「マリウス!……侯爵、俺の妻に何の用ですか?」

突然父から妻が危険だと伝えられ、仕事中だったが許可も得ずに転移をしてマリウスの側へと駆けつけた。
そこには可哀想なほど青ざめて必死に息子を抱きしめて何とか立っている妻と、その父親がいた。

どんな話をしていたか、父が会話を録音していてその情報が一気に脳内に入ってきた。

「君には関係ない。これは親子の問題だ」

「失礼ですが、親子の縁を切られたはずでは? もう親でも子でもないはずです。実際、お前など息子ではない。父と呼ぶなとマリウスにおっしゃいましたよね。ここにいるのは侯爵家のマリウスではなく、俺の妻であるマリウスです」

「君は侯爵である私によくもそんな口を」

「確かに家格はわが家は落ちますが、財産は劣りませんよ。潰そうと思っても、簡単には潰せないはずです。それに、貴方の義理の息子であるユーリ隊長は、マリウスの味方です。今後マリウスを潰そうとしたら、我が家と公爵家が相手になりますよ。それでもよろしいのですか?」

侯爵は黙った。クライスの夫はクライスを愛していて、クライスの言うなりだ。クライスが兄の味方をしている以上、公爵家も同じく味方になる。2つの家を相手にして勝てるはずはない。
俺とマリウスがすぐにでも結婚できたのはユーリ隊長の口ぞえも大きい。下手をしたらただのマリウスとなっていても、侯爵家から横槍が入った可能性もあった。ただそれくらいなら、勘当したはずの子どもに干渉は出来ないと、うちの家の力でも何とかなっただろう。

「マリウス、お前がどれだけ子どもを産もうとも、お前の息子たちには絶対に侯爵位を渡したりはしない。どれだけクライスを味方につけようがな」

「安心してください。興味はありませんから。うちにも渡す爵位はたくさんあります、欲しければ息子たちにいくらでも。だから貴方の汚い爵位など必要ない」

どうしてこれほどマリウスを実の父親でありながら憎むのか不思議だ。マリウスは何もしていないのに。
ただ幼い頃からどんな仕打ちを受けても黙って耐えてきたはずだ。今のように黙って何もかも受け入れてきたはずなのに、どうしてこれほど息子なのに嫌えるのだろうか。
反抗らしい反抗はこの様子だとマリウスがしたとは思えない。したとしたら、俺との一件だけだろう。しかしそれだってマリウスを放逐する良い言い訳になっただけだ。むしろ喜んでそれを利用したはずなのに。

「誓ってください。俺とマリウスの子に爵位を継がせないと。制約の魔法にかけて」

「誓うまでもない! お前達の子どもに絶対に継がせはしない。継ぐのはクライスの子どもだ」

誓うまではないと言ったが、俺が制約の魔法をかけたことに同意をした。これで侯爵は俺とマリウスの子を継がせる事はできない。

「もうこれでマリウスに用はないでしょう? もう二度とマリウスに会う事は夫である俺が許可をしません。もし、あと一回でもマリウスを傷つけたら、俺が貴方を殺します」

魔力は侯爵よりも俺のほうが高い。俺の威圧にそれ以上は何も言わず侯爵は去っていった。


「ロベルト……仕事中なんだろ? 早く戻らないと」

「この状況で言うのがそれか? こんなに傷ついている奥さんを置いて、仕事に戻れるか……事情はユーリ隊長に通達を今した。今日は有給にしてくれる」

マリウスの青ざめた頬を撫でて、家に入ろうとそくす。

「俺は別に傷ついてなんかない」

「あんな酷い言葉の猛襲を受けてか?」

「本当のことだから……」

マリウスは疲れたようにソファに座り込むと、息子を抱いてまた俯く。俺を拒否するように見えた。

弟のクライスには悪意はない。ないが、クライスに会う時のマリウスは憂鬱そうで、何時も遠慮がちだ。こうやって父とあった時も同じだ。精神的に不安定になって俺の好意をまた疑い始める。

「マリウス……俺はお前が実家で不遇の身だったことは知っていたが、あそこまでとは思ってもみなかった。お前は詳しい事は何も言ってくれなかった」

魔力は低いことを気にしていたことも跡取りから外されたことも知っていたが、何を言われて育ったかまで口にしようとはしなかった。
だから今日初めて、それほどマリウスが阻害され侮蔑されて生きてきたのかを知った。

友人だった頃はマリウスは親から事実上廃嫡されていることを誰にも言わなかったし、普段はプライドが高く、強気だった。
だけど結婚してから、それが自分を守る手段で、実際はこんなに脆いのだと初めて知った。

俺だけしかマリウスにはいない。それはとても心地が良かったが、今もマリウスを傷つけ続けている侯爵に殺意が止められない。

「マリウス……お前が望むなら、今からでも侯爵を殺しても良い」

そういうとそんなことを考えた事もないかのように、顔をあげて驚いた表情で俺を見た。

「あの人たちは俺をちゃんと育ててくれた。世間体もあったんだろうけど、暴力を受けたこともなかった。ただ、俺をクライスの次点にしておきたかっただけなんだ。俺が、ただ……あの人たちの期待に添えなかっただけだ。ただ、それだけだ」

