「……ん?なんか頭が痛い……」

起きて見ると、牢屋に閉じ込められていた。いや、牢屋というのは相応しくないかもしれない。貴賓室と思われるほど、設備の整った豪華な部屋だった。ただし窓には鉄格子がかかっており、部屋の扉は幾重にも鍵がかかっているそうだ。

「エルウィン、すまないっ!……護衛としてついていたのにも拘らず、お前をこんな目に合わせてっ!」

「分隊長のせいじゃないです……でも、どうしてギルフォード王子がこんなことを」

頭が痛かったのはおそらくお茶会に出た飲み物に睡眠薬が混入されていたのだろう。エミリオ分隊長はそれを飲まなかったが、意識を失った俺と王子に抱っこされたルカを人質に取られ、抵抗できずここに連れてこられたそうだ。
王子が隊長のことを好き、または王妃の座を狙っているのは知っていたが、それでもこんなことをするほど頭の悪い人ではないと思っていたのだが。
こんなことが露見したら、確実に戦争になる。俺が大使館にお茶会に行ったことは皆が知っているし、そこで護衛のエミリオ分隊長とともに、後継者のルカも一緒に行方不明になったらどうなるかぐらい王子は分からない男じゃないだろう。

「私も、王子が何も考えずこんなことをしでかすとは思えない。ひょっとしたら、エルウィンとルカを誘拐することを本国から命令されている可能性もあるかもしれない。戦争でも仕掛けるのなら、有利になるだろうからな……少なくても独断で、これほどのことをしでかすとは思えない」

「そうですね……隊長も俺やルカが敵の手にいたら、手出しできないでしょうし。何とか脱出できないでしょうか?」

「まず、2つ困難がある。まず1つめは、ルカがどこにいるか分からない。脱出できたとしても、探すまでにまた捕まる可能性が高い。2つめは、脱出自体困難ということだ」

「でも、分隊長がいるんだから、不可能じゃないでしょう?」

俺も騎士の試験に通っているんだ。魔法は平均的に使えるし、足手まといにはならない自信はある。
分隊長は部内NO.3だ。彼がいる限り、余程の強敵ではない限り脱出は可能だろう。鉄格子など簡単に壊せるし、敵の兵士がいても10人程度なら敵ではないはずだ。

「エルウィンが意識がない内に試したが無理だった。どうしてだか、魔法が使えない……」

「え?……本当ですね。こんなことありえない」

魔力が尽きれば魔法は使えなくなるが、魔力が枯渇するようなことはしていないし、通常魔法が使えなくなるときは妊娠したときだけだ。そして俺はいま妊娠している確率は0だ。
魔力封じの拘束具でも使われていれば話は別だが、そういった物はつけられていないし、分隊長くらいの魔力の持ち主になれば、拘束具くらいでは封印しきれない。そのため、分隊長クラス以上になると、拘束するのではなく殺したほうが早いのだ。拘束しておくには面倒が多すぎるためだ。

「その通り……僕がここにいるから、魔法を使って脱出しようとしても無駄だよ?」

「ギルフォード王子……」

「王子!……こんなことをして、戦争でもしたいのか!」

「別にどうなっても構わないよ。僕は欲しいもののためだったら何でもするだけだ。心配しなくてもいいよ、隊長はたぶんもうすぐ愛する奥様を救いにやってくるはずだから。だから大人しく待っていて下さいね。あ、でもエミリオと王太子妃が一緒にいて逃亡計画でも立てられると困るから、エミリオは僕と一緒に来ようね」

じゃあ、王太子妃さまごきげんようと言って、ギルフォードは分隊長を連れて行ってしまった。ルカもどこにいるか分からず、頼りのエミリオ分隊長までいなくなってしまっては、俺一人で脱出できるはずはない。隊長が来てくれるらしいが、ルカと俺が人質扱いで交渉にでもやってくるのだろうか。
隊長なら助けてくれるかもしれないという希望はある。だけど、ギルフォードがこんなことをして隊長を呼びつけるくらいだから、きっと罠なんだろうなとも思う。
自分一人で逃げ出したり抵抗するだけの力がないことが悔しかった。あのエミリオ分隊長でも無理なことだ。ろくな訓練も受けていないまま、ほぼ除隊扱いになっている俺が何か出来るはずがない。せめて隊長の助けを待つだけじゃなく、息子くらい救い出せるだけの力があったら。でも俺は本当に平均的な魔力で、何か突出したところがあるわけでもない。
妊娠したって隊長に騙されたときも、あとで考えてみれば妊娠したときは魔法が使えなくなる。俺はあの時使えていた。嘘をつかれたって良く考えなくても分かるだろうに、簡単に騙された。

