「僕ね、大きくなったら花嫁の塔に住むのが夢なんだ」

そう無邪気に言っていた少年は、大人になってもとても迷惑な夢を持っていた。

その男はほんの子どもの頃から、そんなことを言っていた。
お嫁さんを見つけたら、浚って、花嫁の塔で結婚して仲良く暮らすの。

お花畑みたいな思考をしているなと思った。花嫁の塔に住みたいのか……って、旦那を見つけて自分が閉じこもるのなら構わないが、お前は花嫁を誘拐して閉じ込めたいんだろ! と、周りにいる人間はドン引きだったのを覚えている。

公爵家一族は他国にとって非常に迷惑な一族だった。平気で花嫁を浚ってきて閉じ込めるのからだ。抗議をしようと思っても国力で無理。誘拐した証拠もない。
ただいつの間にか魔力の強い男が消えていなくなってしまうだけだ。けれど、美しく魔力の強い男ばかりが神隠しにあうので、あの国の公爵が浚って行ったのだろうと、恨みがましく思うしか出来ないのだ。

だからと言って公爵家だけを責められない。公爵家の人間が率先してしていただけで、他の貴族も見習って誘拐は数代前までブームだったのだ。
今も人身売買などの誘拐は死刑だが、国法で花嫁として結婚するために連れてくるんだったら誘拐は合法となっている。

他国からよく突っ込みというか抗議は来るが、まるっと無視しているのが現状だ。無視しているとそのうち抗議の声がなくなる。
元々この王国はそれほど広くなかったんだ。はじまりは初代国王とその弟とその仲間たち数名から始まった小さな国だった。
その小さな国が飛躍するきっかけになったのは、結婚だった。初代国王は片腕の一人と結婚して、その弟である初代公爵が戦争をしているある国の国王に一目ぼれしちゃって、浚ってきてしまったのだ。その国は戦争している国に負けて併合されちゃって、妻の国を併合しやがってと怒った公爵に2つの国がまた併合されて……一気に領土3倍以上。
兄である国王は見てみぬ振りをした。そして仲間や部下たちもやりたいほう題し始めて、いつの間にか大陸の半分以上の領土を誇る国になってしまっていた。

公爵家の家訓は、一目ぼれをしたら『誘拐しよう、媚薬飲ませよう、孕ませよう』の三か条なのだ。
流石に兄である国王がそんな家訓恥ずかしいから止めようよ、と止められて、その三か条の家訓の書いた看板は宝物庫に打ち捨てられたが、今でも脈々とその三か条は受け継がれてしまっているらしい。遺伝子に組み込まれているのかもしれない。

最近は誘拐は落ち着いたが、それはある程度誘拐しまくって高い魔力がこの国の貴族に定着したから、最近は国内で恋愛結婚しようとというのが主流なのだが、このロレンスは未だに花嫁誘拐にロマンを感じているようで、僕の花嫁さんはどこなのかな? 早く連れてきたいな! とよく叫んでいた。

そんなロレンスを、わが弟ながら変な少年だと思ってみていた。ついでに俺は同じ一族でありながら、公爵家の人間達もちょっと変な人間たちと思っていた。


弟は10歳の時に養子に行った。両親ともに一人息子だったため、次男が母方の家を継ぐという条件で結婚したらしい。兄弟なのに名前が全く似ていないのも、それぞれ継ぐ家の前例に倣った名前付けだったらしい。
弟は行きたくない。お兄ちゃんとお別れしたくないと泣いて嫌がっていたが、そういう訳にも行かず養子に出されてしまった。

とは言っても、ずっと離れ離れというわけではなかった。弟は魔力も高かったし、その気になれば何時でも転移して戻ってきていたのだ。
まあ、そうでなければ幼い弟を養子になど出したりはしなかっただろう。

まあ、兄弟だが家名は異なる、一見他人になってしまった弟のことはちょっと変わった事を言うけど、可愛い弟だなと思ってきた。


しかし、あんなに懐いていたのに、士官学校を出て部隊に入ったら、まるで俺のことなど兄ではないかと言うようにふるまって来た。家名も違うし、みな兄弟だとは思っていなかったのだろう。どうしてロレンスはパトリックを嫌うのだろうと、首をかしげていた。
俺もロレンスは反抗期かもしれないと、まあ成人した弟のことなどあまり普通は気にかけないだろう。俺もそれほど気にしなかった。

