲が、ウィルの赤ちゃんだなんて、あまりにも酷すぎる。

ウィルと赤ちゃんとどっちを選択するのか。そういう問題になってしまう。

赤ちゃんを犠牲にすれば、ウィルとのことは露呈されない。ウィルを守ることが出来る。
でも僕が意地を張って赤ちゃんを産もうとすれば、ウィルとのことがばれないはずはない。ブレイクだけではなく友人たちも知っているのだ。
調査すればすぐに分かってしまうことだ。

だから僕とウィルを両方守るために、僕の赤ちゃんを犠牲にするのが一番だとブレイクは考えている。そして今は誰にも知られないように、特に父王にだ。医者を探して全てを闇に葬ろうとしている。

僕は馬鹿だから、素直にブレイクに従えない。どうにかウィルの赤ちゃんを産めないかずっと考えていた。
僕には王子三人と王女一人がすでにいる。
それについては酷いと思うが彼らに特に何か感情を持っていない。父親としては失格だろう。だが愛してもいない人間に義務だけで産ませた子どもに愛情をわけというのも無理がある。僕が始めて父親になったのは16歳の時だ。父親に自覚なんかもてるはずもない。

だけどお腹にいる子はウィルの子なのだ。何があっても産みたい。ただそれしか僕は考えられなかった。

だけそ次期国王になるはずの僕に、権力らしき権力はない。ただの父王の操り人形でしかなく、ブレイクなしでは何もできない。
僕の味方になってくれる人なんてどこにもいなかった。

ウィルはどうだろうか?
ウィルの赤ちゃんができたと言えば、優しい彼のことだ。僕のために出来るだけのことはしてくれるかもしれない。でもウィルを巻き込むことはできない。これは僕のエゴだから。

僕は後宮から一人の青年を呼び寄せていた。
通常僕が後宮に通うことになるのだが、体調が悪いと言うことで、後宮の中でも僕が寵愛していることになっている青年に看病させたいとわがままを言って呼び寄せた。

この青年は僕よりわずかに年上だろう。後宮で僕が最も寵愛していることになっている。
後宮のシステムとして、その夜の相手は後宮の管理人が平等にいきわたるように決める。彼がいいからとずっと同じ者ばかり呼ぶことは出来ない。
ただし、ある程度は融通が利く。ほんの少し多く夜の相手を務める、それくらいだが。
青年は僕が初めて夜を過ごすことになった日に、自害をしようとした。親に売られて後宮にやってきたらしかったが、思い合った男がいたそうだ。それを聞いて、ここから出してやることはできないけれど、無理強いすることはしないと約束し、僕にとってもその青年は憩いの場になった。
無理に性行為を強要されない。僕にとっても青年にとってもメリットのあることだった。

「アーク様、その話お受けします」

「本当に良いの?……頼んだ僕が言うのもなんだけど、凄く危険なことだよ?」

「良いんです……私は一度死のうとした身です。もう一度彼に会えるのなら、なんでもします」

僕がこの青年に言ったことは、僕が妊娠していること。産みたいこと。このまま療養のためと田舎にしばらく行き、そこで子どもを産む。
そしてこの青年に頼んだのは、一緒についてきてもらい、子どもの母親役になってもらうことだった。見返りとして青年の恋人に合わせること。子どもを産んだ後産褥熱で死んだことにして、恋人と暮らせるように手配するつもりだった。
とても危険なことを頼んでいるのは分かっている。
でも協力してくれそうなのは彼しか思い浮かばないし、僕にはほとんど手持ちのカードはない。
あとはブレイクをなんとしても説得して、協力してもらわないと話は始まらないけれど。
彼は僕の涙に弱い。堕胎するくらいなら死ぬと言えば、協力してくれるかもしれない。
いくらブレイクでも、泣いて嫌がる僕を無理矢理堕胎させることは出来ないだろう。