「違う、ただそれだけだと思い込もうとしているだけだ……マリウス、俺は……お前を結婚の際に配慮がなくて色々、傷つけた……でも、俺のせいで傷つくのは…俺が治してやれる。俺がずっと側にいて、お前が俺の愛を信じてくれるように努力することができる。でも、あんな男のためにもうマリウスに傷ついて欲しくない。お前が傷つくとしたら、それは俺のことだけで良い」

マリウスの頬を撫で、息子と一緒に抱きしめる。マリウスはおずおずと体重をかけてきて、俯いて頷いた。

「ここにいたら、また侯爵が来るかもしれない。しばらく戻るつもりはなかったが、俺の実家に行こうか? あそこなら簡単に侯爵が入ってくることはできないし、両親がいるからマリウスも寂しくない。子育ても手伝ってくれるかもしれない」

「でも……」

きっと俺の両親に嫌われているとか、認めてもらえないとか悩んでいるのだろう。
俺だって新婚早々両親と一緒に暮らしたくなんかない。だが城は広いし、同じ屋敷に住む必要はないが。広大な庭があるので、端っこにでも小さな家を建てても良い。ここにいたらいつ何時また侯爵が会いに来るか分からない。一応念は押した。だが確実ではない。

「嫌われてなんかない。最近公園でよく話しかけてくる老人がいるだろう? あれが俺の父親だ。どうしても孫に会いたくて変装してまで、毎日のように会いに来ていたらしい。悪くは思われていない。逆に一緒に暮らしたいと煩いくらいだ」

さっきから心話で、家に引越しして来い。マリウスを守ってやると煩いくらいだ。
くそっ……綺麗なお嫁さんで嬉しいとか、さっきから人の妻を。親とはいえ鬱陶しい。
初めは、マリウスのことは諦めろとか、他の嫁を探してやるからと散々言っていたくせに、手のひらを変えて。

「あのおじいさんが……ロベルトの父親?」

「そうだ、だから何も心配しないで良い」

「でも……ここが良い」

「だが……」

「大丈夫だ。たぶん、もうあの人は来ない。ロベルトが脅したし、あの人たちはクライスに嫌われる事が一番怖いんだ。クライスにばらされるのを一番恐れていると思う……」

「だけど……考えていたんだ。ここは狭いし、皆からもこんな家に住まわせているなんてマリウスに対して配慮が足りないと散々言われているし」

この家は本当はナナのために探したんじゃない。マリウスと暮らすために買った家だ。実家にはいくらでも金はあるが、この家は俺が部隊で働いた金だけで購入した物だ。
だけど、マリウスはそんな事情は知らない。ナナのための家だと思っているだろうから、何時までもこの家とは考えていなかった。
新しい家に引っ越す事も考えていて、実家には戻りたくなかったが、マリウスのためなら仕方がないと思っている。

「この家好きだよ?……ロベルトが何時も一緒にいてくれるから。さっきも、ロベルトが……ロベルトが帰ってきてくれないかなって、ロベルトが帰ってきてくれたら俺大丈夫だからってっ……思って」

「マリウス……お前、本当に可愛いな」

父には一応感謝しないといけないだろう。もし、父が報告してくれなければきっとマリウスは何も言わないはずだ。黙って父親に命令されたとおりに、クライスに父親が可哀想だから約束どおり跡継ぎに生まれた子を養子に出すように、お願いをしただろう。
マリウスは夫の俺にも何も言わないまま、ただ耐えただけだろう。

「どうして欲しい? 侯爵のことはマリウスが望むようにする。俺が何でもするから」

「いい……何もしないでくれ。クライスが悲しむから……クライスには良い両親だったんだ。クライスは俺のために怒ってくれたけど、でもきっとクライスは両親を嫌いにはなれないと思う」

「それじゃあ、マリウスは」

「俺はっ……ロベルトが側にいてくれればそれで良いんだ。ロベルトが……俺を愛してくれるならっ……ロベルト、俺を捨てないで。俺を、ほんの少しで良いから……愛して欲しい」

可哀想なマリウス。俺のせいで全てを失って、そのせいで俺の愛を信じられない。俺も辛い。こんなに愛しているのに、愛している事を信じてもらえない。
けれどそれが俺への罰だと思っている。マリウスから全てを奪って俺のものにした報いだと受け止めている。

「マリウス……ほんの少しなんかじゃない。お前にも負けないほど、愛している。絶対に捨てたりなんてしないから。疑わないでくれ」

マリウスが自分から愛して欲しいと言い出したのは初めてだった。いつも捨てても良いと、要らなくなったら消えるからとそんな事ばかり言っていたのに。
やっと捨てないで欲しいと言ってくれた。

