暇だった。今の俺には時間が有り余っていた。

ロベルトと結婚して一年と少し。ちゃんと夫婦になって2ヶ月。
ロベルトが仕事でいない間は、狩りに行ったり魔獣を退治したりして小銭を稼いでいた。今はそれもしていない。
だから、ロベルトがいない間はとても暇で時間を持て余していた。

勿論家事はしている。ロベルトが仕事に行く時は、ロベルトが起きる前に朝食を作って用意して送り出して、仕事に行っている間は掃除や洗濯をし、夕食の支度もする。ただ男2人だ。掃除も洗濯もそれほど時間がかかるわけじゃないし、夫を待っている時間は長い。

「俺も仕事続けられていたらな……」

勿論あんな事件を起こしたんだ。あのまま軍に居られるはずはない。命があるだけでもありがたいと思わなければいけない。
いくら俺が大貴族の出とはいえ、実家からの手助けはなく、弟の夫によって助けられただけだ。
当然仕事などできるはずはない。俺のとばっちりのせいで、分隊長に出世するはずだったロベルトの地位も怪しかったが、それも弟の夫がなんとかしてくれた。

俺は出世なんかどうでも良かったし、それだけの実力もなかったが、ロベルトは違う。ロベルトの魔力なら副隊長くらいまでは出世できるはずだ。俺がその邪魔をしなくて良かったと感謝をした。

ただ仕事を続けられたら、ロベルトと一緒に出勤したり、暇を持て余せないで済んだのにとは思う。

ロベルトは奥さんが家にいてくれて嬉しい、と言うが、俺なんか押しかけ妻なのに……と、そういう言葉を聞くたびにひがみ根性が出てしまう。本当はナナにそうして貰いたかったはずなのに、と。

「ナナさんの所にパン買いに行こうかな……」

ロベルトに何時も新鮮なものや、焼きたての物を食べてもらいたい。そう思って、買いだめはせずに毎日食材を買いに行っている。
ただナナとアーセルの所には、店に入るなと言われていたこともあり、パンを買いに行ったことはなかった。しかしナナの幸せを見守るという行動は彼が結婚してからもつい癖のようになってしまっており、毎日のように影からそっと見ていたら怒られてしまい、どうせ見ているだけなら売り上げに貢献をしていってくれと言われ、入店が解禁になった。
ロベルトは俺が気にすると思ってアーセルからもパンを買わなくなったため、俺が毎日のように代わりに行くようになった。

ナナとアーセルは何時も仲が良さそうで、どちらかというとアーセルが尻にひかれているようだった。
それを凄く羨ましいと思ってしまう。誰が見てもアーセルはナナが好きだ。ずっと前から好きだって言っていたが、目に見えて愛が見える。
ロベルトも俺のことを好きだといってくれるが……その好きは俺の10分の1にも満たないだろう。
それが少し悲しくなる。

何時もの様に食材を買って家路につく。細々と色んなところで買った為、荷物じたいは重くはなかったが、嵩張ったり袋が複数あって持ちにくい事このうえなかった。四苦八苦して持っていると、誰かが荷物を奪った。振り返ってみると、昔の友人たちがいた。

「久しぶりだな、マリウス。このくらいの荷物、そんなに嵩張るなら移動させちまえば良いのに」

「久しぶり、皆……」

俺とロベルトの友人たちだった。同じ士官学校を出ている。ロベルトとの結婚式にも出る予定で、当然俺の行いも知っている。

「……ちょっと今、魔法使えなくって……」

俺たちくらいの魔力の持ち主なら、小さな物体くらいは魔法で移動させることなど簡単だ。人間が転移するのはかなり魔力が高くないと無理なのでロベルトくらいにならないと無理だが、俺でも普段は荷物を家に転送するくらいは簡単に出来る。
だから何故やらないか不思議がっている友人たちに、そう小声で告げた。