弟は相変わらず花嫁を見つけたいと、外国によく旅をしているようだったが理想の花嫁を見つけられず消沈していたようだった。見つけられなくて良かったとしか思えない。誘拐はやはり良くないと思うんだ。家訓だがあまり褒められたものじゃないと思うし。

自分が理想の花嫁を迎えられないからか、俺の見合い話しを尽く邪魔をしてきた。両親も自分が上手く行かないからってお兄ちゃんの邪魔をしては駄目だよと何度諭しても無駄だった。
反抗期って年齢でもないのに、どうしてなのだろうか。自分だけ養子に出されたことを今でも恨んでいるのかもしれない。

「なあ、ロレンス。お兄ちゃんと腹を割って話さないか?」

と何度も和解しようとしたことはあったが、ロレンスは膝を割らせてくれるなら……とか、理解不明のことを言って逃亡した。俺と話したくないようだった。

兄弟二人して未婚なのを両親は少し気にしていたが、そんなに結婚結婚と煩く言われるような年でもないはずだったが、年上の親戚の隊長やその弟が結婚して子どもまで儲けているので、尚更煩く言うようになった。あの二人が独身の頃は良かったのに。
でも俺よりも弟のほうがずっと風当たりは強かったと思う。養子に行ったし、うちとロレンスがあとを継ぐ予定の家はあっちのほうが少し高貴な家柄だ。公爵家とも縁強い家柄だし、早く結婚しろとせっつかれている事だろう。
それもあってか兄のほうが先に結婚させるのは嫌だと思っているのかもしれない。
かといって俺の見合いは邪魔をするくせに、自分は理想の花嫁が見つからないと見合いも断わっている様子だし、何がやりたいのか良く分からない。

両親も幼い頃に、自分達の都合で養子に出してしまったことを今頃になって後悔しているらしい。
両親はお互い一人息子で家を継がないといけない間柄だったのに、猛烈な恋に落ちてしまい、両家の反対を押し切って結婚したのだ。
そのせいか第二子は絶対に母方のほうに養子にと言われていたので、両親も10歳でロレンスを手放す結果になってしまった。
ロレンスが結婚の邪魔をするのも、自分も花嫁を探す振りをしながら結婚しないのも全部養子に出したトラウマのせいかもしれないと気に病んで、最近は結婚結婚と煩く言わなくなった。

「ロレンス、お父さんたちもお前を手放したことを後悔しているし、お兄ちゃんももっとお前に優しくしてやれば良かったと思っている。結婚するまで家に戻ってくればいい。昔みたいに家族に戻ろう?」

もう大人になったしとよそよそしい態度を取るようになった弟のことを放っておいたのを、俺も今になって反省していた。

「僕が、僕が結婚できないのはお兄ちゃんのせいなんだ!!! いくら花嫁を探してった見つからない!!! 家族にも戻れない!!! 僕は一人ぼっちで一生過ごすしかないんだ!!!!」

よく分からないがロレンスの不幸は全部俺のせいらしい。おじい様やおばあ様に虐められていたのだろうか。やはりいきなり知らない場所は幼いロレンスにとって居心地が悪かったのだろう。俺が変わってやれればよかったが、元々次男を連れて行くという約束だったらしいし、俺とロレンスと比べたらロレンスのほうが魔力が強い。おじい様たちもロレンスを連れて行きたかったみたいだし、俺もあの頃子どもだった。どうしてやることもできなかった。

結局何度も仲直りをしようとしたが、そのたびに拒絶されてしまい、両親と俺は途方にくれていた。

そんな硬直状態が、急激に変化してしまったのはあの日だった。


「お兄ちゃん、苦しいっ…」

俺も弟と同じように媚薬を盛られて、同じくらい苦しかったと思う。でも、子どもの頃のように拙い口調で苦しいお兄ちゃんと言われると、何でもしてやりたくなった。
でも、ここでは魔力が使えないしどうすれば良いんだろうか。解毒剤もないし、周りはもう目に付いた自分より魔力の低い人間を問答無用で押し倒しているように見える。ここに弟を置いておいたら危険だ。勿論俺自身も同じだろうが、必死になって弟を隅っこに引っ張っていった。
泣いている弟に大丈夫だと、抱きしめて俺も震えていた。

