俺は一人息子を抱いて散歩をしていた。陽気な天気だったから息子を連れて散歩は最近の日課になっていた。
愛くるしい息子の笑顔に、最近は俺も一緒に笑顔になる事が多い。

生まれてくるまではずっと心配だった。俺みたいに魔力が低かったらと。
けれどロベルトに似たのか、俺よりもずっと魔力が高い。だからそのことに安堵していた。
ロベルトは気にしないと言ってくれていたのに、俺のほうがこの子の魔力の事を気にして、俺のほうがずっと差別的意識を抱いていたのかもしれない。
ロベルトが気にするかもしれないといいながら、一番気にしていたのは俺だ。俺はこの子が魔力が低かったら愛せただろうか。両親と同じことを思ってはいなかっただろうか。

ロベルトは次の子も欲しいといっていたけれど、こんな俺にまた子どもを産む権利などあるのだろうか。

公園のベンチに座って、息子をあやしながらそんなことを思った。

今日のご飯は何にしよう。メイドはロベルトが雇いたがっていたが、俺はやはり家に他人を入れるのが嫌で産後ほんの少しの期間だけ人を雇っただけだった。子育てが大変だろうとロベルトは心配するが、今は仕事をしているわけでもないので調度いいくらいだ。

息子の重みを感じながら夕食の献立を考えて家路に着く。

何でもない日だった。その時までは。

家に着くと誰かが立っていた。いや、誰かではない。良く知っている人だった。反射的に身体が強張る。

「それがお前の息子か。お前が生んだ割には、ほどほどの魔力は持っているようだな」

「……お久しぶりです。父上……」

ほどほどの魔力ではなくて、かなり高いほうだ。だけどクライスが基準の父にとってはほどほどにしか見えないのだろう。

「父などと呼ぶな。お前はもう私の息子ではない」

声を荒げこそしないが、その冷たい声は俺の身体を余計強張らせた。
返事も出来ず、俯くしかできなかった。
もう息子でないと言われたが、父の中ではもうずっと息子ではなかったはずだ。クライスだけが両親の息子。

「クライスに次男が生まれた。それはもうとても素晴らしい魔力の赤ん坊だ」

俺にむけて話すときはとても冷たい声だが、クライスの息子のことを語る時はとても優しげで誇らし気に聞こえた。
昔からずっとそうだった。クライスの話題が出る時は、両親ともにとても嬉しそうに、誇らしそうにしていた。

「お前の息子とは比べ物にならないほどにな」

クライスの夫のユーリ隊長はこの国で最も魔力が高い人間の一人だ。その間にできた子と比べられれば、どんな子でも魔力の低い子になってしまう。自分はどんな事を言われても平気だが、息子まで侮蔑されることは耐えられなかった。けれど何も言い返すことなど出来ない。

「始めは二番目に生まれた子を養子にくれる約束だった。だが、クライスがお前が可哀想だと言って、養子には出さないと言い出した。血統が途切れるのが嫌なら、お前に土下座して謝り、お前の子に継いで貰えとな」

クライスは何人生まれても実家には跡取りに出さないと、たしかに言っていた。それで両親が困ることは分かっていたが、勘当された身である俺がどうこうすることでもないので、そうか、とくらいにしか思っていなかった。ずっと昔から自分が侯爵家の跡に関して関わる事はないと思っていたから、あくまでそのくらいの感想しかなかった。

「お前は、自分の息子に跡を取らせたい余りにクライスを唆したのだろう。そうでなければあの優しい子があんなことを言い出すはずがない。お前が何もかもの元凶のはずだ」

俺はクライスに何も言っていない。たぶんユーリ隊長が言って知られたのだろう。クライスは全部知って俺に同情した。父の言うとおり優しい弟なのだ。

「お前は侯爵家を潰したいのだろう? お前が継ぐ資格がないのを妬んで、卑しいな。お前みたいなのがどうして生まれてきたのか。クライスだけで良かったのに」

何度も言われた言葉なので、今更何とも思わない。もっと酷いことだって一杯言われてきた。

「お前みたいな出来損ないでも立派に育ててやったのに、お前がしたことは侯爵家の名を汚して醜聞を撒き散らしただけだ。それだけでも許しがたいのに、クライスまで巻き込んで家を潰そうとまでするなんて、どこまで落ちぶれた卑しい男なんだ」

