今の俺は何も持っていなかった。
つい先日まで持っていた、侯爵家の嫡男という地位はなくなった。普通なら醜聞を抑えようとするだろうが、うちの実家は違った。俺が横恋慕をして結婚式前日、ロベルトを平民から奪い取り、跡取りに相応しくないため縁を切ったと、通告された。今までは俺を切る機会がなかったが、今は違う。
これでクライスのいずれ生まれてくる子どもを跡取りにできるだろう。本当はクライスを跡取りにしたかっただろうが、流石に公爵夫人か王妃になる弟に兼任は難しいだろう。ユーリ隊長の血を引く息子なら、クライスよりも魔力が上になる事は確実だ。

そして部隊も除隊になり、家からも勘当され、俺は無一文になった。
けれど困るかといえば、家はロベルトが購入していてあるし分隊長に出世したし、例え実家の援助がなくても生活するのに不自由はない。
しかしロベルトの妻というだけで、家に無職でのうのうと彼に養われているわけにもいかない。元々妻になるのが俺だったら、養われるのも悪いとは思わなかったかもしれない。けれど、彼にしてみれば押しかけて、したくもなかった妻が無職でいるなんて、どこまでずうずうしいと思うだろう。少なくても俺はそう思う。

職を探したが王都でできる仕事が見つからない。
軍関係は辞職になった関係で望めない。官吏は父の邪魔が入って無理だろう。
では平民がやるような仕事となると、これもまた無理だった。
俺は貴族かそうではないかといわれると微妙だ。俺は侯爵家から勘当されたが、ロベルトは実家から縁を切られたわけではない。ロベルトがナナと結婚する際に遠ざけていただけで、今もおそらく伯爵家の跡継ぎだろう。戸籍上はそのロベルトの妻になったのだから、俺もまだ貴族だろう。そうなると平民がつく仕事は、あちらのほうから断わられる。
確かにこれまでメイドや執事が何もかもやってくれていたのに、突然掃除や給仕などやれと言われても難しいだろう。覚えることもできるとは思うが、貴族がそのような仕事につくのは恥ずかしい事といわれている。ロベルトの顔を潰すようなことはできなかった。

結局何も出来ないまま、家で慣れない家事をすることくらいしかできない。ロベルトはそれでいいと言ってくれるし、メイドを雇おうかとまで言われるが、男二人の生活にメイドまで雇ってもらったら余計申し訳が立たない。
遠慮をするなとか、もう夫婦なんだからそんなに畏まるなと言われるが、俺は余計者なんだからそれは無理だった。

おまけに、妻としてもっとも重要な役目すらできなかった。

それは夜の生活だった。結婚すれば当然初夜はあり。俺たちの場合は、俺がロベルトを襲ってすでに初夜といえるものはなくなっていたが、それでも新婚なら当然性生活はあるだろう。

しかし、俺が答えられなかった。

ロベルトはあくまで俺と普通の夫婦になって、ちゃんとやっていこうと何度も言われた。
こうなってしまったからには、後悔してばかりいても始まらないから、二人で幸せになる事を考えようと、真面目なあいつらしいことを言ってきた。

正論だとは思う。離婚もできないし、ロベルトが俺を嫌って仮面夫婦生活をするよりも、ロベルトは円満な夫婦関係を築こうと思うのはとても建設的な意見だろう。

けれど、あれほどナナを愛している、好き、と言っていた気持ちは何処に行ってしまったのだろう。俺なんかよりもナナを幸せにする方法を考えるべきなんじゃないだろうか。
あれほど一途で真面目な男が、昨日の今日であっという間に気持ちを変えてしまえることが信じられない。

ロベルトはまるで義務かと思うように、この家に来て、いわゆる初夜に俺を抱こうとした。初夜と言ってもほんの一日も経たない前に、何度もしていた。
あの時は俺は横恋慕をし、死を覚悟して臨んだ。
それが今は正当な権利を持った妻になった。その妻になった時、俺はロベルトに抱かれる事ができなかった。