ようするに俺は使えない男なんだ。隊長と結婚したから分隊長にも傅かれ、将来の王妃だといって、皆敬う。でも、俺には何の価値もない。何も出来ない。

隊長のことを嫌って、身分もわきまえずに散々拒否して、妻としての役目を果たしていないのに、隊長が助けに来てくれることを期待してただ待っているしか出来ない。
こんなときクライス様だったら独力で脱出できるだろう。その前に簡単に誘拐なんかされたりもしないだろう。あの年で副隊長の地位にあって、魔力も高く、賢く、あの人こそが王妃に相応しいと思う。それに、隊長のことも愛していた。
隊長もクライス様のことを好きになれば、こんな鬼嫁で隊長を愛することもなく、大して能力のない下っ端の俺なんかと結婚するよりも幸せになれただろうに。

駄目だ。こんなたった1人で息子が無事でいるかも分からずにいると、いやな事ばかりを想像してしまう。

隊長が助けに来てくれることを待っていようと思ったが、ここがどこかも分からないのは確かだが、もう既に隣国まで連れ出されている可能性も高い。それではいくら隊長でも救出は難しいだろう。下っ端とはいえ、騎士団の一員でもあったのだ。なんとか脱出できるように頑張ってみようと、数時間悩んで決めた。

まずはこの牢屋から脱出をしないとと見渡したが、窓の鉄格子は素手ではやぶれそうもなかった。魔法が使えたら俺でもなんとかなっただろうが、あいにく今はそれもできない。武器も道具もない。決心したはいいが、手詰まりだった。牢屋とはいえ豪華な部屋なので鉄格子以外は普通の部屋のつくりと変わりはなかった。ドアが開けばなと思い、鍵がかかっているはずだが試しにノブを握ってみるとドアが開いてしまった。

「え?何でこんな簡単に?……しかも見張りもいないのか?」

一応俺は国賓級の人間だ。ルカは次の王子になる予定だし。エミリオ分隊長も遠縁とはいえ、王族の血を引いている。誰を誘拐したとしても国際問題になるし、下手をしたら戦争になりかねない。その3人を誘拐しておきながら、鍵は開いている、見張りの人間もいない。まじめに誘拐する気があるんだろうかと悩みたくなる。
しかし原因は分からないが魔法が使えなくなっていることといい、ここがひょっとしたら隣国の王宮だったりしたら。警備は内部は厳重ではないが、外は脱出が不可能なほど厳重な警戒態勢が引かれている可能性も高い。

しかし何度も言うようだが、俺は下っ端でたいした能力もない。魔力も部隊では平均をちょっと上回る程度だ。それでも軍人として試験に通って部隊に配属されたし、訓練も受けている。
なのでここには今誰もいないことが分かったし、周囲にも人がいる様子はいない。上手く脱出できるか分からないが、この牢屋にいてきてくれるのか分からない助けを待つよりは建設的だろう。

できればエミリオ分隊長と合流したいし、ルカを見つけれたらそれに越したことはない。場合によっては一人でも脱出するつもりだった。息子を見捨てるためではない。俺という人質がいたらルカを奪還するのに支障が出るかもしれないからだ。隊長にルカよりも俺を選んで欲しくない。俺だって母親だ。息子の命を一番に考えたいが、隊長がそうしてくれるかは分からない。

「しかし……人の気配がしないな……」

こんな国家を揺るがす誘拐事件をしておいて、こんな警備体制でいいのだろうかと抜け出すには有利だが、あのギルフォード王子はどういうつもりなのだろうか。俺とルカを人質に隊長の妃の座を要求するのだろうか。しかしとてもそれは現実的ではない。
国の体面にかけて俺とルカを誘拐した国の言いなりになって、妃に向かいいれることなどできないはずだ。それにギルフォード王子の独断なら分からないが、リエラという国がたかが第四王子の我がままに付き合って、戦争になりかねないことをするだろうか。
ここまでするのなら戦争を覚悟しないといけない。隊長と結婚するためだけにしてはメリットがなさ過ぎる。

そう考えながら歩いていると、ようやく人の気配がした。分隊長かルカだと良いなと思い、そっと音が出ないようにドアを開けて隙間から覗き見をした。
確かにそこにいたのはエミリオ分隊長だった。しかし声をかけることは出来なかった。何故なら分隊長は全裸でベッドに横たわっており、意識を失っているように見えた。そして同じくベッドの上にはギルフォード王子がいた。同じように全裸で。



- 38 -
  back  






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -