「どうした? フェレシア」

何時もより顔色の良い夫にそう尋ねられた。何でもないと答えてリーセットに貰った薬を夫渡そうとして一瞬逡巡した。
この薬を手に入れるために俺がしてしまった事。勿論合意ではなかった。だが誰にも訴え出ることはできなかった。
ラルフに知られたくないというのもある。けど合意でなければ姦通したとしても俺に処罰は来ない。処刑されるのはリーセットだけだ。

なのにそうしないのは。黙って薬を受け取ってこうしてラルフに飲ませようとしている。
こんなことラルフを裏切ったも同じ事だ。

夫を裏切ったままの身体で恥ずかし気もなく、夫の前に立つ俺は最低だ。

でも裏切ろうと思ったわけじゃないんだ。本当にラルフを裏切ろうと思ったことなど一度もない。

例え一度も触れることさえ適わなくてもだ。

こんなに触れたいと思っているのに、自分の夫に触れることすら適わない。なのに、夫でもなく、愛してもいない男には簡単に蹂躙されてしまった。

きっと真実を知ればラルフは俺を許さないだろう。

元々ラルフは俺と結婚を最後まで拒んでいた。嫌いになったわけではなく、ただ何も出来ずいつ死ぬか分からない自分が結婚など出来ないとずっと言っていた。だけどどうしても最後の瞬間まで一緒にいる権利が欲しいと言う俺の声に、最後は折れた形だった。今もそうだろう。何時も俺に負担ばかりかけると、そう折につけ言うほどなのだから。

ただ許さなくても分かって欲しい。決して望んでしたことじゃないのだと。ラルフを裏切るつもりは毛頭なかったのだと。全てをささげたかったのはラルフだけだ。
そして、ラルフを生かすために裏切り続けなければいけないことを。


懇願はしたことはあった。夫をこれ以上裏切りたくないので、どうか今はやめて欲しいと。
将来妻になったとしたらリーセットだけを夫として生きていくから、今は触れないで欲しいと。

しかしそんな懇願は簡単に無視をされた。逆に俺の夫のラルフは偽者も同然で、本当の夫はリーセットなのだから何の問題もない。むしろ過ちを正そうとしているのだと、そう言い放たれた。
ラルフのために薬を用意をするのは、偽者の夫を見捨てきれない優しい俺のためだけのもので、夫としての権利は捨てるつもりはないと、どんなに拒否をしても聞いてはくれなかった。

こんなことがばれたら破滅だと何度も言った。だけど、リーセットは知られないように上手くやるから心配ないと言うだけだ。

結局俺は薬のためにリーセットに身を任せるしかなかった。


圧し掛かってくる男の体温が煩わしかった。もう慣れてしまったが、何度経験しても厭う思いは変わらない。これがラルフだったらきっと幸せだっただろう。結婚して8年。もし彼が健康だったらそろそろ子どももできていたかもしれない。
けれど、一度も抱き合う事はなかった。それを納得して結婚したはずだった。後悔は一度もしていない。けれど、ラルフではなくこんな男とするために純潔を守っていたわけではないのに。

「フェレシア……相変わらず慣れないな。何時までたっても処女のようだ……」

俺の手を取って、自称夫はキスを落とす。彼は強引だったが俺に触れる手つきはまるで宝物でも扱うかのように繊細だった。
彼が俺を愛しているというのは嘘偽りはないだろう。それは疑った事はない。だが彼にとっては俺は妻らしいが、誰が見たってただの姦通罪だ。

「もう帰らないと……看護士さんが帰ってしまうから」

看護人への給料もリーセットが出してくれている。いわく、一緒にいる時間をたくさん確保したいかららしい。ラルフには残業を増やしたからと言い訳をしている。看護人にラルフをお願いして、その分増えた時間はリーセットとすごすことを強要されていた。

「もっと時間を多く頼めばいい。こうやって戻っていくフェレシアを見るのは辛いんだ。早く一緒に住みたいし、皆にフェレシアは俺の妻だといいたい」

こうやってごねられるのは何時もの事だ。ラルフが早く死ねば良いと思っているだろう。実際そう言われたこともあった。それでもラルフの元に返してはくれる。この独占欲の強い男だったら、夫から奪い取って会わせないと言われてもおかしくない。だからこうやってラルフと暮らす事を許可されている事を感謝しなければいけないかもしれない。

「フェレシア、もう一度だけ愛し合いたい。そうしたらあの男の元に返してあげるから」

俺は何時も義務だと思い込む。自分を抱く男を夫と思い、やり過ごす事をしない。
ただの仕事だ。薬を貰う対価だからと我慢して、最近それは男娼とどう違うんだろうと自嘲する。この国民でそんな職業に身を落とす人間はいない。他国から流れてきた人間でスラムでそういう職業をしている者はいる。実際に取り締まったこともあった。

世間では俺は夫につくす献身的な妻だと言われているらしい。けれど、俺はきっと男娼と変わりない。平気な顔をしてラルフを騙して裏切っている。


そしてそんな日々は3年続いた。リーセットが俺と彼の新居という家まで建てて、そこでリーセットと夫婦のように暮らし、そして残業が多くなったと夫に言い訳をして帰っていく。実際に責任のある仕事だ。嘘だとは思っていないだろう。
その間にリーセットの家で俺の荷物が増えていった。彼の実家は裕福な貴族で、俺の借りている家とは比べ物にならないほど豪華だった。彼は俺に何でも買ってくれる。夫のためにもお金を融通してくれる。

俺は長い間夫と自称夫との二重生活をして、それが破綻しようとしているのに気がついた。

もうこんな生活は続けられない。

「ラルフ……ちゃんと薬は飲んでいるのか? 顔色が悪い」

「ああ、ちゃんと飲んでいる。今日はちょっと気分が良くないんだ。少し寝かしてくれ」

リーセットの家から戻ってラルフの様子を伺えば、いつもよりも調子が良くない様だった。一瞬目を開けたがすぐに眠ってしまった。
しばらく見守ると、そっとラルフの頬に触れてみた。

冷たい……けれど、そうやってラルフに触れられるのは13年ぶりだった。俺に今魔力がないから、こうやって触れることができている。

妊娠して夫以外の子が腹にいて、そうして初めて夫に触れることが出来る。なんて皮肉なんだろう。魔力がなくなって夫に触れることが出来るが、こんな俺がラルフに触れることなどできない。俺は穢れている。

頬に触れてしまった指をすぐに離した。

夫以外の子を身篭って、誰の目にも明らかな裏切りを腹に抱えてしまって、俺はもうどうしたら良いか分からない。

これは夫を裏切り続けた罰に違いない。だったらその罰を甘んじて受け入れなければいかないだろうか? 

こんな罪深いものを宿して、これから先どうやって生きて行けというのだろうか。



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