こんな俺が名ばかりの妻ではなく、本当にロベルトの妻になんかなる権利はないからだ。それにロベルトが信じられなかった。その日は結婚するはずの日で、本来初夜を迎える妻が変わってしまったのに、それでも俺を抱けるのかと。

ユーリ隊長の、義弟の言葉が浮かんだ。
ロベルトは肉欲に負けたんだと。ナナよりは美しいだろうからと。
だから花嫁が変わったばかりでも、俺を抱けるんだろうと。

俺が拒否をした夜から、ロベルトは俺に触れようとはしなくなった。
夫婦とはいってもただの同居人のようだ。いや、メイド代わりの、居候だろう。

こんな俺でもロベルトの妻になってしまったんだ。ロベルトは伯爵家を継ぐかもしれない。子どもだって必要だろう。
だったら俺が役目を果たして、ロベルトの性欲処理と、子どもを産むことは義務かもしれない。

だけど、名実ともにロベルトの妻になることがどうしてもできなかった。だってそれをできるのはナナだけだったはずなのだから。


「ただいま、マリウス。お、美味そうだな」

「おかえり……いい肉が取れたから」

無職なのもどうかと思い、マリウスが仕事に行っている間、王都郊外に出て狩をすることにしていた。それなりに魔法を使えるから、害獣の退治や、高く売れる肉なんかを狩っている。魔力が高い人間は普通は軍に入るので、こういう仕事をする人は殆どいない。そのためけっこう良いお金になるので、俺は最近やっとロベルトに養ってもらわなくても済むようになっていた。

「これ、今日のシチューにあうだろう? バゲットか食パンどっちが良い?」

「また買ってきてくれたんだな。シチューにはバゲットだろ?」

最近良くお土産にロベルトはパンを買ってきてくれる。俺も焼けるが、時間がかかるし、やはりパン屋のパンには勝てない。
今日のメニューはシチューに俺が狩ってきた肉のステーキに、菜園で取ったサラダだ。

「ここのパン屋のパン好きなんだな。いつもここばっかだろ? まあ、美味しいけど」

「まあな……最近オープンして帰り道にあるから、ついな。でも、マリウスも狩りに出て忙しいだろうから、パンを焼く暇がないからちょうど良いだろう?」

「うん……助かるけど」

俺が金を稼ぐようになってから、割とロベルトとは良い関係を保っている。良い関係と言っても以前のように、友人といった関係と変わらないが。妻というのを意識すると、会話すらない生活だった。生活費を貰うことさえも罪悪感を持って、俯いてしまう俺にロベルトも扱いを困っていたようだった。
今はただの友人がルームシェアをしているのと変わりない。
相変わらず夜にそういう関係はないし、部屋も別々で寝ている。

もう少しお金がたまったら、別居も考えている。多分そのほうが良いだろうと思う。


「あ、そういえばロベルトが好きなパン屋ってあれか?」

今日は狩りの帰りに、いつもとは違う店で獲物を売ってその帰り道、いつもとは違う道なので今まで見た事がない店があった。最近オープンしたばかりなのだろう、綺麗な店構えのパン屋だった。ロベルトが良く買ってくるパン屋だと気がついた。

「今日は遅番だからロベルト買って帰れないだろうし、何か買っていこうかな……」

食材は肉をはじめたくさんあったが、パンはなかった。俺はなくても構わないが、ロベルトは遅番だしお腹がすいているだろう。そう思って店に入った。
ロベルトは食パンやバゲットしか買ってこないが、他にも甘いパンや惣菜パンなども豊富にある。
何を買おうか迷っていると、焼きたてのパンが運ばれてきてそちらに目を向けると、驚きで固まってしまった。
相手も同様だった。

「ナナ、さん…」

ロベルトの好きなパンは、ナナさんの働いているお店のパンだった。




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