だから恐れていたことが起こっても、俺は来る時が来てしまったとしか思わなかった。それほど焦りもせず、穏やかにいられた。
だけど、こんなことになって穏やかな気持ちでいられるなんて、もうどこか可笑しくなっていたのかもしれない。

これまで休みなんかまったく取っていなかったのに、貯まりきっていた有給を取って故郷に戻ってきていた。
俺の家はそれなりに権勢のある侯爵家だ。父は国で要職についている。
もし両親がユーリとのことを知ったら、反対するどころか無理矢理にでも結婚させようとするだろう。それなりに地位はあると言っても、王家の血を引くユーリの実家の公爵家とは雲泥の差だ。
そうでなければ、ただ黙ってユーリの陵辱に耐えたりはしない。家の力を使っても勝てるはずもないし、両親も味方になってもくれない。なら黙って耐えているのが一番だろう。

しかし、もうただ黙って耐えているわけにはいかない。このままではユーリの思う壺になってしまうからだ。

この腹の中にユーリの残した悪魔がいる。

何度も何度もユーリは楽しそうに、早く孕むんだと呪いの様に言っていた。さぞ魔力も込めていただろう。
魔力が高いほど同性同士では妊娠しやすいとされている。
だから、きっと、そのうちこんな日がくるかもしれないとは覚悟はしていた。

故郷は王都から3日ほど馬車でかかる。ここまで離れれば、自分がユーリの子を始末してきたと気づかれることはないだろう。
誰にも何も知られないまま、元の生活に戻れるだろう。ここは自分の家の領地だし、たいていのことは誤魔化しが聞く。
不法移民のもぐりの医者ぐらい見つけて処置してもらうのは容易だ。

「もう少しで準備が出来ますので、お待ち下さい」

異国の訛りがする言葉を聞きながら、ベッドに横になって待っていた。
自分を陵辱した男ではなく、その兄である隊長のことを思い出していた。何でも完璧にこなす彼だが、自分がいないことで少し不便をかけているのではないかと。
早く普段の日常に戻りたかった。

「お待ち下さい!入ってこられては困ります!」

「煩い!国に強制送還でもされたくなければ、その口を閉じていろ!」

医者とだれかが怒鳴りあっていた。この声は聞き覚えがあった。この場で一番会いたくない男の声だった。

「…ユーリ」

「クライス……俺に黙って里帰りか?それに、こんなもぐりの医者に何の用だ?」

「お前には関係が無い」

「そうか、そこのお前。クライスに何をするつもりだった?」

「お前の子どもを始末するためだ!」

医者に脅しをかけるユーリに、どうせこの男はしゃべってしまうと思い、自分でぶちまける事にした。

「お前の汚い精子を散々浴びせられてできた子どもなんて、産みたいわけないだろ?残念だったな!お前の念願だったらしいけど、俺は産む気はない」

「クライス、そんなことは許さないっ!」

「許さないってどうやってだ?俺はお前に無理強いされようが脅されようが、絶対に産む気はない!」

「堕胎だなんて、見つかれば死刑だって分かっているだろう?……クライス。俺の子どもを殺さないでくれ」

確かに、いくら貴族とはいえ、堕胎をしたことがばれたら極刑は免れない。

「誰がばらすんだ?ユーリ、お前がか?俺を殺すために告発するのか?」

それも良いかもしれない。

「そんなことができるわけないことは分かっているだろ!愛しているんだ!頼むから、俺と結婚してその子を産んでくれ」

「死んでもごめんだな……」

「俺はクライスを閉じ込めるくらい訳はないんだぞ?」

「やってみろよ!監禁されたって、何やったってお前の子どもなんか殺してやる!24時間監視されたって、死ぬことなんか簡単だ!お前の子どもを産むくらいなら死んでやる!」





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