まずいな、俺も我慢できそうにない。この衝動をどうしたらいいか分からなかった。

「お兄ちゃん、お願い、お願い……僕、頭がおかしくなっちゃう」

抱きしめて撫でていた弟が、泣きながらお願いと縋ってきた。俺は何を言われているか分からなかった。何を懇願しているのだろうか、ロレンスは。

「お兄ちゃん、許してっ」

俺が弟の懺悔の言葉を覚えていられたのは多分これが最後だったと思う。
それから先は俺にも理性と言う言葉がなかった。
とにかく体中が媚薬に犯されていて、抱き合っている相手が血を分けた実の弟と言う認識がなかったのかもしれない。いや、あったとしても、その時は何故弟が相手で悪いのか分からなかったと思う。

薬の影響も薄れて自我を取り戻したときに感じたのは絶望だった。
弟と交わってしまった。正真正銘父母を同じくした弟に抱かれてしまったのだ。
これが夢でない事は自分の身体が証明していた。
ずっと開かれていたせいで閉じる事が自分の意思でできなくなった両足。どちらの体液か分からないもので濡れた身体に、後ろからは弟の吐き出したものが後から後からこぼれてきた。

弟は何も言わなかった。ただ黙って俺を見ていた。そんな弟に責める言葉は思いつかなかった。
薬のせいだ。それで終わりにしようと思った。

周りでは部下達が婚姻許可証と婚姻届ですと、配布してまわっていたが俺たちには無関係だ。

「ロレンス分隊長とパトリック分隊長の分の婚姻許可証だけ入っていないな? 何でだろう? 陛下が忘れたのかな?」

と無記入の婚姻届だけ置いていったが、届出をするわけにはいかない。
いくらこの国では婚前交渉をしてしまったらすぐにでも結婚と言う風習があるとはいえ、兄弟で結婚するわけにはいかない。お互い純潔を失ってしまったのだろうが、できないものはできないんだ。

引き裂かれた服を手繰り寄せて、魔法で直して着ようとした。

「お兄ちゃん……行くよ」

「おい、何処にっ」

お互い全裸のまま引き寄せられ、次の瞬間転移した先は。

「ここは花嫁の塔だよ……僕のお嫁さんに住んでもらおうと思って、公爵にお嫁さんを見つけたら住んでも良いって許可を貰っていたんだ。だからお兄ちゃんは今日からここに住むんだよ」

「……何を言っているんだ、ロレンス。俺はお前の」

「お兄ちゃんだよ。でも、今日から僕のお嫁さんになるんだ……お兄ちゃん、ううん、今日からはもう僕のお嫁さんだからパトリックって呼ぶよ。二度とお兄ちゃんなんて呼ばない。ほら、これ飲んでよ」

差し出されたワイングラスに入っているものは何なんだろう。

「何なんだこれは……」

「花嫁の媚薬だよ……パトリックが僕なしでいられなくなるようにする薬」

花嫁の媚薬の効能くらい説明されなくても知っている。そんなことが聞きたいわけではなく、何故兄である自分に弟が飲ませようとしていることを知りたかったのだ。

「ロレンス、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか? 兄である俺をこの塔に監禁して、花嫁の媚薬を飲めと言っているんだぞ? お前の夢がこの塔で花嫁と暮らす事だった事は知っているが……いくら…媚薬のせいで兄と関係を持ってしまったとはいえ」

兄弟で交わってしまった事は、なかったことにしておきたかった。だから口にするつもりはなかった。しかしロレンスがおかしなことをしようとしている。だから言わずにはいられなかった。

「パトリック……媚薬で貴方が目の前にいたから僕が兄である貴方を抱いてしまったと思っているの? 違うよ。僕は……僕はずっと、頭がおかしかった。子どもの頃から、実の兄であるパトリックのことが好きだった。でもいけないって分かっているから……他の花嫁を探そうと努力はしたんだ。この国に運命の人がいないのなら外国にいるのかもしれない。貴方以外の誰かがいるかもしれないって、儚い希望を持ってずっと探していたんだ。でも、いくら探しても無理だった。だって僕の運命の花嫁は、パトリックだったんだから」

ねえ、飲んでと請われて、ワイングラスを手に握らせられた。

「兄弟で、そんなことは無理だ……」

そう言ってもパトリックはその言葉を無視して、強い魔力で俺の意思を無視してその薬を強制的に口にさせた。

「僕がずっとこの塔に閉じ込めたくて、抱きたかったのは、兄であるパトリック、ただ一人なんだ……もう一度でも抱いてしまったから、止められないよ……パトリックはこの塔の中で僕の花嫁になるんだ」




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