家に迷惑をかけたことは間違いないので、黙って受け止めるしかできない。

他にも色々言われたが、それほど目新しい事は言われなかった。同じことを昔から何度も言われていたから。

「どんなことがあったもお前の子を跡継ぎにするつもりはない。クライスの子にしか継がせない」

「……はい。クライスに生まれた子を跡継ぎにするようにお願いしますから」

この人は息子じゃなくなった俺にわざわざ文句を言いに来るほど暇じゃない。俺の顔なんか見たくもないだろうから。
だからここに来たのは、俺にクライスの子を侯爵家に渡すようにお願いすることを、命令するためだろう。
クライスが子どもを渡さないのは、俺のことを思ってだから。だからその俺がクライスを説得させるために現れたのだ。

俺がクライスにお願いをするくらいで、その決意を変えられるか分からない。
けれどそう返事をするしかない。そう言わないとここから去ってくれないだろう。

ロベルト、帰ってきてくれ。そうじゃないと、さっきまでの幸せだった俺が分からなくなる。

*****

息子に家出をされてもう3年近くが経った。
良く出来た息子で跡取りとして何の不満もなかった。一人息子なので当然、家を継いでくれるものだとばかり思っていた。

そろそろ結婚をして欲しいと思っていた頃、好きな人がいると言われた。相手は侯爵家の出だと言われ、格上だがうちも伯爵家だ。反対はされないだろうと思ったが、よく聞けば相手は跡取りの長男だと言う。
流石に跡取り息子を嫁に来てくれと言うのは無理だろうと、諭そうとしたが息子は聞かなかった。しかも、相手の了承すら取っていないという。まずそこから始めなさいと言ったが、両親が許してくれないのに変な期待はさせられない、でも相手は絶対に息子の事を好きなので問題ないと主張するのだ。
わが息子ながら順序が間違っている気がしたが、確かに侯爵家の長男ではお互い跡取り同士で難しいものがある。これが格下の男爵・子爵家くらいなら跡取りでも嫁にくれと堂々と言えただろうが。

諭しても、あっちには優秀な次男がいるので嫁にくれる可能性はあるので、申し込みに行きたいと頭を下げられた。侯爵家に婚姻の申し込みをしにいくのだ。息子一人では当然失礼に当たる。当主である父親の私が一緒にいかざるをえない。

しかし、当然のごとく断わられた。息子は諦めず、婿に行ってもいいと言い出した。普通、跡取りは婿は取らない。とても失礼な申し込みになるが、息子はそうお願いした。しかし、わが家はどうなるんだ? 息子に婿に行かれてしまっては……危惧したが、これも当然のごとく断わられた。

私はホッとした。一番いいのは息子の好いた子が嫁に来てくれることだが、無理なら仕方がない。婿に行かれたら今後はこの家がどうなってしまうか。

しかし、社交界の噂を聞くと、どうやらどんな縁談もあの家は断わっているらしい。中には良い縁談だと思うものがあったが、どんな話もすぐに断わられてしまうらしい。息子に結婚をさせない気がと思うほどだ。

息子が気になって調べた結果、侯爵家ではマリウスという青年を飼い殺しにし、弟に跡を取らせたいらしい。そのため、誰とも結婚をさせるつもりはないのだ。これでは息子はどうやっても結婚できないだろう。

だが息子は一途な性格だ。このまま彼のことを思い続けて、結婚しないままでいたら……そう危惧していたが、いつの間にか他の男と結婚すると噂が聞こえてきた。本人からの報告がないまま、相手は貴族でもない魔力もない男で、うちに相応しい相手では到底なかった。
あの青年を諦めて結婚してくれるのは嬉しい。だが相手がそれではどうやっても賛成は出来ない。

