花嫁の毒薬またの名を花嫁の媚薬。
勿論効果もよく知っているし、入手しようと思えば同じ一族だ。簡単に手に入る。しかし俺には必要ないと思って触れたこともなかった。
その媚薬を毎日弟の口で飲まされる。弟はこの花嫁の毒薬に抵抗があるようで効き目はないようだ。
元々浚ってきた花嫁に飲ませる薬だ。一族のものはそれを飲んだ花嫁に触れるので、抵抗力がないといけない。それで花嫁だけに効いて、使用者である一族には抵抗があるようにこの薬は設計されているはずなのだ。

この理論でいけば俺にも抵抗があるはず。しかし、この身体には脈々と受け継がれてきた公爵家の血だけではなく、代々浚ってきた哀れな花嫁の血も色濃く流れている。
ロレンスは征服者の血を、俺は花嫁の血が濃く現れてしまったのだろう。俺には花嫁の媚薬が効いて、ロレンスには効かない。
お陰で正気でいられる時間が殆どない。起きている時間のほぼ大部分がこの媚薬に犯されて、弟にこの身体をなだめて貰わなければ生きていけないのだ。


「パトリックごめんね、仕事行っていたんだ。たまにはいかないと首になっちゃうから……身体辛いよね」

こうして数時間とはいえ弟が離れてしまう間は地獄の時間でしかない。体が疼いて、弟の身体を欲しがって、狂ってしまいそうになる。


「早く来てくれっ」

俺の仕事はどうなっているのだろうかとか、この塔の外はどうなっているのだろうかなど現実的なことを考える余裕などなかった。ただ弟に抱かれたくて仕方がない。

「パトリック、愛しているよ」

お兄ちゃんと呼んできた弟が、今ではパトリックとしか自分を呼ばない。そのほうが良いかもしれない。自分を抱く男が弟だと思い出さなくて済むから。

正気に戻れるのはロレンスがたっぷりと自分を抱いてくれた時だけだ。その時だけは媚薬の効果が薄れて、思考力を取り戻すことができる。

「……このまま、こんなことを続けられないだろう」

横になったまま、同じくベッドに横になり俺を見ているロレンスにそう言った。弟の目はヴァイオレットだ。その目がどうして? とでも言うように俺を見ていた。ロレンスの目の色は俺と同じだ。当然だ。これ以上ない近しい血縁なのだから目の色が一緒でもおかしくはない。全く似ていない兄弟も多いし、俺たちは外見はそれほど似ていないが、目の色だけは一緒だった。

「誰も俺たちの関係を許してくれないんだぞ? お前のしている事は破滅に向っているのと一緒だ」

あの事件で俺たち以外には陛下からの婚姻許可証が配られていたのを見た。なかったのは俺とロレンスだけだ。
陛下も困っただろう。

両親はこのことを知っているのだろうか。

「誰かに許可して貰わないと駄目? ここにいれば僕とパトリック二人の邪魔をする人は誰もいない」

「二人だけならな……だけどずっとこのままでいられるわけはないだろう?」

二人とも継がなければいけない家がある。公爵もこの塔の使用を許したのだろうが相手が俺だとまでは思っていないだろう。しかしいずれ露呈するだろう。
そうした時、どうするつもりだというのか。
両親も放っておかないだろう。
継がなければいけな家は広大な領土があって、領民もたくさんいる。
その全てを放置しておいて、親戚も国も黙っているわけはない。

「それに………このままじゃ……」

「僕の子を妊娠しちゃうかもしれない? この媚薬、妊娠促進剤もたっぷり入っているからね」

「……そうだ」

毎日毎日抱かれ、その精を体内に宿して、いくら魔力が高い者同士とはいえ、このままでは遅かれ早かれ弟の子を身篭ってしまう可能性は高い。今だって分からないだけで妊娠している可能性もある。

「嬉しいよ。僕、パトリックにずっと僕の子を産んで欲しかったんだ。ずっと他の花嫁を探していたけど、パトリック以上に好きになれる子がいないか悪あがきしていたんだけどね……でも、僕分かっていたんだ。絶対にパトリック以上に愛せる人なんかいないって……僕の子を産むのはパトリックだけなんだってずっと……願っていた。駄目だって分かっていたけど」