「おっ? ひょっとしておめでたなのか?」

「すげえなっ! おめでとう!」

「……ありがとう」

「ロベルト、マリウスのこと言わないから、上手くいっているか心配だったんだけど、ちゃんとやっているみたいだな。よし、俺たちがこの荷物新居まで持って行ってやろう」

最近俺が狩りに行かなくなったのは、このせいだった。なんとなく魔力の制御が利かないと思うようになって、最近完全に魔力が使えなくなった。医者には診て貰っていない。ただ、たぶん間違いはないと思う。
ただ、俺が認めたくないだけで、事実は変えようはないが。

「お、ここが新居か? 結構こじんまりしているな。あいつ貴族の坊ちゃんのくせに、もっと豪華な家マリウスにプレゼントしてやれば良いのに」

「マリウスのほうが贅沢な暮らししていただろうし、あいつ気が利かないな〜」

確かにロベルトと俺だったら俺のほうが身分は上だったが、ロベルトの家は伯爵家なだけでなく商売にも成功していて、貴族の中でもかなり裕福な家だ。うちの実家よりも金銭面だけなら上かもしれない。

「……ここ、元々ナナさんと暮らすために買ったから。あんまり豪華な家だと萎縮するからだろ…」

「うわっ……あいつ、やらかしてるな」

「でも、ナナさんここに住んだことないって言っていたし。俺も気に入っているから」

嘘じゃない。小さな家だから、何時もロベルトの気配が感じられるし、掃除も楽だし。

「お前から引越ししたいとは言えないだろ? だったら、ロベルトが気を利かせないと駄目だろうに。あんな始まり方したから、ちゃんとやっているか不安だったから、マリウスどうしているか? って俺たち何度も聞いたんだぜ。でも、ちゃんとやっているから落ち着いたら会わせる、とか。今は色々大変だからとか、色々と言い訳して何処に住んでいるかも教えてくれなかったからなあ」

確かに結婚して順調だったとは言い切れない。ロベルトが気を使ってくれたのだろう。俺もどんな顔をして彼らにあったら良いか分からなかったし、こうして突然会うようなこともなければ会おうとも思わなかった。

「……ロベルトは色々気を使ってくれているよ。あんなことをした俺をちゃんと妻として扱ってくれているし」

「当然だろ。マリウスもやり方は強引だったけど、それに乗ったアイツもアイツなんだし、なあ?」

「ああ、嫌なら拒否すれば問題なかっただろ? マリウスを抱いたんだったら、ちゃんと責任とって当然だろ」

「でもっ……俺が、逆の立場だったら絶対に許せなかった」

もし俺がロベルトとの結婚前夜に、他の男に強姦されたとしたら……殺しても許せなかっただろう。

「まあ、俺の立場だったとしても許せなかっただろうけど。でも、ロベルトってマリウスのこと絶対好きだったよな?」

「そうそう、俺もそう思う。まあ、マリウスがロベルトのことを好きなのは周知の事実だったけど、だからお前にアプローチかける男がほとんどいなかったといえばいなかったけど、でもお前に色目を使ってくる男、無意識にロベルトが排除していたよな?」

「ああ、だから俺たち、お前達のこと両思いでお互い言い出せないだけだって思っていたのに、突然全然知らない男と婚約だろ? なに血迷ったのかって思ったけど、無意識で好きだったんじゃないかって今思えば思う」

「そうなんだよな。きっと無意識で好きだったけど、結婚できないから諦めたんだろうと思う。マリウスは婿を貰うわけにはいかなかっただろう? アイツも長男だしな」

俺がちゃんとした跡継ぎとして実家で扱ってもらえていたとしても、ロベルトとは結婚できなかった。嫡男は普通婿は貰わない。妻を娶る。一家の主が妊娠していたらその間は魔力は使えない。何か会った時に対応できない。そういう意味で、跡取りは婿は取らない。

