このままロベルトの言うように、ロベルトに抱かれて、ロベルトの子を産む。とても素敵な未来だ。
けど、こんな俺がそんなふうに幸せになって良いのか。ナナさんを不幸にしたこの俺だけが幸せになんて、許されるわけない。

ロベルトの真意は分からないが、俺のことを好きだといってくれている。真実はさておき、その言葉に甘えていれば、いずれはロベルトのいうように子どもも産まれて、幸せな家庭になるかもしれない。けれど、人を踏み台にして、自分だけ流されるままに生きていっていいわけない。


「ナナさんを、俺は泣かせた……」

「悪いのは俺も同じだ。お前だけがそんなに気に病むな」

「あの人が一番の被害者なのに、加害者の俺がっ……先に幸せになんかなれないっ! ナナさんが幸せになるまで……俺は歩き出せないっ」

金銭的な賠償はした。俺にはそれしかできないから。他には何も出来ない。
だけど慰謝料を払ったから、もう良いだろうとはできない。俺が本来受けるべき罰は死刑だった。それが金を払っただけで済んだんだ。
いや俺にとっての一番の罰はロベルトと結婚した事だった。彼を俺なんかに束縛させてしまったことに、どうしようもない罪悪感がある。
もしこんな俺でも、もう一度やり直せるとしても、ナナさんよりも先には無理だ。そんなこと許されないことだ。

「マリウス……お前って、どうしようもなく不器用で、優しいな。お前だって幸せになっても良いんだぞ? けど、お前がそうしないとケジメがつけれないって言うんだったら、ナナが幸せになるのを見届けてから、夫婦になろう?」

「……うん」

「約束だからな。そのときになって、ああだ、こうだと逃げようとするなよ?」

「……分かった」

「あ〜あ……俺って押しが弱いって皆に言われるんだよな。結婚しているのに清い関係って言ったら、皆に笑われるぞ」

押しが弱いんじゃなくて、ロベルトは優しいんだと思う。優しいから、愛していたナナさんを手放し、俺なんかの手を取った。
本当に愛しているなら、俺を切り捨ててナナさんを選ぶべきだったのに。
あんなことがあった後ではナナさんと結婚は難しいという理屈も分かる。けれど時間が癒してくれる事もあるかもしれないのに。

それからロベルトと俺はまたただの同居人に戻った。俺は狩りに行って、その帰りにそっとあのパン屋を見ながら帰る。
ナナさんが笑っていると良いなと思いながら。
彼は笑っていた。楽しそうにパンを売って、時には幼馴染の彼と一緒にパンを作ってた。ロベルトはもうあのパンを買って帰ることはなくなった。

毎日毎日ナナさんに気づかれないように、そっとのぞいて帰っていく。ナナさんが幸せになったらと約束したが、彼が幸せになったとどう証明すれば良いのか分からない。
そして俺とロベルトが結婚して一年が経った。

今日もそっと見ていると、アーセルという名の青年が店から出てきた。

「こんにちは。その、これ試作品なんですが、焼きたてなので持っていってください。ロベルトさん、最近持っていってくれなくなったんで」

「……そんなわけには、いかない」

「ナナが焼いたパンじゃないですよ。俺のパンです……最近ずっと見ているのが気になって、ロベルトさんに聞きました。ナナが幸せになるまで本当に夫婦にならないって言ったそうですね。ちょっとロベルトさんが可哀想で、貴方と話したくってパンを口実に話しかけたんです。貰って下さい」

無理矢理焼きたてのパンの入った紙袋を手渡され、返そうとするのも悪いと思って受け取った。

「ナナが不幸って言うけど……俺はそうは思いません。たぶん、あのままナナはロベルトさんと結婚していても幸せになれなかったと思います」

「どうして、そう思うんだ。ロベルトは誠実で、優しいしっ…ナナさんを愛していた」

「あの二人知り合って、たった2週間で結婚を決めたんですよ。俺も気がついたときにはもう、結婚の日まで決めていて……ナナにはもう少し良く考えてからすべきだって説得したけど、聞いてくれませんでした」

それは俺も聞いている。俺も知ったときには、もう五日後に結婚するんだと言われた。ショックで頭がおかしくなりそうで、実際頭がおかしくなったのだろう。ロベルトを犯そうと思うなんて。

「だってナナはロベルトさんのこと何も知らなかったんですよ。そりゃあ、魔法が使えてナナを助けてくれた王子様のような騎士ですよ、ロベルトさんは。でも、余りにも世界が違い過ぎです。恋してポーとしているうちに、結婚まで決めちゃって……あとで、身分の差とか育ってきた環境の違いとかに苦しんだと思いますよ。ナナは魔力がないし、子どもができて貴族様の跡取りになるのに、魔力無しの子どもでもできたら、ナナの居場所なんかどこにもなくなる。分かるでしょう?」

