どうしたら良いのか。このおなかの物を処分する方法はいくつかある。

まず誰にも知らせずに処分することだ。今なら誰にも知られていない。知られてはいないけれど……けれど、まだ小さいとはいえ人知れず命を殺す事になってしまう。
愛してもいない男の子どもだ。何が悪いんだと思う反面、強要されたとはいえ納得して身体を任せていたのだろう、こういう可能性だって当然ありえたはずなのに、罪もない子どもに両親の罪を背負わせるのかという罪悪感もある。

産みたいわけじゃない。欲しかったのはラルフとの子だ。例えそんな日が一生来る事はないと分かっていても、産みたかったのはラルフの血を引いた子どもだ。

だけど実際に腹にいる子はリーセットの子だ。その現実は変えようもない。

当然ラルフに言えるわけはない。ではリーセットに言えば、きっとなんとかするだろう。これまで誰にも知られないように二重生活をしていたように、きっと何事もなかったように収めるかもしれない。俺とにって最悪な形で。

だから夫にも父親にも言えない。殺す事もできず、産みたいわけでもなく、俺はただ破滅の時が来るのを待つしかない。時間が解決してくれるわけでもないのにだ。

こうしていたってすぐにばれるだろう。俺は今は魔力は使えない。仕事も今は皆をまとめる役目だから、どちらかというと書類仕事のほうが多い。だが実戦に参加しなければいけないときが来たら俺が動けないことがばれてしまう。そうしたら誰の子か勘ぐられるだろう。夫の病は余り知られていないが、知っている人は知っている。夫との間に子どもができないことは簡単に推測がついてしまう。

俺が不貞を働いていた事はすぐに露呈してしまうのだ。

それに何よりも怖いのはラルフに裏切っていた事が知られてしまう事だ。そんなことを知られるくらいなら死んだほうがマシだ。


「ありがとう……今日はもう良いよ。明日もよろしくね」

看護人にそうお礼を言って、ラルフの看病を交代した。ラルフは薬のせいか病状は進んでいない。安定している。
時々気分が悪そうにしていることもあるが、死にいたるような発作はここ3年殆どおきていない。

「おかえり、フェレシア」

「ただいま……ラルフ。今日も顔色が良さそうでよかった」

「ああ……でもフェレシアのほうこそ顔色が悪そうだ。体調が悪いのかい?」

体調が悪い。そう妊娠しているから、体調も精神的にも不安定だ。けど、そんなことを夫には言えない。

「何か心配事でもあるのかい? 俺には言えないのか?」

言えるわけない。ラルフを裏切ってこの三年他の男に抱かれ続け妊娠しているなんて、夫を目も前にして言えるはずがない。
裏切りつもりなんかなかったなんて、ラルフを生かしたいがために薬の代価として身を投げ出していたなんて、言ったら最後もう二度とこの薬を飲んでくれなくなるだろう。

「ラルフ……何でもないんだ」

「何でもないわけないだろう。一体何年一緒にいると思っているんだ?」

生まれた時からずっと一緒だった。ラルフを愛していてどんなときも一緒に生きて行きたかった。でも今は死んでしまいたい。

「俺のことがお荷物になったか?……新しい人生を歩きたければ、そうするべきだ、フェレシア」

「何をっ!……ラルフっ…」

一瞬激昂しかけた。ラルフが荷物だなんてと。でも次に瞬間、ラルフが俺の手を握った。衝撃で言葉がでなくなった。

「こんな死にぞこないの面倒を見るだけでフェレシアの人生を終えてはいけない。本当はこんなに長生きするつもりはなかったんだ……けど、俺は結構しぶといな。何時までたってもフェレシアを開放してやれなくって」

知っているんだ。ラルフは全部知っている。俺が不貞を犯していたことも。今、妊娠している事も。
そうじゃなければ、触れてくるはずはないんだから。

「ラルフっ…ラルフっ……ごめんなさい」

「謝らなくて良いんだ。フェレシアには幸せになって欲しい、何時までも俺の犠牲になっていてはいけないとずっと思っていた。その子は本当の父親の元で産んで、俺のことは忘れるんだ」

「そんなことっ! できるはずない!」

それはラルフの死を意味する。ラルフが生きていては再婚などできないんだから。ラルフは俺に浮気相手の元へ行けと、ラルフは放っておいても死ぬか、それとも自害をするか、とにかく死ぬつもりだと分かった。俺のために死ぬつもりの覚悟なんだと悟った。

「愛しているんだっ……ラルフ以外誰も愛していない。俺にもどうして良いか分からないんだっ……こんなつもりなかったのに。こんな罪を抱えてしまって、どうやって生きて行けば良いか分からないんだ。でも、ラルフが死ぬくらいだったら俺も死ぬ!」

「なら、どうして……」

ならどうして浮気をしたのかと言いたいのだろう。ラルフを愛したままで、どうして不貞を犯したのか。ラルフはきっとラルフ以外の男を愛してしまったのだと思っていたのだろう。
そうではないけれど真実も言えない。ラルフを生かすために他の男に抱かれ続けた事実を話すことはどうしても出来なかった。

「その、おなかの子どもの父親の事を……愛していないのか?」

黙って頷いた。

「結婚して一緒に子どもを育てるつもりはないのか?」

再び頷いた。

「……無理強いされたのか?」

否定をしようと思ったが、それだと事実を話すことになる。また俯いてその言葉に頷いた。

「フェレシア……どうして言って……いや、言えるわけないか。そんな酷い目にあっていたことをこんな状態の俺に言えるわけもないよな。良いよ……泣かないでくれ。助けてもやれない俺がフェレシアを責めることなんかしない。中絶するのはフェレシアの身体にも良くないから、その子は俺たちの子として育てよう。もう忘れるんだ。その子は俺の子なんだ……フェレシア、助ける事ができなくてごめん……」


