「兄さん、出産おめでとうございます。可愛いですね、兄さんに似ているのかな?」

「どうかな? まだ産まれたばかりで分からないけど……クライスも妊娠中なのにわざわざお祝いに来てくれてありがとう」

俺とマリウスの第一子である息子が生まれたお祝いに、マリウスの弟であるクライスとその夫がお祝いに駆けつけてくれた。
クライスは第二子を妊娠中らしい。これだけ魔力が高い夫婦でこんなに早く二人目とは、相当珍しいだろう。

マリウスは弟の祝いの言葉を、どこかぎこちないように受けていた。仲は悪くない兄弟のはずだが、マリウスの卑屈さは今でもかなりのものだ。
士官学校に入ってからはほとんど実家にいつかなかったようだし、弟を避けて生きてきたので、弟に対してかなり遠慮がちだ。
弟のほうは兄の役に立ちたいと思っているようだったが、二十年以上続いたコンプレックスはなかなか難しいようだ。

「でも、兄さんが勘当とか、そんな事態になっていたのに、ユーリは俺に何も教えてくれないなんて。兄さんの役に立ちたかったのに」

「そう、怒らないでくれないか? だってクライスは俺の子を産んだばかりで産後安静にしていないといけない時期だったから、気に病むと思って言い出せなかったんだ。代わりに俺が義兄上を助けたんだから、良いだろう?」

確かに、誰かの救いの手も差し伸べられなかった中で、ユーリ隊長だけがマリウスを助けようと動いた。しかしマリウスのためというわけではなく、愛する妻の悲しい顔を見ないためだけのもので、それほど褒められるべきことではない。

「ごめんなさい、兄さん。兄さんが父さんたちから、そんな目にあっているのを知らなくて……知っていたら、もっと俺が庇ってあげれたのに」

「クライスは何も悪くない……俺が不甲斐なかっただけで」

マリウスは魔力が低いと何時も自分を低く見ている。確かにクライスと比べれば低いだろう。だが一般的に見れば高いほうだし、侯爵家の息子でなければエリートコースが約束されているくらいは魔力は持っていた。クライスが長男でマリウスが次男だったら何の問題もなかっただろう。そしたらこれほどマリウスは自分を貶めたりはしなかったはずだ。

「あのクソ親父には、絶対に跡を継がないし、俺の息子も養子には出さないって言ってきたから! 跡継ぎ無くして、兄さんのところに土下座をして謝りに来ればいいんだ」

「義父上はおなかの中の子を跡継ぎに欲しいと俺に言ってきたけど」

「ユーリ! 絶対に渡さないからな! お前も絶対に駄目だと言え! あんな人非人たちのところに大事な息子をやれるか!」

「愛しい奥様の命令なら喜んで」

この様子だと公爵家からは絶対に渡す様子はないので、血を繋ぐ為に侯爵家は、今まで軽んじてきたマリウスの子どもに跡をと言い出すかもしれない。

「もしマリウスの父親が、俺たちの息子を跡取りにと言い出しても、俺も了承できないからな。あんなにマリウスを傷つけたんだ。何かの拍子にまた言い出すかもしれないから、もう一生縁を切ったままにするつもりだ。マリウスもそれで良いよな」

「ロベルトがそれで良いんなら、俺は……」

最近は俺の言う事も少しは信じてくれるようになったみたいで、たぶん子どもを産んだ事が少しは自信に繋がったみたいで良い傾向だと思い始めていたが。クライスを前にすると、また過去の自信のなかった頃に戻るようで、この目はまた俺の気持ちを疑っている目だった。
妊娠した時も、俺なんかがロベルトの子を産んで本当にいいの? とか、魔力の少ない子が生まれたらどうしようとか、散々後ろ向きなことを考えていた。その度に、愛しているのはマリウスだけだから、俺の子どもを産むのはマリウスしかいないし、魔力が少なくても気にしない、わけ隔てなく育ていると何度も言い聞かせてやっと産ませたというのに。

