後になって思ったこと。俺はもう少しユーリの言葉の意味を深く考えてみるべきだったかもしれない。
「おかしい……」
この城に来てからもう2ヶ月近くたつというのに、魔力が全く戻ってこない。医者が言う、想像妊娠の状態から回復しないのだ。ユーリにはそろそろ出せと要求しても、笑顔で拒否されてしまう。
流石は公爵家の守りだ。今の俺ではどうやっても脱出できそうになかった。
言うなりになってそれから月日はあっという間に過ぎていった。
「クライス、今日も大人しくしていたか?」
「……ユーリ、ここから出せ」
もう何回もいい飽きるほどにいっている言葉だ。だが言葉以上の反抗は出来なかった。ユーリの籠の鳥状態からは。
「クライス、何度も言わせないでくれ。体調が元に戻ったら、ちゃんとここから出してあげるって言っているだろう?まだまだ本調子じゃないんだから、大人しくここにいてくれないと困るだろ?俺だってちゃんと約束を守っているんだから、クライスもちゃんと守ろうか?」
あれほど抱かれ続けた生活は、この城に来てから確かになりをひそめていた。
「お前、俺が本調子じゃないって?本調子どころか、余計おかしくなっているのわかっているだろ!?」
「だから、ここにいてもらっているんじゃないのか」
「ここに来てからの方がおかしくなっている!……俺、本当に想像妊娠なのか?……だって、だんだん腹が大きくなってきていて……中でなにかが動いているような気もするのにっ」
「だから、想像妊娠の症状だろうそれは。医者も、そうだって言っているだろう?……悔しいけど、今、クライスはこの状態だから、俺に抱かれずに済んでいる。だから俺に抱かれたくなくて、想像妊娠の症状がおさまらないどころか、悪化していっているんだろう。そんなに心配しなくても、すぐ良くなるから」
本当にそうなのだろうか。俺はユーリに抱かれたくないから、深層心理でこの状態が続けば抱かれずに済むから、ちっとも治らないのだろうか。
そんなことぐらいで?いくらユーリのことが嫌いでも、籠の取り状態が続くよりは、隊長の補佐をしながらユーリに抱かれ続けていた生活のほうが遥かにマシだと思っているのに。
もうずっと隊長の顔も見ていない。他の誰も見ていない。ユーリしか俺のそばにはいない。
「大丈夫だよ、クライス。俺がいるからね……残念だけど、妊娠していないけど。でも俺の子どもを身篭ってくれていたら、本当に嬉しいんだけどな。俺、凄く大事にするよ。クライスも子どもも……愛している、愛しているよクライス」
毎日、出せ、出さない。愛している、好きだ。子どもが生まれたら、すごく大事にする。そんな言葉ばかりを聞かされていた。
「ね、クライス。クライスも本当は俺のこと好きなんだよね。クライスは素直になれないだけで。処女を捧げたのも、腹の中に一杯精液を孕んだのも、本当は俺のことが好きで好きでしょうがないんだよ。だけど、兄さんなんかを初めに好きになっちゃったから、今度は弟なんて、クライスの中で許せないだけなんだよね」
「そんなわけっ…」
「そうだよ。本当はお腹の中に俺の子どもがいたら良いなって思っているよね?兄さんなんてもう好きじゃないんだ。これまでずっと拒絶してきたから、今更言えないだけだって俺、分かっているから。妊娠していないけど、俺のこども孕みたいだろ?」
妊娠していないと毎日ユーリに言われた。毎日言われるけど、反比例するように俺の腹は膨らんでいく。
そして俺はユーリのことが好きなんだって、毎日毎日ユーリは俺に言い聞かす。そんなはずはないと言い返していたが、段々俺は言い返すのが億劫になっていった。
そしてなんだかユーリの言っていることは間違っていないような気がしてきた。ずっと隊長が好きだったはずだけど、どうせ見込みが全く無いし、こんなに愛してくれるって言っているユーリがいるんだ。ユーリに身も心も任せてしまえば、そんなに悩むこともなくなるんじゃないだろうか。
そう俺はある日ユーリに聞くと、ユーリは隊長によく似た顔で微笑んで、そうするべきだよと笑った。
「そうだよ、クライス。俺を愛せば、全部上手く行くよ。絶対にクライスを幸せにするし、兄さんなんか選ぶよりも正解だったって絶対に思わせるから」
だから結婚しようと言われた。俺は頷こうとして、ユーリと結婚というのに躊躇した。本当にいいのだろうかという疑問が拭えなかった。
だから、ユーリの目を見れなかった。最近はユーリの目を見ると、拒絶できないような気がするのだ。
そして、妊娠していないはずの俺が閉じ込められて8ヶ月近くが経ったころ、凄まじい激痛が走った。
「痛いっ……どうしてっ、何で」
ユーリが痛みにうめく俺の手を握りながら、大丈夫だから、大丈夫だからと言うが、俺は全く大丈夫じゃなかった。一体何が起きているのか分からなかった。
「大丈夫だ、クライス。俺たちが夫婦になる時が来ただけだ。そうだろう?……俺たちの子どもが生まれるんだ。だから結婚してくれるね、クライス?」
俺はその時、子どもなんか生まれるはずがないとか、ユーリと結婚するなんてありえるわけないと言わなかったのだろうか。
激しい痛みと混乱のなかで、俺はユーリの子どもを産むのなら、ユーリの言うようにちゃんと生まれるまでに結婚しないといけない。
ユーリの言うことが正しいと思い込んでいた。いや、思い込まされていた。
だから、痛みに呻きながら、差し出された結婚誓約書とサインをしたのだ。これは本人の意思によってしか書くことは出来ず、国王とて偽造できない魂からの契約書で、これにサインをしたらこの国では一生離婚は出来ない、それほどに制約があるものに、俺はこの時何の疑問も持たずにサインをしてしまったのだ。
*ユーリは手段は選ばない男ですw
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