ロベルトもそんなことを言っていた。俺とは結婚できないから、無意識に除外していたんだって。

「でも今はマリウスを嫁にして、子どもまで作ったんだから、問題ないだろ」

「俺……ロベルトの子ども産んで良いのかな…」

「はあ? 何言っているんだ?」

「だって……押しかけた妻なのに、ロベルトの子を産む資格なんて……っ」

「お前なあ、結婚する前に作った子なら、強制……かもしれないけど、そうじゃないんだから何の問題があるんだよ」

「ロベルトにっ…愛されている自信なんかないしっ……俺みたいな、魔力の低い子どもが産まれるかもしれないっ……」

ロベルトにも言えずに、妊娠したかもしれないことを黙っているには大きすぎる秘密に、誰が別の人たちに話を聞いて欲しかったのかもしれない。つい泣き言が漏れてしまう。

「あんなことがあって結婚したからそう思うのは無理ないと思うけど……けどなあ、俺だったら愛してない妻の間に子どもは作らないけどなあ」

「それに、お前魔力低いって言うけど、ロベルトと結婚したかったのならちょうど良い魔力だろ? それ以上高かったらロベルトとの間に子どもを儲けるのは難しいだろうし」

そうだけれど。ロベルトの魔力値から見ると、ちょうど俺くらいの魔力が一番相性が良い値らしい。

「……なんか、上手くやっているかと思いきや、幸せじゃないのか?」

「……幸せだよ」

俺なんかにはもったいないほど。

「お、ロベルトお帰り! お邪魔してま〜す。奥様と仲良くおしゃべりをしてました」

「奥様、お前に愛されていないって泣いていたぞ」

「そんなんじゃないっ」

「身重の奥さんに心配かけちゃ駄目だろ〜じゃあ、そろそろ失礼します。パパ」

帰ってきたロベルトは友人たちに何でここにいるんだという目をした後、身重という言葉にハッとしたように俺を見た。

「身重って、妊娠しているのか?」

「……たぶん」

「何で俺よりあいつらのほうが先に知っているんだ?」

「だってっ……」

「それじゃあ、家事なんかさせられないから、メイドの手配をしないといけないし。ええっと、ここも子どもができたら手狭になるから、引越しも考えないとな。それから……何をすれば良い? ヤバイな、俺ちょっと頭真っ白になっている」

メイドなんかいらない。2人生活に余計な手なんか要らない。ロベルトがいてくれればそれで良い。
ロベルトの妻になれるって幸運に恵まれて……でも、子どもまで作って良いのだろうか。取り返しがつかなくなってしまう。

「なあ、俺最初に知りたかった。俺の子どもを身篭ってくれたこと。触ってもいいか?」

まだ膨らんでもないお腹を大切そうに触れてくれるロベルト。本当にロベルトは優しい。

「……本当に良いのか? だって、子どもなんか生まれたら、取り返しがつかなくなるんだぞ?」

「取り返しって、何なんだ?」

「だって……俺だけだったら、俺、ロベルトに要らないって言われたら、すぐに消えれるよ?……すぐにでもいなくなれるけどっ……子どもが生まれたら、俺っ……未練が残って、死ねないかもしれないっ…」

自分だけなら簡単なのに。何度も覚悟した事だから。でも、子どもがいたら残していく事は可哀想で出来ないかもしれない。

「子どもがいたら、もうロベルトは俺を捨てれないよ?……それでも良いのか?」

「マリウス……馬鹿だな。お前を捨てたりしない。愛しているんだ、もう何度も言っただろう? そうじゃなければ、子どもなんか作らない」

「だって! 俺みたいに魔力の低い子どもが生まれたらどうするんだっ!……お前の家を継ぐ事もできないかもしれないしっ……可愛がって貰えないかもしれない」

ロベルトの家は結局どうするのか俺には分からない。けれど魔力が低いせいで軽んじられる痛みは俺が誰より知っている。
ロベルトも可愛がってくれなかったら、愛してくれなかったら。