「だいたい、兄さんの子は伯爵家を継がないといけないんだろうし、父さんがどうこう言ったところで、無視するべきだ」

「分かんないよ……俺、伯爵に会ったことないし。俺なんかロベルトの妻だって認めてくれているかも、知らないし」

「勘当されたって、兄さんは侯爵家の血を引いているし、ユーリの義理の兄なんだから。認めないはずないと思うんだけど」

クライスの言うように、マリウスは侯爵家から勘当されすでにその名を名乗る権利はない。マリウスはナナと俺が結婚していたほうが、勘当されて部隊を除隊されあんな騒動を起こした自分なんかよりも良かったのでは、と気に病んでいるようだが、クライスの言うとおりマリウスは血筋は確かだし、弟は公爵夫人で義弟は公爵だ。マイナスよりもプラス要素のほうが遙かに大きいのだ。それを本人は分かっていない。

自信なさ気に息子を抱いているマリウスは自分の価値を全く分かっていない。俯き顔を伏せているが、その美貌は決して弟にも負けてはいない。俺からしてみると、愛されなれているクライスよりも、ふとした瞬間泣き出しそうなマリウスの儚げな容貌のほうが余程美しく思える。

だけど、別に他人がマリウスの価値を知る必要はないと思っている。



「あ、泣き出しちゃった。お腹がすいたのかな……」

息子が泣き出してマリウスは席を立った。クライスも一緒に席を立ってマリウスを手伝いに行った。

「上手くやったようで、安心したよ。これでクライスも変な罪悪感を抱かずに済むだろう。クライスが悪いわけでもないのに、自分のせいで兄が不遇の身だったと心を痛めかねないからな」

「ユーリ隊長のおかげです。あの時、マリウスを助けるように言ってくれなかったら、今日の日はなかったと思います」

「よく言うな……言っただろう? 上手くやったと。上手くいったんじゃない。上手くやったんだと……どういう意味か分かるだろう?」

「……流石ユーリ隊長ですね……隠し事はできませんか」

「あの日、ロベルトからは何の魔法の痕跡も薬も感知できなかった。だが、マリウスからはほんの少しだが、精神に関与した魔法の痕跡があった」

「……あんな微細な魔力も感じ取るんですか。俺、暗示魔法は得意なので、見破られないと思っていたんですが」

「お前が何故マリウスに暗示魔法をかけたかはどうでも良いが、何故欲しいのなら奪い取らなかったのかが不思議だ。特にマリウスはロベルトのことが好きだったのだから、魔法をかける意味がない」

「それはユーリ隊長が生まれながらに特権階級で、何もかも手に入れることができる力を持っているからです」

マリウスに、俺にとってお前は高嶺の花だったと言った事があった。マリウスはこんな俺なんか高嶺の花のはずはないと言ったが、事実俺にはそうだった。
マリウスは侯爵家の跡取りだ。俺のほうが魔力が強くても、家格としては下だ。その嫡男で跡取りを嫁に欲しいとは言えない。婿に入る事が許されるなら、そうしたかったが、通常跡継ぎは婿を取ることは殆どない。そういう風習なのだ。

「クライスが魔力が高かったので、クライスに跡を継がせて、俺にマリウスをくれないかと侯爵に尋ねたことがあったんです。長男を嫁に出す事はほとんどないですが、次男が優秀ならそれもありかと思ったんですが、駄目でした」

その時は純粋にマリウスが跡継ぎだから侯爵に断わられたと思っていたが、まさかクライスを確実に跡継ぎにするために、結婚をさせるつもりがなかったとは思ってもみなかった。
でも、侯爵の考えを知って、マリウスとどうしたら結婚できるか俺なりに考えた。

「この国ではマリウスと結婚する事は、侯爵の邪魔が入って無理だと悟りました。だから俺は他国に行って駆け落ちして結婚しても良いと思っていました。地位も身分も全部捨てても構わなかった……けど、マリウスはきっとYESとは言ってくれないのは分かっていました。マリウスは俺が何もかもを失うのにきっと耐えられない。自分を責めて、責めて……狂ってしまうかもしれない。ついてきてはくれないし、結婚にも頷かなかったでしょう。だったらマリウスが全部なくせばいい。全部なくして俺と結婚するしか道はない、そうするしかなかったんです」

エゴの塊のような男だと俺は自分のことを分かっている。マリウスにちゃんと愛していると告げて、この国で結婚できないのなら他国へ行こうと言うのが、マリウスを傷つけない方法だったはずだ。

