「分隊長、体調大丈夫ですか?だいぶ痩せたみたいなんですけど」

「悪阻が酷い体質のようでな……まあ、そろそろ安定期に入るらしいから大丈夫だろう」

「俺は結構悪阻は軽いほうなんですよね」

妊婦の平和な会話だが、私たちが今から向うところは、お互いのしょうもない夫の所だった。
私たち二人にはある共通のことがあった。
まず、出産予定日が一緒ということだ。エルウィンは二人目なので私も彼に教わることが多い。隊長は訳の分からない嫉妬をしていたが、予定日まで一緒とは運命的なものを感じないでもない。
二つ目の共通項は、変態でアホでどうしようもない夫を持ってしまったということだ。お互い騙され結婚誓約書にサインをしてしまったということで、とても親近感を持ってしまっていた。
そして最後にこのあまりにもアホらしい作戦の被害者ということだ。

「……本当に、本当にすみません。俺、分隊長にあんなにお世話になっていたのに、自分たちだけ救出されたら分隊長のことをすっかり忘れきっていて……どうしてだか俺も分かんないんです。早く救出してさしあげれば、こんなことにはならなかったかもしれなのに」

「エルウィン、悪いのはアホ(ギル+隊長)だ。お前は悪くない。お前が思い出していたとしても……どうせあの隊長のことだ。私は瓦礫の中で押しつぶされ死んだといわれて終わりになっただけだ。アホな集団だが、もともとは優秀な頭脳の持ち主たちだ。抜かりはなかっただろう……」

最後の締めはなっていなかったがな。あのアホな台本をさっさと始末しておけば完全犯罪だったかもしれないのに。

「隊長たちこそ死ぬべきなのに」

「死んでいるか、姦通罪に期待するしかないな」

この国で離婚は狭き門過ぎるのだ。相手が重罪犯であるとか、DVをするとか、決定的な証拠がないと駄目だ。私たち夫婦の場合、夫は絶対に手を上げることはないだろう。離婚が無理なら相手に死んでもらうしかない。

閉じ込めた部屋を開ければ……

「なんか、もう……見たくなかったですね」

「ああ……」

見張りに置いた部下の話を総括すると、まず流石わが国の騎士たちだ。
妻がいる男たちは凄かった。薬に負けそうになると、他の男と浮気をするぐらいならと、自殺しようとしたのだ。勿論可哀想なのですぐ手当てをしてやり、救護をしてやった。
妻に操を立てて死を選ぶとは……そこまで貞操観念があるのなら、何故あんなアホらしい台本を書いたのだ。と言ってやりたい。

弱かったのが童貞メンバーたちだ。婚約者がああああと、叫んでいたのもいたが、こっちは薬に負けたらしい。
あちこちで全裸で絡み合っている部下たちの姿が……

後ほど、潔く婚姻届を出しに行ったらしい。第一部隊内カップルが増えたのはめでたいと……言っていいのだろうか。

「エミリオ!……僕、耐えたよ!1回も出さないで24時間頑張ったんだ!」

精液臭い匂いで充満した部屋で、そこらのカップル?たちと同様全裸のままで一回もイカなかったと自慢しながらも、ギルフォードは美貌を憔悴させながらも、エミリオ以外とは自慰もしなかったんだから!と私を見上げながら、褒めて欲しいと言わんばかりの顔だった。
貴様ができなかったのはリングのせいだろうと言いたかったが、取ろうと思えば取れるものだ。
私が嵌めた物なので許可なく取らなかったのかもしれないが。犬みたいな忠誠心だが、そんなものを向けられても全く嬉しくはない。

「そこの隊長なんて、ずうううっと!エルウィンが淫ら過ぎるとか妄想しながら、一人で頑張っていたんだよ!」

媚薬の効き目は凄いものだ。他の部下は自害を選んだり、快楽に負けてしまうものが続出の中、ギルフォードと隊長は耐え切ったのだから、自制心は凄いのだろう。
しかし片方はリングをいまだに嵌めたまま勃起したままで、片方は妻を妄想しながら下半身全裸でいるのを見ると……こんなのが夫と上司か、と何百回目か分からない哀愁が漂う。

エルウィンも同じ思いなのだろう。下半身を濡らしたままの夫を悲しげな顔で見ていた。それは決して、死ななかったんだという悲しみとは別の物だった。
前々から分かっていたことだが、どうしてこんな男が……夫であり、お腹の中の子どもの父親なのだろうかという諦めの境地なのだろう。

隊長に比べれば……全裸で転がって勃起しているギルフォードのほうがマシ……な、わけはない。
どっちも嫌過ぎる。
私は暫定婚約者だった男と現在の夫を目の前に、男運がなさ過ぎると自分の運のなさを呪った。


「どうする……エルウィン。私たちはこの男を回収しないといけないのだろうか?」

「……しぶとく生き残ってしまったから仕方がないのかもしれませんね」

隊長は王太子でエルウィンがいくら嫌おうが追い出せるわけではないし、ギルフォードも婿として迎えたがこれもまたリエラの王子であり国外追放したい所だが、きっと国家間の締結か何かで、私の夫として向いいれることが決まっていたのだろう。
追い出したくても国の面子の問題がある。