ラルフは俺をずっと抱きしめてくれた。




「もう会わないだって? 何を考えているんだフェレシア!」

「もう、何と言われたってお前とは二度と会わない」

「薬は要らないのか?」

「お前との事がラルフにばれた……でも、ラルフはこんな俺を許してくれた。もう二度と裏切れない。裏切りたくないんだ! あの薬がなくても、残された時間、裏切らないでラルフと生きて行きたい」

短い時間かもしれないけど、自分の子どもでもない不義の子ですら受け入れてくれた。もう何があってもラルフを裏切れない。

「俺の子どもをあの男の子として、産むつもりなのか?」

「……どうして知っているんだ」

否定はしない。否定したところですぐにばれる事だ。

「見れば分かる。魔力のない状態が続いているとな。俺の子どもをあんな男の子として産むなんて、許せない!」

「元々リーセットとはラルフが死んだらって約束だっただろう!! ラルフはこんな俺でも、愛してくれている。ラルフが生きている限りもう二度とお前なんかに触らせたりしない!」

もっと早くこうするべきだった。初めに陵辱されたのは変えられなかったとしても、3年も唯々諾々と従うことはなかったのに。
ラルフが例え短い間だったとしても、俺は彼に誠実であるべきだった。

「フェレシア、俺は……何があっても、あんな男に君を渡したりはしない。君も息子もだ」

リーセットがずっと怖かった。好きになれなかった。どうしても愛せなかった。
あの執着心が怖かった。平然と死罪になる罪を犯しながら、なんら詫びれもしない。

でももう二度とこの身体を自由にはさせない。例えラルフと一生愛し合うことは出来なくてもこの身体はラルフだけのものなのだから。


「ただいま……ラルフ、今日はラルフの好きなポトフにしようと思って良いお肉買ったきた……んだ」

ラルフの寝ている場所はキッチンからすぐ見える場所にある。何時でもラルフの様子が見えるように、その場所にした。
荷物を置いて振り返ったら。

「ラルフ!!!」

血を吐いて倒れているその身体は有り得ないほど体温が低くなっていた。酷く冷たい。昨日久しぶりに抱きしめてくれたその身体は温かかったのに。

「嫌だっ……お願いだから死なないでっ……ラルフがいなくなったら俺どうしたら良いんだっ!」

薬はまだあったのに。こんなに突然容態が悪化するはずないのに。ラルフを診ていてくれた看護人はどうしたんだろう?

呆然と冷たくなった身体を抱きしめ続けて、ラルフにキスをした。
昨日してもらえば良かった。夫との最初で最後のキスが、こんなに冷たいものになってしまうなんて。
せめて、せめて見送りたかったのに。


ラルフの死因は毒殺だった。病死ではなかった。
死んだのは俺のせいだった。
毒を持ったのは看護人だった。彼に看護を頼んだのはラルフの遠い親戚で、信頼がおけると思って頼んでいた。
彼はずっとラルフのことを愛していたと言った。なのに俺がラルフを裏切ったことを知り、裏切っておきながらのうのうとラルフの子として生むことまでラルフは許した。
そのことがどうしても許せず、俺からラルフを奪うためにラルフを殺した……そう遺書に書いてあった。彼も同じ毒を飲んで死んでいたのだ。

「フェレシア、彼の遺書を公開すると俺たちが密通していたことが露呈してしまう。死因は病死にしておこう。心配しなくてもいい、俺が全て処理をしておくから。あと、婚姻届も出しておくから」

呼んでもいないのに、リーセットが全ての処理をしていった。毒殺でも病死でも、もうラルフはいない。ラルフを殺した人間ももういないから、死因が何にされたって構わない。

「止めて! せめて、葬儀にだけはラルフの妻として執り行いたいんだ! 結婚は落ち着いてからにして……お願いだから」

リーセットとの約束は誓約の誓いをしてしまっている。取り消しは出来ない。けれど、ラルフが死んだ翌日だけはどうしても嫌だった。

「駄目だ。俺は3年も待ったんだ。もう1日も待てない……俺の妻として前夫の葬儀を執り行えば良い」

悪魔のような男に勝手に婚姻届を出され、俺はラルフの妻としてではなくリーセットの妻としてラルフを見送った。
そして俺はリーセットの妻としてこれから生きて行かなければならない。

葬儀が終わったら、もうあの家に帰れない。小さいけれどラルフと過ごした11年間が詰まった家。もう二度と帰れないんだ。

ラルフに永遠の別れを告げ、葬儀に出席していた今日から夫になる男の顔を振り返ってみた。

笑っていた……とても楽しそうに、とても幸せそうに。


分かったんだ。あの看護人はラルフの親戚だったが、リーセットが探して連れてきた男だった。俺と二人の時間が欲しいからと、リーセットが給与を払っていたんだ。

リーセットが……リーセットが全部……

俺はどうして、ラルフが死んだときに一緒に死ななかったんだろうか。今の俺は誓約の誓に支配されていて、自分で自分を殺す事もできない。

ラルフ、ごめん。俺はもう一生自由にはなれないけど、けど死ぬまで愛しているのはラルフだけだから。
何人あの男の子を産んだとしても、絶対に愛する事はないから。



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