「どんな子が生まれても愛するよ。可愛がって、嫁に出したくないと思うかもしれない。約束する、魔力の大きさなんかで区別したりしない。マリウスが産んでくれる可愛い子どもだから……俺、本当に生まれてくるのが楽しみだから」

「ロベルトっ」

分かっていた。ロベルトは正義感が強くて魔力の強さや弱さで差別したりしないってこと。だからナナと結婚しようと思ったんだろうし。
でも、俺はどうしても何時も疑ってしまう。父が俺を見る目を思い出して、ロベルトがそうしないかと、有り得ない疑念を抱いてしまう。
母が弟はこんなに魔力が高くて何でもできるのに、どうしてこの子はと父と詰る言葉を思い出してしまう。
産んだのが間違いだったと。せめて次男に生まれてきてくれれば良かったのに、結婚してクライスの邪魔をしようなんて思うんじゃないと、久しぶりに話しかけられた言葉がそれだった時のことを、脳裏に浮かんでしまう。

クライスが家族の中心で、何時も明るい場所にいた。両親が可愛がるのはクライスだけで、クライスの前だけ俺を平等に可愛がって見せた。ただその目に一欠けらの愛情もなかったのを隠しもしなかったけれど。

「実家はもし、継ぎたい子がいたら継げばいいし、それだけだ。マリウスが気にする事じゃない。マリウスは余計なことは何も考えないで、元気に俺の子を産んでくれることだけを考えてくれれば良いんだ。な、マリウスは俺がいればそれで良いだろう? お前には、あんな両親も友達も、何も必要ない」

「……うん」

「残念だな。妊娠していなければ、また俺の愛を信じてもらえるように抱き潰してやるのに。子どもが生まれるまで延期だ……生まれたら覚悟しろよ」

うん、要らない。ロベルトだけいてくれれば、俺には何も。

******

俺の子を身篭ってくれたマリウスを抱きしめて、何度も好きだよと囁く。
思ったよりも早くマリウスは妊娠してくれた。

そして案の定、卑屈な事を考えていて、ぐるぐると悩んでいたようだった。

本当だったら俺が愛している事を疑わせることなどないのに。

俺の愛を疑い、両親からの仕打ちに未だに打ち拉がられ、ナナへの消えない罪悪感に苛まれている。

いっそ、全部ぶちまけたほうがマリウスのためかもしれないと思ったこともあった。こんなに愛していると。愛しているから、マリウスの全てを壊して結婚したと。
だがそれはほんの少しの利点と膨大な欠点があった。

まず、俺の愛を信じてくれるかもしれない。しかしマリウスを騙していたことを批難されるかもしれない。ナナを利用したことを軽蔑されるかもしれない。正義感の強い男だと信じてくれるマリウスが、俺の本心を知ったら愛をなくすかもしれない。

そこまでしなければいけない、マリウスの境遇を余計責めるかも知れない。自分を余計責める危険があった。マリウスが普通だったら。クライスのように魔力が高かったら、普通に結婚が許されたかもしれないのに、という有り得ない仮定をしてまた自分の魔力のなさを責めるだろう。
マリウスが結婚を許されなかったから、俺がこんなことをするしかなかったのだと、ナナを巻き込んで色んな人を不幸にしたと、俺を責めるよりも自分を責める。

全部自分の責任にしてしまうのだ。俺がこんな事をした原因は自分だと思い込む。

だから俺は言えない。言えないまま、マリウスは自分を卑下し、俺の愛をずっと疑い続ける。

そして俺はマリウスが俺の愛を疑う暇なんかないほどに、抱いて、子どもを産ませる。

俺の愛の深さだけ子どもがいて、疑う暇もないほど子どもに囲まれていれば、そんなことを考えることもなくなるだろう?

俺だけの奥さん。俺は心底、マリウスの両親に感謝している。マリウスを愛さなくてありがとう。心底軽蔑しているが、感謝しても仕切れない。

だってマリウスには他には何もないから。俺への愛以外は。



END




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