仕方がなく、家の片隅に置いておく事にした。
陛下に売られたこの身だが、だからと言って陛下を恨むこともできない。
陛下もきっと悩んだのだろう。優秀な甥の変貌と、国の未来のために選択もしたくないあんな台本の上演を許可してしまったのだろう。
だから恨んではいけない。

恨むべきはこの変態だ。

「ねえねえ……僕ちゃんと我慢したから、許してくれるよね?」

家の片隅においてやる予定の夫らしき生き物が、そう私の許しを欲してきた。
私はそんな約束はしていないんだが。勝手にギルフォードが我慢したら、夫として認めてくれるんだよねと言っていただけだ。
24時間は地獄だっただろうが、私がされたことはたった24時間我慢したことで許されることなのだろうか?
私の人生自体が変えられてしまい、こんな変態な夫をリエラに返品することもできないのだ。
だいたい私はリエラで妊娠するまでの二週間近く好き放題されていたわけで、少なくてもギルフォードは2週間はリングは嵌められたまま媚薬で苦しんでも当然のような気がする。

「貴様は……自分は何も悪くなかったと反省していなかっただろう?悪いことをしたと思っていない男に、我慢したからといって許してやれるほど心は広くはない」

ギルフォードは人間として性格が破綻しているようにしか思えない。ごめんなさい、僕が悪いことをしましたと、素直に謝ったのなら私も少しは許してやろうという気分になった……かどうかは定かではないが、少なくともこれほどまでに胸糞悪い気分にさせられることなかかっただろう。

「……エミリオ、ごめんなさい。僕もあの部屋に閉じ込められているときに、エミリオがこんなに怒っている理由を考えたんだ。僕……エミリオの尊厳を傷つけることばかりしていたよね。もう少しやりようはあったはずなのに、僕エミリオを手に入れれて少し浮かれすぎていたみたいだったんだ。エミリオと結婚できた今、もう二度とエミリオの意に背くそうなことはしないから、どうか許してください!……王太子夫婦みたいな仮面夫婦になりたくないんだ。どうか僕を許して夫婦幸せになることを考えて欲しい!」

全裸で隣国の王子に土下座をされる私は、傍目から見たら物凄い鬼嫁にしか見えないだろう。
確かにこのままでは、隊長夫妻も真っ青の仮面夫婦というか、冷たい夫婦生活しか私は想像できない。
私だとて子どもまで生まれるのだ。そんな冷たい関係でギスギスしているのも子どもの成長に良くないだろう。

ギルフォードは真実がどうか分からないが一応反省はしている。
結婚したいあまりに隊長に唆されて暴走してしまっただけかもしれない。物凄く好意的に考えればの話だが。
過去の仕打ちを考えれば許せない気持ちしかないが、未来のことを考えるのなら一度だけ許してやり直すチャンスを与えてやることも必要なのかもしれない。

「貴様は……一応父親に逆らって、自分の命を犠牲にしても助けてくれようとはしたな」

で、勘当されて婿に収まっているわけなのでギルフォードとしては悪いことではなかったが、家族に絶縁されてたった一人異国の地に住むということはなかなかできることではない。

「エミリオがいない世界なんて生きている意味ないから……僕これからもエミリオと子どものためなら何時だって命をかけて守るから。だから!」

「分かった……もう良い。これからは私の嫌がることをしない。騙すようなことは絶対に許さない。隠し事はないと誓うか?」

「誓うよ!!」

甘いといわれようがこれでもう許すしかないだろう。
ギルフォードはあの隊長の作戦で国王陛下が許可を出した夫だ。蔑ろにしていたら、陛下に申し訳がない。
これも任務の一環と思って過ごすしかないだろう。

クライス副隊長が休暇中なので、部隊を統率する要員がいないため、出産まで間で日がある私が副隊長代理をすることになった。
本当は隊長代理をしたほうが良いくらい、隊長が使い物にならなくなっているのだが。私と違って簡単には許さなかったエルウィンのお陰で、隊長は最早仕事さえもできないくらげになっている。
王太子にもなったので、そろそろ隊長との兼任も辞めさせないといけないのだが、第一部隊には使える人材がいないのが現状だった。
ギルフォードは妊婦だから産休を取ってよと煩かったが、エルウィンやクライス副隊長のように国家を揺るがすような重要人物を妊娠しているわけでもないので、まだまだ働こうと思っている。
そうでないと、また暴走を起こしかねないので見張っていないと安心が出来ない。

「エミリオ様、リエラからギルフォード様に書簡が届いておりますが、いかがいたしましょう」

家に戻ってくると執事から、ギルフォード宛の手紙を渡された。
本当なら見てはいけないだろう。そのままギルフォードに渡すべきだが、わざわざ執事が私に渡した理由も分かる。
リエラ王家の紋章の入った書簡なのだ。ようするに国王からの手紙であり、リエラ王子だったギルフォードは婿になったとはいえ、元々は大使として働いていたくらいだ。スパイの可能性がある。

私は陛下から騎士として命じられた使命がある。少しでも危機を覚えるなら、手紙くらい勝手に開封をしても許されるだろう。

そして、また見なければよかったと思う内容が……




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