アーセルの言いたいことは理解できた。ナナとロベルトの結婚はロベルトの両親からは反対されていた。あのまま結婚していたら廃嫡されていただろう。廃嫡されないまでも、ナナの産んだ子は魔力がない子か、魔力の低い子どもが生まれる可能性は高い。
貴族社会で魔力がない子など嫡子とは認められないことすらある。魔力の低い子の扱いは、俺を見れば分かるだろう。

ナナはロベルトと結婚した事で言われのない中傷に苛まれることになったかもしれない。

「もう少しお互いよく知り合ってから、結婚なら恋の熱も冷めて冷静に考えられたかもしれないけど、ナナは貴族の騎士様からの求愛にまともな思考がなかった状態だった。だから、それほど罪悪感を持つ必要はないと思いますよ……っていうか、俺は感謝している方なんですけどね」

「え?」

「俺も貴方と一緒なんです。ずっとナナのこと好きだって言えなくって、気がついたらロベルトさんと結婚とか言い出すから……無茶苦茶落ち込んで、貴方がロベルト様を奪ってくれて、よっしゃーと喜んだくらいです」

俺も結婚式当日、ナナを誘拐に行こうと思ったくらいですけど、ナナはロベルトさんのことが好きだから一緒に逃げてくれるはずないし、だからあなたが略奪してくれて、ナナが悲しいのに俺は幸せでしたと、アーセルは言った。

「こういう汚い感情を抱いているのは貴方だけじゃないんですから、もう意地を張っていないでロベルトさんと」

「……何しているの? アーセル……それに」

「ナナっ……えっとな、ロベルトさんにパンを食べさせてくれってな」

ナナさんは前回会った時よりも、より強張った表情で俺を見ていた。
どこかに消えて欲しいとでもいうような表情だった。

「貴方……マリウス様は、ロベルト様だけじゃなくって、アーセルまで手を出そうと思っているんじゃっ」

「お前、また失礼なこと言うなよ! マリウスさんはな、そのな、ナナが幸せにならない限り、ロベルトさんと正式な夫婦にはならないって言っているんだ。だから俺はそんなこと止めろってお願いしていたんだ」

俺は黙って下を向いていると、ナナが何それ!と怒った声が聞こえた。

「誰がそんなこと頼んだんですか! そんなことのために毎日僕を見ていたんですか?! だいたい僕が幸せになったなんて、どうやってマリウス様に分かるんですか?」

俺もそうは思っていた。どうやったらナナさんが幸せになったか、判断できるだろうかって。毎日見ていて笑っているように見えた。でも無理して笑っている場合だってある。何を決め手にしていいか分からなかったが。

「……ナナさんが、結婚したら……幸せになったって思えるかもしれない」

「だってさ、ナナ。もうあれから一年経つし、ちゃんと考えたらどうだ? 結婚。マリウスさんもロベルトさんも、ナナが結婚しないままじゃ再出発できないってさ」

「僕のせいにしないでよ!……結婚式当日に逃げられて、もう二度と結婚なんか考えたくなかったのに!」

そう怒っているが、何故か怒っているのは俺にではなくアーセルに怒っているように見えた。

「逃げられたのがトラウマになっているんだったら、逃げる暇なんかなければ良いんだろう? 今から籍を入れに行こう! ロベルトさんの時と違って、結婚許可書はいらないからな!」

確かに平民は結婚許可書はいらない。結婚したければ、役所に誓約書を出せば終わりだ。貴族は当主の許可や陛下の許可証が必要で、すぐに結婚しようにもできない。

「そんなの! 無理だよ!」

「思い立った日が吉日だって言うだろう? マリウスさん、俺とナナ結婚します! ずっとプロポーズしていたんですが、ナナは一年も経っていないのに、結婚なんか出来ないって散々焦らされて……でも、もう良いだろう?」

ナナさんはふて腐れていた。でも、顔が赤くなっていて、アーセルに役所まで連れられていく間、ずっと文句を言っていたが、とても幸せそうに見えた。
俺やロベルトにはあんな言葉使いしていなかった。もっと大人しくて、何時も遠慮をしているかのように話していた。

俺は彼らが役所に入っていくのを見送ると、花屋でブーケを作ってもらって、出てくるのを待っていた。

「これ……その…俺なんかからは受け取りたくないかもしれないけど。結婚おめでとうございますっ」

受け取ってくれるか分からなかったけど、ブーケを差し出した。ナナさんは受け取ってくれた。

「ロベルト様と上手くいかない理由に、僕を使わないで下さい。僕からロベルト様を奪っていったんですから、マリウス様が責任を持ってロベルト様を幸せにしてくださいよ!」

「はい……ありがとうございます」

「マリウスさん、俺がナナをロベルトさんと結婚しないほうが良かったって思わせてみせますから。だから、安心してください。な? ナナは幸せだよな?」

「……かもね」

あの日から一年経って、ようやく今日、すこしだけ許された気がした。





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