「だから、アーク様は今はご自分の身体を労わってください」

「ありがとう……」

傍目で見れば愛妾が懸命に僕を看病しているシーンに見えたかもしれない。

確実にウィルにはそう見えたのだろう。
青年が部屋を辞した後に、ウィルが窓から入ってきた。会うのは2ヶ月ぶりかもしれない。

「ウィル……どうして、ここに?」

王宮にいる王族が住まう宮だ。警備は厳重のはずだった。ウィルは王都警備隊だが、王宮の警備とは担当違いだ。

「……アークの具合が悪いって聞いて……あんな別れ方したし、気になっていたんだ。一度、ちゃんと話したかったし。近衛の知人にどうしてもって頼んで入れてもらった」

そう言いながら近づいてくるウィルは、とても強張った顔をしているように見えた。

「なあ、さっきの男、誰だ?」

「……彼は…後宮にいる」

「ああ、アークの妻たちの一人か……俺がこんなに割り切れなくて、悩んでいたのに……お前は簡単に俺を見限って、妻と仲良くか?」

「違う! 彼はそんなんじゃない!」

「分かっている……アークは王子なんだもんな。仕方がないよな……所詮身分が違うんだから、どうしようもない。お前を責めるつもりはなかったんだ」

勘違いされている。僕はもう誰も抱かないし、ウィルだけを思ってこれからは生きていく。

責めるつもりはないと言いながらも、ウィルの口調は酷く冷たい。突き放しているようにさえ感じられた。
このままずっと誤解されたままは嫌だ。一生もう会えないかもしれないのに、ウィルに別れたら簡単に誰とでも寝るなんて思われたくなかった。

「違うっ!……ウィルだけっ……彼とは何もないっ」

「そんなわけないだろ! 嘘はつかなくても良い。いや、アークは俺と付き合っていた頃から嘘ばっかりだったよな。これが自分の役目だから仕方がないんだってそう正直に言えば良い」

「違う!……お腹にウィルの赤ちゃんがいるから! 産みたいから、彼に協力をして貰おうとしただけ!……やましいことなんかしていない」

言うつもりはなかったのに、つい言葉が滑り落ちてしまった。
だって誤解されたままは嫌だったんだ。
僕を初めて抱いてくれた時から、もう僕はウィルだけのもので、他の誰にも触れていないことを信じてもらいたかったから。

「……アークに俺の子が?」

ウィルの顔は困惑していた。当たり前だろう。突然お腹に自分の子どもがいると言われたら、誰でも動揺するだろう。

「そう……ウィルの赤ちゃん。ブレイクは産むなっていうけど、僕はどうしても産みたいから!……だからっ」

「……本当に、俺の子なのか?」

「ウィル?」

まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。僕自身たくさん嘘をついてきた。信用ならない人間なのは僕が一番よく分かっている。
だけど僕はウィルがどれほど善良で誠実な人間かもよく知っていた。
だから、そんな酷いことを言われるなんて想像もしていなかったんだ。

「お前にはたくさん後宮の住人がいて、俺だけじゃなかったんだろ?」

「そうだけど、でも!……僕はウィルにしか抱かれたことはないし、ウィルと付き合ってから一度も誰とも寝ていない!」

「……アーク、今何人子どもがいるんだ?」

「……4人、いる。でも!……愛しているのはウィルだけだから、他の子とこの子は違う!」

僕はとても酷いことを言っている。ウィルに更に軽蔑されるかもしれない。でも、でも……

「……悪いけれど、信じられない」

「……そう、だよね」

ウィルをずっと騙していて、下手をしたら死なせる羽目になるかもしれなかったんだ。
ううん、今だって充分危険だ。
そんな僕を信用できるわけはなかったんだよね。

「アークが本当のことを言っているのか、嘘をついているのか、もう俺は……分からない。妊娠しているっていうのが本当でも、俺はお前に何もしてやれない」

「…だよね」

言うべきじゃなかったんだ。ウィルを苦しめさせるだけだった。ただ僕を信じて欲しい、ただそれだけのためにウィルに言うなんて僕は馬鹿じゃないか。
ウィルはこんなことを言うたびに、苦しんでくるだろう。優しい人なんだ。こんなこと言いたいはずはない。

「ごめんね、ごめんね……酷いこと言わせてごめんね……ウィル。さよなら。僕のことは全部忘れて」

僕にはやっぱりもうこの子しかいない。




- 75 -
  back  






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -