結局、何も事体は動かないまま朝を迎えてしまった。本当ならこんな状況下では一睡も出来ないはずなのに、隊長に抱きしめられていて安心したのか、ぐっすりと眠ってしまった。
隊長はただ大丈夫だと繰り返すだけで、何の計画もないまま処刑だという呼び出しで、連れられていくことになってしまった。
魔法も使えず、ルカという人質がいるこの状況下で、何も出来ることはないといえばない。

このまま、まさか隊長は自分だけが処刑をされて、俺とルカを助けるつもりなのだろうか。何の保証もないのに。

「隊長……」

一緒に歩かされている間に、どうするんですか?という意味をこめて、呼びかけた。

「エルウィン……私はエルウィンの夫だ」

「分かっています」

「だから、何があってもエルとルカは守ってみせる。エルウィンにとって私という夫も結婚も不本意なものだっただろう……でも、私と結婚して悪くなかったと、私がエルウィンの夫で良かったと思わせてみせる。だから、私を信じてくれ」

「…隊長」

それは隊長が命をかけて俺たち二人を救うからという意味なのだろうか。俺とルカが生き残ったって、隊長が死んでしまったら……後味が悪いだけじゃないか。
俺のために死なれたって、嬉しくも何ともない。いくらユーリ隊長に後を任せたからって、幼い息子と俺とじゃ、どうやって生きていっていいのか分からない。
ただの未亡人なら俺だって働ける。ルカに不自由な思いはさせない。でも、ルカは王族なんだ。俺だけじゃ守りきる自信がない。国王様もユーリ隊長もルカを悪いようにはしないだろう。
でも、汚い政争や、暗殺とか、そんな世界で生きていかなければいけないかもしれない。そんな中で隊長がいないと。

「……隊長が!…隊長が無理矢理俺と結婚したんですよ?……俺、王妃なんて器じゃないのに!…可愛い女の子と結婚したかったのに!子どもまで産ませて……なのに、置いていくとか有り得ないですからね!……ちゃんと責任持って最後まで守ってくれないといけないんですから!」

「……分かっているエルウィン」

分かっていると、安心させるような笑みを浮かべ何か言いかけたが、おそらく処刑するために用意された広場に到着してしまった。
周りは兵が何十人も囲っていて、とても逃げ出せるような警備体制ではない。俺は怖くなって、震えが止まらなくなった。だってどんなに隊長が強いといっても、魔法が使えないでこれだけの兵を倒せるわけはない。俺を兵力に入れたって、隊長の足手まといにならないようにするだけで精一杯だろう。いくら隊長が大丈夫だといったところで、どう考えても大丈夫じゃない。
そんな震える俺を隊長は片手で抱きしめてきて、目線は前方に向いていた。その視線を追っていくと、ギルフォード王子がこちらに向かってくるところだった。腕にはルカを抱いていた。

「ルカ!」

王子に抱かれている息子は、どこも怪我はないようだ。元気そうで、これから父親に訪れる運命など知らないからだろう、無邪気に笑っていた。

「最後のお別れをさせてあげよう……親子三人で」

そう言い放って王子はルカを隊長に手渡した。ルカ、良かったと言おうとした瞬間、隊長はルカを抱いていろと俺に渡した。

「何があってもルカを離すな、良いな?」

はい、と返事をする間もなかった。隊長の言葉を聞いた次の瞬間、物凄い爆風を感じた。目を開けていられなくて、ルカを庇うように抱いてしゃがみこんだ。そして爆風が去り、目を開けると目の前にクレーターができていた。屋敷も大半が吹き飛んでいた。

「た、隊長?」

「行くぞ!私から離れるな!」

手を引かれ、何がなんだか分からないままそれでも逃げるチャンスだということは分かった。ルカを抱いて必死に走った。
屋敷が倒壊して、物凄い爆風が起こり、この場にいた兵士たちは大半は死んだだろう。だが、先ほどの広場にいなかった兵士はたくさんいた。隊長と俺たちを見かけると、当然剣を抜いて切りかかってきた。
俺も魔法が使えたらと思ったが、まだ使えなかった。ということは、ギルフォード王子はまだ生きているのだろう。

隊長は向かってくる兵士たちから剣を奪うと、剣圧だけで簡単に倒していく。その剣圧には魔力がこもっていた。

何十人も簡単に倒して、突破していくのをルカを抱きながら俺はただ守られて見ているだけだった。

「隊長、さっきの爆発といい、剣の魔力といい、隊長は魔法を使えるんですか?」

「ギルフォード王子の魔力阻害症の魔法妨害は、私でも魔法が使えなくなる。だが、王子の能力と私の能力を比較すれば、私のほうが強大だ。無理をすれば使えなくもない。だが、長くは持たない」

だから早くここから脱出することが先決だと、長々として説明はしてくれなかった。当然だろう。ここで問答をしている暇はない。しいていうなら、隊長が魔法を使えるのなら昨日言ってくれていればこんなに心細い思いをしなくてもすんだのにと思ったが、どこで話を聞かれているか分からないから、隊長が黙っていたのも仕方がないだろう。

俺は相変わらず魔法は使えず、ひたすらルカを守ることだけに集中したが、隊長は魔法を使わなくても剣の腕も国で1,2を争うほどだ。見惚れるような剣裁きで見渡す限りの敵を征圧してしまった。
最後に脱出用に馬を奪うと、屍累々となった屋敷を後にした。

それからは国境を目指して馬を走らせた。とにかく少しでも王子たちから距離を稼ぐ必要があった。しかし3時間ほど馬を走らせたあたりから、隊長の顔色が目に見えて悪くなっているのが分かった。

「隊長、どうしたんですか?凄く顔色が悪いです。どこか怪我をしたのではないですか?」

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫って顔色じゃありません!…少し休憩をしましょう」

「少しでも早く国に帰らないと安心は出来ない。そんな時間はない」

「でも、休憩もなしで国境に行けるほどの距離じゃないでしょう?2〜3日はかかります。その間、ルカを休ませることもせずに、馬を走らせることなんかできません」

隊長の体調を慮って休憩を取ろうというと、きっと反対されると思ってルカのことをダシにした。実際、まだ赤ちゃんのルカに無理はさせられない。

「分かった……」

近くに狩猟小屋らしきものを見つけて、借りることにした。貴族が使用していたのか、けっこう綺麗で休憩するには充分すぎる小屋だった。

馬を繋いで小屋に戻ると、隊長は横になっていたが、顔色は先ほど見たよりも蒼白になっていて、触れると体温が冷たくなっていた。
やはりどこか怪我をしたのだろかと、服を脱がして傷がないか確かめるが、それらしい傷はなかったし、戦闘では隊長が圧倒していて俺が見ている限り傷を負うこともなかったはずだ。
ならどうしてここまで具合が悪そうなのだろうか、俺も今は魔法が使えるから治癒魔法を使えば怪我は治せるが、原因が分からなければ何も出来ない。

「隊長、どこも怪我はないみたいですが、どうしてこんなに顔色が悪いんですか?…汗も物凄く出ています」

「ギルフォード王子の魔力阻害に対応したせいだろう。本来なら、いくら私のほうが能力値が高いとしても、魔力阻害症は全ての魔力を封じ込める働きをする。それを無理矢理破って魔法を行使したのだ。反動で体にガタが出たのだろう」

そこまで話すと隊長は、苦しそうにむせ、血を吐いた。

「隊長、しゃべらないで下さい!……今、治癒魔法を使いますから」

「無駄だ……今の私は魔力が枯渇した状態で、治癒魔法ですら今の私には毒だ」

「……そんな」



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