「このままじゃ、私生児を産むことになるんだぞ!? 戸籍も無理だろう。俺もその子もずっとこの塔に閉じ込めておくのか? 露見したらみんな処刑されるんだぞ!」

「うん……そうだよね。このままじゃ駄目だって分かっている。ちゃんと結婚できるようになんとか許可証を貰ってくるよ」

そういう問題じゃない。兄弟だってことが問題なんだ。

「怒らないでパトリック……僕にはパトリックだけしか要らないんだ」

媚薬は今は飲んでいないのに弟の手を振りほどけない。泣いて縋ってくるから、いつものように弟の性器を受け入れて、喘ぐ事しかできない。そしていつもの様に媚薬を飲まされ、ロレンスは出かけた。俺を一人にする時はいつも薬で前後不覚にして、この塔から出て行けないようにしていくのだ。


そして弟が嬉しそうに一枚の紙を持って帰ってきた。

「陛下から婚姻許可証もらったよ! これで僕とパトリックは結婚できるんだ」

とてもとても嬉しそうな笑顔でそう言った。
陛下は俺とパトリックが兄弟だと分かっているよな。その上でこの許可証を出したのか?

「どうやって……」

「公爵と隊長とユーリにお願いして、どうしてもパトリックと添い遂げたい。結婚したいってお願いしたんだ。そしたら、好きならしょうがないって、陛下に一緒にお願いしてくれたんだ。陛下も甥のせいだしって、すぐ許可してくれたよ」

この事件の顛末は隊長の暴走と、被害者エミリオによる同じく暴走の結末だ。その変な作戦にサインをしてしまった陛下はきっと心を痛めているのだろう。
そこに公爵家一族がお願いと言う名の脅迫をしたら、許可を出さざるを得ないだろう。

この国で結婚できるのは従兄弟からだ。勿論平民も貴族も兄弟で結婚できない。ごく一部を除いて。
兄弟で結婚を許可されている一族は存在する。わが一族もそうだが、独自魔法・あるいは特異魔法と呼ばれるその一族でしか遺伝しない魔法が存在する。わが一族は外部から血を取り込んでも遺伝に問題はないが、ごくまれに遺伝がしにくい家系があって、ごく身近な間柄ではなければ後世に伝えられない、という家系があるらしい。その一族だけ血族結婚が認められている。
しかし、それ以外は基本的に許可されていない。
だから俺も弟となど考えた事はない。

しかしこの国では国王の許可があれば何でも許される。今回のように国王陛下が許可を出したなら例外として、ロレンスとの結婚も認められるのだ。おそらく理由として、ロレンスの特異魔法は血族同士ではないと遺伝しにくいため、など外部的には公表されるのかもしれない。

「……父や母にはどう言うんだ? もう言ったのか?」

うちは血族同士で結婚する家系ではない。当然両親も息子同士が結婚することを聞いたら、驚愕するはずだ。

「反対されたけど……僕はどうしてもパトリックじゃないと駄目と泣いてお願いして、公爵や隊長が口ぞえしてくれて……もうパトリックはとっくに純潔を失っている事も言って……ずっと僕はパトリックが好きで、認められない苦しさにずっと悩んでいたって話したら……許してくれたんだ。でも、両家の跡継ぎがいるから二人は子どもがいるんだぞって念押しされたけど」

頭が痛かった。両親も公爵たちから説得(命令)されたら否とは言えないだろう。それにロレンスにも弱いはずだ。養子に出した息子に負い目を感じている。そんな息子に泣いて頼まれたら……

「ねえ、あとはパトリックがサインをしてくれれば結婚できるんだ。サインして?」

すでにロレンスのサインはしてある婚姻届を差し出されて、戸惑った。

「……俺と結婚すれば、お前は幸せなのか?」

「当たり前だよ! ずっと僕はパトリックが好きだった。あんなことでもなければきっと僕は一生パトリックを思って独身だったと思う……それで、パトリックが結婚しようとしたら相手を殺したよ。誰にも渡したくないから、パトリックも殺して僕も一緒に死ぬことを選んだと思う」

