「落ち着いてくれ……クライス。お前を死なせてまで、無理矢理手に入れようとは思わない。だから死ぬなんていわないでくれ」
「今更か?」
死ぬとまで言わないと反省や後悔をしない男なんて、どう贔屓目に見てもろくな男ではない。
自分が好きな男は誰か知っていて平気で辱める男なんて、憎んでも憎みきれないし、そんな男の子どもなんか産みたいわけは無い。
「取り合えず……どうしても産みたくないんだったら仕方が無いけど、こんなところでは駄目だ。ちゃんとした医者に診てもらってくれ。うちの侍医を」
「お前の家に息のかかっている医者なんかごめんだ!まだもぐりの医者のほうがマシだ!」
「だったら軍医でも良い。安心してくれ、誰にもばれないようにするから!……だから、頼むから、こんなところで手術なんか受けないでくれ。何かあったらどうするんだっ」
別にこの男に好きにされた身体なんてどうなっても構わないと思っていた。けれど、ユーリはどうやっても譲らないだろう。
ならどうだっていい。この身体から、この男が吐き出した悪魔を除き去ることができるなら、どこでも構わなかった。
せっかくばれないように領地まで戻ったが、一日もしないうちに、王都に戻ることになってしまった。勿論ユーリも付いてだ。
「なんで、ただ里帰りしただけなのに、追って来たんだ?」
「これまで休みなんか取ったことのないクライスがいきなり長期休暇をとって姿をくらましたら、悪い予感しかしないだろ?後を追ってきて良かった」
「……最悪の男だな」
こんな時くらい見逃してくれてもいいだろうに。
「なあ……どうしても駄目か?俺の子どもはそんなに嫌いか?産んでくれたら、俺凄く大事にする」
「嫌いなんかじゃない……憎いんだ。お前の分身なんて」
帰りの馬車の中で、産んで欲しいとずっと頼んでくる男に、クライスは否定し続けた。
「クライス副隊長は妊娠はしていません」
「……えっ?だって、医者にそう言われて」
「正式な医者にですか?」
王都に戻り、ユーリの部下の軍医に診せられてそう言われた。
「いや……闇医者に診てもらった」
正式な医者などに診せれるわけは無かった。誰にも知られないまま闇に葬り去るつもりだったからだ。
「診断が間違っていたのでしょう。私のように魔法で解析すれば、妊娠しているかしていないかはすぐに分かります。闇医者では魔力解析はできないでしょうから、症状だけで判断したのでしょう」
「だが、ちゃんと症状がっ」
医者に診てもらっただけではなく、自分にも症状が合ったし、魔法が使えなくなっているのだ。妊娠するとお腹の子供のために魔力が使えなくなるといった症状は広く知られている。だから自分でもすぐに分かったのだ。ユーリの子を身篭ってしまったのだと。
「おそらく……副隊長殿は想像妊娠をしているのだと思います」
「想像妊娠って!……俺は子どもなんか欲しくないのに、どうしてそんな思い込みをするんだ?!ありえない!」
「想像妊娠は、強く妊娠を望むか、または逆に妊娠を強く恐れている場合に起こるといわれています。どちらかに心当たりは?」
そう言われると反論の仕様が無かった。ずっとユーリに孕ましたいと言われ犯され続けたので、いつも妊娠しないかと強く恐れていた自覚はある。
「想像妊娠の症状としては、吐き気・味覚の変化・魔力の使用が出来ない・腹部の膨張、胎動の自覚などがあります。妊娠という事柄に対する強いストレスが原因とされていますので、できるだけストレスのない生活を送る様にして下さい」
「良かった……クライスに危険な手術を受けさせなくて済んだ。悪い……もう無理矢理妊娠させようとしないから安心してくれ」
「それは……もう、俺に手出しはしないと言うことか?」
「ずっととは約束できないが、想像妊娠の症状が治まるまでは、無理強いしないと約束する」
「そうか……」
馬鹿げた騒ぎを起こしてしまったが、まさか自分の思い込みだったとは。馬鹿馬鹿しくて笑いたくなってきてしまった。
だけど、これでしばらくユーリが手を出してこないのだったら、不幸中の幸いかもしれないと思った。
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