「俺がフェレシアに出会ったのは、分隊長に就任したばかりの頃だった」
分隊長は各隊に11人いる。6部隊で全部で66人だ。場合によっては連携して作戦をすることもあるので、定期的に顔合わせの会があった。
そこで俺は運命の人に出会った。彼が俺の生涯の伴侶、妻になる人だ。
名前はフェレシア。その姿に相応しい美しい名前だ。
繊細そうな青い目を見るたびに俺の鼓動が高鳴った。間違いなく恋だと思う。彼が欲しくて堪らなかった。
「何だ? リーセット、フェレシアに見とれて。無駄だぞ。だってフェレシアはもう結婚しているからな」
「何だって?」
俺の運命の人がすでにもう結婚している? そんなこと有り得ない。だって彼は俺の妻になるはずの人だ。なのにもう人のものだっていうのか?
「フェレシアは確か成人してすぐに幼馴染と結婚したって聞いているぜ。ずっと結婚することを誓った人とな」
「どうして……そんなに早くっ」
怒りの余り吐きそうだった。もっと早く出会えていたらフェレシアを誰にも渡さなかったのに。
「さあな。お互い早く一緒になりたかったんだろ。だからな、フェレシアは諦めろ」
通常だったら結婚していたら諦めるほかはない。この国では姦通は死刑だ。離婚も出来ない。フェレシアを合法的に俺の物にする事は今の段階ではできないのだ。
「そういう状況だったら殺すしかないよね」
「抹殺するべきだろう」
「僕もそう思います。離婚できないのなら、再婚できるように夫を暗殺すべきですね」
「妻になるべき人を奪われたんだ。この国では奪われたら殺すのは合法だからな。第三部隊のユーリ隊長もクライス副隊長に手を出そうとしたアホを抹殺していたしな」
「そうだ、俺もフェレシアを奪い返すために、何でもするしかないと誓った」
まずフェレシアの伴侶を調べた。戸籍上はフェレシアは妻となっていた。
くそっ! あの美しい肢体を、俺のもののはずのあの身体をそいつは奪ったのだ。俺に捧げられるはずのフェレシアの処女を奪った罪は重い。
それは死罪に充分値する。
その男はラルフという名で現在は無職らしい。フェレシアが分隊長をして稼いで養っているそうだ。
自分で稼ぐ事もせず妻に寄生している男など、ますます生きている価値はない。
しかし詳しく調べていくうちに、その男は病の床にいて起き上がることも出来ないほど重病らしい。そのまま死んでくれれば良いのに、どうやらその病はもうその男の身を苛なんで久しいようだ。
「くそ! そうすぐには死なないか。無駄に長生きしやがってっ! フェレシアに寄生して生きている価値もないくせに」
ただ、その男が健康だったら俺はすぐにでも殺しただろう。これ以上俺のフェレシアを汚されるわけにはいかないからな。だが起き上がることも出来ないほどの重病ならフェレシアを抱く事はできないだろう。だったら確実にフェレシアが俺のものになるように、利用させてもらうしかない。それが俺からフェレシアを奪った罰だ。
「フェレシアさん、少しお時間をいただいてもいいですか?」
フェレシアが既婚者でなかったら一目ぼれをした初対面でプロポーズをしていた。だが既婚者のフェレシアに申し込んだら常識のない男だと軽蔑されるかもしれない。
ただあいさつをして世間話をして引き下がるしかなかった。
「ああ、えっと、第一部隊のリーセットさんでしたっけ?」
「ええ。あの、さん、なんでつけなくても構いませんよ。俺のほうが年下でしょうし」
「そうか? なら、俺も必要ないよ。敬語も必要ない。だって同じ分隊長だろう。それより何の用かな? 今日は早く戻って、夫の世話をしないといけないんだ」
フェレシアは夫のために看護人を雇っているようだが、フェレシアの家は貴族とはいえ、かなり貧窮しているらしく、分隊長の給料だけで夫を養っているらしい。その中には莫大な金がかかる薬代や医療費、看護人への給料などで借金まであるようなのだ。だから早く仕事を終えれた日は、早く戻って自らの手で夫の面倒を見ているらしい。
そこまでする価値がその男にあるというのか?
俺と結婚すればそんな目には合わせない。金に不自由させるつもりもないし、ただ笑っていてくれればいい。たくさん俺の子どもを孕ませて、俺が外で稼いで来て、フェレシアに働かせるつもりはない。
「ええ……実は話というのは、フェレシアの夫のことなんです。少し耳に挟んだんですが、旦那さんは魔力循環不全症という病だそうですね」
この国は魔法大国だ。大抵の事なら魔法で解決できる。
ただ魔法大国という弊害はある。なんでも魔法で解決できてしまうため、魔法で解決できない事への研究が進まないのだ。
例えば医療分野だ。怪我は魔法で治ってしまうし、病も魔法薬で治るものも多い。だが、難病や稀少な病など医療系魔法では解決できないものもたくさんある。
貴族ともなれば一流の薬師や医者にかかることもできるが、フェレシアの夫はそうはいかない。
魔力循環不全症は身体に魔力が循環せず、一箇所に滞ってしまう病だ。流れを良くしてやらないと、呼吸不全や心臓発作など致命的な症状が起こる。薬はあるがとても高価で、しかも扱える人がほとんどいないため、この病にかかったら余程の大貴族でもないかぎり、死を宣告されたも同然なのだ。
「ええ……もう10年近くになります」
「夫がそんな病に犯されているのを分かっていて結婚したんですか? 苦労するのは分かったいただろうに」
「分かっていました。でも、短い時間でも一緒にいたかったんです。だから18歳になって結婚できる日にすぐに書類を出したんです」
「そうですか……愛しているんですね」
そんなフェレシアの負担にしかならない男を。
「実は、俺の母方の実家が宮廷医をしていて、魔力循環不全症の薬を少し保管していたんです。古くなったので処分しようとしていたのを譲ってもらったんです。消費期限は過ぎてしまっていますが、効果がないとは限らないので、もし使ってみるつもりがあるのならどうかと思って」
「本当か!? あの薬はとても手の出ないような金額だし、ツテもないし手に入れるのは完全に諦めていたんだ!! 感謝するよ、リーセット!!」
「いえ、フェレシアの役に立てれば嬉しいですよ」
夫などどうでも良いし、フェレシアが夫のことで一喜一憂するのも憎らしい。だがフェレシアをこの手で抱くためのワンステップだ。
「リーセット! あの薬は素晴らしいよ! ラルフが見違えるように楽になって。あんな元気なラルフを見たのは10年ぶりだ!」
「それは良かったです」
「それで……いただいてばかりで申し訳ないんだが、貰った薬はもうなくなってしまったんだ。また貰えるかな……」
「ああ、だが何時までも無料という訳にはいかないかな」
「っ……そうだよな。こんな高価な薬……今すぐ払えるのは少ないけど、お金なら」
「いや、金は要らない」
金なんか要らない。俺がほしいのはフェレシアだけだ。
「じゃあ、何を……」
「俺が代価で欲しいのは……フェレシア、君だ」
「何をっ……」
「フェレシア、君を俺の妻にしたい」
俺が望むのはただそれだけ。フェレシアだけが欲しい。
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