息子に問いただすと、なら勘当してくれと話し合う余地もなかった。
かといって一人息子だ。簡単に勘当もできない。賛成も反対もできないまま結婚式の日を迎え、何をどうしたのか分からなかったが結果思い人と結婚していた。決して皆に賛成される形ではなかったことに、私は息子が何らかの形で妻となった青年を操ったのだと分かってしまった。あの執着さかげんを見ていたのだから、簡単に諦めたなどと思ってはいけなかったのだ。

結局マリウスという名の息子の妻となった青年は、全ての悪評を引き受け、息子と結婚することとなった。

息子が悪いから私は彼のことを悪くは思っていなかった。例え実家の侯爵家が何を言おうとも。
しかし息子はやはりわが家を無視して、会わせてもくれなかった。
今は精神的に動揺をしているし、余計な負担をかけたくないから黙ってみていて欲しいと言われ、風の噂で子どもまで生まれたというのに、孫の顔を見せようともしてくれなかった。

いったい家を継ぐ事をどう思っているのか。
私が死んだら跡は継ぐから、今はマリウスとの暮らしを大事にしたいとしか言わない。

孫にくらい会わせてくれてもと思い、どうしても見たい衝動を抑えきれずに息子の家を調べ、息子の嫁が最近散歩をしている公園に赤の他人を装って見に行く事にした。

初めて会った息子の嫁は、一目で分かった。公園には他の親子もいたが、彼だけ他の誰とも明らかに違ったのだ。
息子は面食いだったのだ。

どこか自信のなさそうな憂いのある横顔。赤子を抱く自愛に満ちた表情。
彼の弟は次期公爵夫人であり、今この国で最も美しい人は公妃と言われているが、流石にその兄だけはある。
これは息子が外に出したがらないはずだ。

私は警戒されないようによぼよぼの老人に化けて(魔力が高いと老けないので、よからぬ目的で近づいたと誤解されないため)孫に近づき、可愛い子だねと話しかけた。
老人だから安心しているのか、警戒されずに孫まで抱かせてくれた。
美人の母親だけあって孫もとても愛らしい顔をしている。ぜひうちに来て、孫と一緒に暮らして欲しいと猛烈に思ったが、息子は許可をしないだろう。

それからは時間を見つけては孫に会いに行った。ほんの短時間だったが、とても楽しい時間だった。

こんな可愛い子なら次の子も早く欲しいのでは? と聞いてみたら気乗りしない様子だった。何故だ? 息子を愛していないのか?

すると、こんな返答が返ってきた。

いわく、夫が自分を愛しているか自信がない。これ以上負担を夫にかけてはいけないような気がする。
自分のような者が親になる資格なんかない。などとネガティブ満載のことを口にする。
何故ここまで自分に自信がないのか。確かに華はないが、代わりに何ともいえない庇護欲をそそるような色気がある。
これほど美しければ誰もが欲しがっただろうに。息子にはもったいないほどなのに。


ある日公園に会いに行ったが、ちょうどマリウスは家に帰っていく途中で後を追った。老人の振りをしているのでよぼよぼとしか追えず、結局家まで追ってしまった。
追った先の玄関先で、一方的な言い合いが行われていた。

どうやら相手はマリウスの父である侯爵のようだったが、その言い分は余りにも酷い。

出来損ないの癖にお前が子どもを産むなんて、また出来損ないを作るだけだとか。ここまでお前みたいな出来損ないを育てやったのに、そのお返しがこの仕打ちか。お前なんか死刑になればよかったとか、散々な言い草だった。

親が良くこんな事を言えるものだな、とあきれて言葉もでなかった。

彼は言い返すこともなく、赤子をギュッと抱いて俯いていた。時々、申し訳ありませんとだけ数回言うだけだ。

こんなことが彼の日常だったのなら、自信がなくなって当然だろう。愛される事に自信を持てなくても仕方がない。

だが息子は何をしていたんだ。愛する人を愛される自信のないままにしておくなんて。

ここで私が出て行っては侯爵家と問題になりかねない。それに姿も変えているし、できれば侯爵と彼の前に現れたくない。
だから息子に魔法で話しかけ、お前の妻が危機にある。早く駆けつけろと伝えた。
孫に会っていたことがばれてしまうが、仕方がない。



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