今は信じてくれなくても仕方がない。一生かけて愛するから、きっとマリウスもそのうち俺の愛を信じるようになるだろう。

息子を育児室で寝かせ、マリウスを抱いて寝室へ連れて行く。離れたくないとでも言うようにギュッと俺の手を握っていた。

それで良いんだ、マリウス。俺だけを欲しがって、俺に依存をすれば良いんだ。

俺だけがマリウスの全てなんだ。


******

ロベルトは俺のことを可哀想だという。

でも俺は今とても恵まれていると思う。

ずっと俺はロベルトを好きだった。けれど好きだと言えないまま長い年月がたっていた。ロベルトが振り向いてくれないかとずっと願っていた。俺からは言えなかった。

だって言ったとしても、未来はないだろう。俺は結婚できないはずだった。
それこそロベルトと出会う前から、お前には当主の座をやるつもりはないと言われていた。クライスが跡を継ぐということは幼いころから俺の中で確定事項だった。ただ結婚できないとまでは思っていなかった。考えて見れば当然だったのに。クライスに確実に継いでもらうためには、俺が結婚したらクライスが承諾するはずはない。

だからこの恋は諦めるしかないとずっと思っていた。だから、最後に一度だけでも、ロベルトに愛されたい、抱かれたいと思ったのだと思う。
ロベルトに抱かれたとき、俺は本当に幸せだった。これで死ねるのなら、最高に幸せな死に方だと思えた。

なのに、ロベルトは俺を許してくれ、妻にまでしてくれた。そして息子までくれた。

どうしてこんな俺が可哀想なのだろうか。

確かに父親から言われた言葉に傷つかないといったら嘘になる。聞きなれた言葉だったけれど、ロベルトに甘やかされて蜂蜜みたいなふわふわした生活に慣れていたせいか、思いのほか父親に会った事で動揺してしまった。

「ロベルトっ……離さないで」

そんなにふうに思ってはいけないと分かっていたのに、今日はロベルトには縋らずにいられなかった。
ロベルトは優しい手つきで俺に触れてくれ、壊れ物を扱うように俺を抱いてくれた。

俺に優しくしてくれた。

ロベルトがこんな俺を可哀想と思ってくれるなら、それでロベルトの愛を買えるとしたら、俺は両親に感謝しないといけない。

昔は両親に愛されたいと思ったこともあったけれども、もう要らない。ロベルトだけがいてくれれば良い。

可哀想と思ってくれている間は、俺のことを見捨てないかもしれない。

何時でも身を引くと約束したのに、俺はやっぱりロベルトに愛されたかった。側にいて欲しい。

ずるいけど、俺はロベルトにとって可哀想でずっとありたい。そうすれば、ずっとロベルトは側にいてくれるかもしれないから。


END
あれ?結局同居はなしなの? (´;ω;`) BYロベルトパパ



おまけ


「ちっ……こんなものを送って来て。クライスに見せたら、産後の身体に障るだろう」

義兄にあたるロベルトから、侯爵とマリウス及びロベルトとのやりとりが録画された記録が送られてきた。
こんなものを送りつけられても、クライスに見せるわけにはいかない。

兄が不遇の身だったのは勿論知っているが、ここまで酷い物だとはクライス自身思っていなかっただろう。
クライスはとても両親に愛された身だった。今もその思いは捨てられないだろう。クライスの中で両親の記憶は悪いものではない。

これ以上実家のごたごたに巻き込まれたら、精神的に落ち込むだろう。
できればマリウスの件も知られたくなかった。だがあの頃はアンジェを産んだばかりのころだったので隠す事ができたが、そう何時までも隠し通せるものではない。
だから恩を着せるように自分に都合の良いように説明したが……

「これは廃棄だな」

勿論ロベルトは廃棄されることなど分かっているだろう。
どれほど俺がクライスを愛しているか。できるだけ、そう自分に関わる物以外からは平穏でいてあげたいと思う。

俺はクライスに愛されていない。でもクライスを手に入れないではいられなかった。そのことは今も後悔はしていない。必然だったのだ。しかし俺のことでクライスに負担をかけている。だから俺以外からクライスの害になるものは全て取り払ってやりたい。苦しませたくない。

その思いを見抜かれている。同じ狢の人間だから。

だから、ロベルトの目論見にあえて従ってやる。


「侯爵家の跡継ぎはマリウスの血筋しか許可しない」

国王代理をしている兄にそう申請すれば、問題なく通る事だ。あの侯爵は愛するクライスの子どもを跡継ぎにする事は王命でできなくなる。
しかし、制約の誓いによってマリウスの子どもを跡継ぎにすることはしないと誓ってしまっている。
これで、もう誰もあの家を継ぐ事は不可能になってしまった。

近い将来、あの家は途絶えるだろう。

それがマリウスを傷つけた両親へのロベルトの復讐だろう。


「クライス……クライスの血筋は男をおかしくさせるのかな? 愛するあまり、どうにかなりそうだよ」

眠っているクライスを見ながら、どうしようもない男に愛された兄弟だと自嘲の笑みが浮かんだ。




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