「マリウスは全部なくして侯爵家のマリウスではなくて、ただのマリウスになれば侯爵の邪魔が入らずに結婚できます。マリウスは全部なくして、俺だけの物になれば良かったんです」

暗示魔法はユーリ隊長の精神制御魔法とは違う。ユーリ隊長は本人の意思とは関係なく、精神を制御できる。
暗示魔法は本人が思っていることを増幅させるだけだ。本人の意思に逆らって暗示をかけることは出来ない。
俺はほんの少しだけ、マリウスを操ったに過ぎない。俺を一時でも手に入れたいと、そう願う心をほんの少し増幅させたに過ぎない。暗示にかけられた者は自然にそうなったと考え、それが他者による誘導によるものであることに気が付かない。
マリウスはあの行動が俺に誘導されたことに気がつくことは一生ない。

「あんなにナナに対して罪悪感を抱くなんて……可哀想なことをしました。でも、ああでもしなければマリウスとは結婚できなかった」

とても可哀想な事をしたとは思っている。本当だったら俺がちゃんと愛していると初めから告げていれば、こんなに俺の気持ちを疑う事はなかっただろう。本当だったら俺に愛されて自信に満ちた顔でいられていたはずなのに。
何時も本当に愛されているのか、不安そうにしているマリウスが可哀想で、とても愛おしい。

「お前の婚約者だった男には、可哀想だとは思わないのか?」

「ユーリ隊長が俺の立場だったら可哀想と思いますか?」

「いいや……そうだな、思うわけはない」

ナナは、そう彼の気持ちを利用してしまった。しかし、それはほんの一時の気の迷いで、彼もアーセルと結婚したほうがきっと幸せになれただろう。
俺とマリウスからの慰謝料で彼らは店も家も持てて、経済的な安定もできた。

「しかし俺だったらもっと直接的に行くがな。例え振りでも、クライスに俺が他の男を好きなんだと思わせたくない。侯爵が邪魔だというなら殺せば良いし、国の制度が駄目なら滅ぼせば良い」

この義理の弟となった男ならそうするだろう。俺もそうできるだけの力があったならそうしたかもしれない。
けれど、マリウスをできるだけ悲しませたくなかった。どんな力があっても義父を殺すことはしなかっただろう。俺に出来た最善の策は、マリウスから全部奪って、俺だけがマリウスの大切な物にすることだった。

念のために張っておいた防音魔法を解除すると、隣の部屋にいるマリウスとクライスを見に行った。
ぎこちない様子だったがクライスのほうが兄弟の仲を改善できるように頑張っているようだった。

正直、兄弟の仲なんて改善しなくても良いのではないかと思っていた。
マリウスは俺だけ見て、俺しかいない世界にいれば良いのだから。

俺の子どもを抱いて微笑むマリウスを見て、俺は何度も愛していると言う。その言葉は信用される事は余りない。
俺は過去したことを後悔はしていないけれど、好きだという思いを信じてもらえないことは少しだけ悲しいが。

でも一生俺だけの物で、大事にするから。



「どうしたんだ? ロベルト……そんなに見て」

「俺の可愛い奥さんに見惚れていただけ」




END
そ、そのすいません!ロベルトはこういう男でした。
ロベルトは自分が全部捨てても構わなかったんですが、それは絶対にマリウスが許さなかっただろうし、罪悪感で押しつぶされると分かっていたので、こういう未来を選択しました。
しょせん、うちの攻めです……受けを愛していなかったはずはないんです・・・という事で……見破っていた方に拍手(ぺこ)




おまけ

「クライスの兄を救ったのは、クライスの最愛の夫である俺だよ」

「……最愛の夫というのは否定するが、兄さんを救ってくれた事は感謝する」

「おまけにキューピット役までやったし、なんかご褒美ないの?」

「……何が欲しいんだ?」

「三人目が欲しい♪」

「…お前、二人目仕込んだばかりだろう!」

「だからその次の約束だよ」

「……ご褒美とか言いながら、俺が許可しなくたって次々孕ますだろう」

「そうだけど、クライスの許可があって、クライスが欲しいって思って合意の上で作りたいんだ」

「……はあ、仕方がない。どうせ反対したって、孕ませるんだから、三人目を作らせてやる」

「愛しているよ、クライス!」

「兄さんみたいな優しい夫が欲しかった……(大いなる間違い)」




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