僕は何もかもを失った。実際に失ったのはウィルだけだったけれど、僕にとってはウィルが人生の全てだったと言っても過言じゃなかった。
ウィルがいるだけで、ウィルって存在があるだけで、幸せになれたんだ。それは片思いだった時から変わらなかった。
ウィルを思い浮かべるだけで、優しい気持ちになれた。
この恋が終わったとしても、もっと円満な終わり方が出来れば、ウィルに抱きしめられた記憶があれば生きていけるはずだった。

でも、あんな終わり方をして、ウィルに軽蔑されて。

僕のため、ウィルのために、恨まれるのを覚悟でブレイクは暴露をしたのを分かっている。分かっているけれど、僕はブレイクが許せなかった。
僕が悪いのも分かっている。身分や地位や役目も忘れて恋にのめり込んでいた。
糾弾されても当然だった。

「アーク様、そろそろ仕事を切り上げてください」

「まだやる……」

「無理をし過ぎです。もう少し身体と相談しながら、仕事をこなして下さい」

僕は仕事にのめり込んだ。それ以外やることがなかった。
仕事をしている間はウィルのことを忘れられる。
僕は優秀でもなく、与えられた仕事は出来るが、ただそれだけだった。身体もそれほど丈夫ではないので、皆過保護なほど僕に気を使っていて、与えられていた仕事の量も元々少なかった。
こんな不出来な僕なんかを国王にしようと思うほうがおかしいんだ。
王位継承者に任命されなければ、僕はウィルと別れずに済んだだろう。
他の兄弟は子どもを作る権利も結婚する権利もないが、恋人を作る自由くらいはあった。僕もそうだったら良かった。

毎日毎日仕事をこなして、夜は疲れてすぐに寝入っていた。

僕の人生なんてもうこんなもので良いんだ。楽しみも、生き甲斐も、何も要らない。
ただ人形みたいに生きて行きたい。

「アーク様……お疲れのところすみません。最近後宮に全く通っていないですよね?……そろそろ行っていただかないと、誤魔化すのも限界です」

ウィルと付き合っていた頃からずっと後宮には通っていない。通常は週に2回は行くことが決められていた。
仕事が忙しいとか、疲れたとか、体調が悪いといった言い訳でずっと通っていなかったが、何十人も後宮に収められている人間がいるのだ。半年近く放っておくのも限界だろう。

「一生行かない……」

「そういう分けには行かないことは分かっているでしょう……」

「もう三人も王子がいて、これ以上必要ない……どうせこんな僕から生まれる子どもなんて、たいした才能があるとも思えないし。いくら増やしたって結果は一緒だ。だからもう行かない」

こんな僕が父親で、何頑張ったところで無駄だろう。

「アーク様、ふて腐れていないでご自分の役目をお考え下さい。ウィルとのことで私を怒っている事は分かっています。ですが、だからといって貴方が王子ということは変えようがない事実なんです。貴方はウィルとは結ばれない。王子として未来の国王として、責務があります。やるべきことをやってください」

ブレイクの言うことはとても正しい。正しくて、それをしたくない。
そうする気力はもうなかった。

「……体調が悪いから無理」

「もうその言い訳は聞き飽きましたし、使い果たしました」

「本当に体調が悪いんだ……何もしたくない」

仕事は一生懸命やっている。だけどそれ以外は出来ない。食欲もない。
きっとウィルがいなくなってしまったから、何もやる気が起こらないんだと思う。
後宮に行ったところで、何の役にも立たないだろう。

「本当に体調が悪いんですか?……熱は……微熱があるようですね。宮廷医を……いえ」

僕が本当に体調が悪いのを分かってくれたのだろう。後宮に連れられていくことはないようだった。
ブレイクは宮廷医を連れてこようとして、一瞬考えるように足を止めた。
僕のほうを見て怪訝そうな顔をしている。

「アーク様……魔法で灯りをつけていただけますか?」

「え? 何で?」

仮にも主人の僕がそんな雑用を命じられたことなんか一度もなかった。僕は全てしてもらう立場で、これまでそんなことに魔法など使ったことはない。
けれど、いわれた様に灯りをともそうとして、できないことに気がついた。

「使えないようですね……」

「何でだろう……?」

「私の想像に間違いがなければ……最悪の事態です。アーク様……食欲不振に微熱、めまい、体調不良、そして魔力が使えない。私は医者ではないですが、間違いないと思います……貴方はウィルの子を身篭っている」

「……え?」

一瞬、彼に何をいわれたか分からなかった。意味を理解できなかった。

「僕に、ウィルの赤ちゃんが?」

意味を理解した瞬間、体中に血がめぐってくるのを感じた。
何もかもなくしたと思ったけれど、僕のおなかの中にウィルの子どもがいるなんて。ウィルは赤ちゃんを僕に残してくれた。

「僕の赤ちゃん……」

魔力が使えなくなるのは、妊娠したときのみ。誰もが知っていることだ。使う機会がなかったので気がつかなかった。
お腹をぎゅっと抱きしめて、嬉しくて笑みが自然に浮かんだ。

「喜んでいる場合ですか?……アーク様。アーク様は子どもを産ませることは許されていますが、子どもを産むことはできないんですよ」

妊娠出産は命の危険を伴うこともある。妊娠中は魔力が使えない。政務も出産の間できなくなる。従って王位継承者が妊娠出産などできないのは当たり前だ。

「でも、ウィルの赤ちゃんなんだよ!? 僕は産みたい」

「どうやって産むんですか? ばれれば強制的に堕胎されるでしょうし、アーク様の立場も危うくなります。もっと危うくなるのはウィルです。妊娠したことがばれたら、絶対に父親を突きとめて、この事実を闇に葬ろうとします。その子どもを産もうとして、ウィルを死なせたいんですか?」

何のためにウィルと別れたんですか?と激しくブレイクに責められる。
何のため?ウィルのためだったはず。僕はばれても最悪王位継承者から外されるだけだろう。命までとられることはない。だけどウィルは僕を、高貴な身分の僕を犯した、そう謂れのない罪を着せられ処刑させられることも考えて別れたはずだった。いや、別れさせられた。

それなのに子どもを産みたいといって、全てを失うことを覚悟なのか? ウィルを殺したいんですか?と何度も責め立てられた。

「どうせ、隠し通すことは不可能です。どの道、その子は生まれない運命なんです。だったら誰にもばれないように、なかったことにして……せめてウィルの命だけでも救いましょう? 分かってくれますね? アーク様」

ブレイクの言うことは何時も正しい。正しくて僕は反論のしようが何時もない。

「口の堅い宮廷医を探します……いいえ、何か弱みのある医者が良いでしょう。すぐに済みます……だから、そんなに泣かないで下さい」

どうして、僕から、何もかも奪おうとするんだろう。神様は。
ウィルを失っただけでは駄目だったのだろうか。

せめてウィルの赤ちゃんだけでも、僕は産みたい。
ウィルがいないのなら、この子はどうしても欲しい。
もう僕からこれ以上何も奪わないで。





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