「そうか……」

随分絶望的な未来しかロレンスにはなかったんだなと苦笑する。ロレンスにとってあの媚薬事件は幸いな出来事だったのかもしれない。

「でも、俺の気持ちは考えた事はあるか? ロレンスお前は可哀想だ……お前のためを思うのなら結婚してやりたい。けど、お前は可愛い弟なんだ。夫にはできない」

もう何十回と、ロレンスを受け入れた体だ。今更兄弟だからと言うのも馬鹿馬鹿しいほどにだ。
でも、本当にこの結婚が弟のためになるのか? そして俺の人生は?

そう考えると、いくら弟の希望とはいえサインをすることがどうしてもできなかった。



そんな俺にロレンスは無理強いはしなかった。ただ何時もの様に薬を飲ませて俺を抱いて、塔に閉じ込めていた。
そして俺を抱いて眠る。その時にロレンスの心が流れてくる。ロレンスの特異魔法『同調』だ。ユーリの精神制御魔法とは違うが、似た作用がある。
ロレンスの心がダイレクトに響いてきて、その心に寄り添おうとしてしまうのだ。この魔法は使いようによってはとても危険な作用が起きる。
例えば戦争をしようとした時に、同調をかければ何が何でも祖国のために戦う兵士達が簡単にできあがる。内乱を起こそうと思って洗脳することもできる。
とても危険な力なのでユーリと同様使用は厳禁とされている。
それを俺の心を手に入れるために、ロレンスは同調を仕掛けてきている。

同調を仕掛けられるのはとても辛い。ロレンスがどれほど俺のことを好きなのか、幼い頃からずっと悩んでいた頃のことまで流れてきてしまう。
近くにいれば俺を不幸にしてしまうからできるだけ離れて、でも見ているくらいは許されるだろうと、ずっと俺の姿を追っているシーン。
俺と結婚して子どもを育てる、そんな姿を夢見て、実現するはずないと落ち込むロレンス。

愛して欲しいと泣く子供のような心情がずっと伝わってきて、辛い。

そしてこんな魔法を使ってくるロレンスのことをズルイと思っても、可哀想に思えてきて責められない。

そして、閉じ込められてどのくらいだったのだろうか。一年は経っていないと思う。

ついにロレンスの子どもを身篭った事に気がついた。魔力が無くなったから気がついたわけではない。花嫁の毒薬の作用がなくなったので、気がついたのだ。
花嫁の毒薬は、花嫁を夫に従属させ夫無しではいられない身体にしてしまう。しかしその作用が切れる時がある。妊娠した時だ。妊娠すればその依存性がなくなるのだ。薬が効かなくなる。

「どうするの? 産んで……くれるよね? 僕の子どもを産みたくないなんて言わないよね? そんな可哀想な事言わないよね? お願いだから産んでくれるって言って?」

妊娠した事に同じように気がついたロレンスに懇願される。結婚して欲しいと言われたときと同じように泣いて乞われた。

「サインするよ……婚姻届持ってきてくれ」

「本当!? サインしてくれるの? 僕のお嫁さんで、僕の子どものお母さんになってくれる?」

恐る恐る、でも嬉しそうにそう聞いてくるロレンスに、苦笑して頷いた。

「お前は……本当にズルイな。逃げ道を全部なくした挙句、毎日毎日同調してきて……」

「だって、ロレンスがいない人生なんて僕にはないから……ずるい事をしてごめんね。でも結婚して欲しいんだ」

弟を愛しいと思う心が、親愛の情なのか、弟の同調のせいで操作された心なのか分からない。

「しょうがないよな……俺はお兄ちゃんなんだから」

サインをしてもこの塔から出れるか分からない。でも、なんだかもうどうでも良い様な気がする。ただ、弟を幸せにしてあげたくて、どうしようもなかった。



***
親戚に甘い一族・・・



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