起きて、早く起きて、結婚式の邪魔にならないようにしなければいけないと思っていた。けれど、重い身体が目覚めるのを遅くさせた。
目が覚めたとき、そこにいたのはナナや友人たちだった。

「……ナナ」

力ないロベルトの声が聞こえた。頭を上げ彼の顔を見ると、今日花嫁となる青年の顔は青ざめきっていた。
何故来たんだと内心苛立ちで一杯だった。
花嫁は結婚式会うまで、花婿と会わないのが慣習なのに。

「ナナ、ナナっ……ごめんっ」

ちゃんと俺は、ロベルトを結婚式に送り出すつもりだった。誰にも知らせないで、全部終えるつもりだったのに。

「ロベルト…様。ロベルト様が遅いからっ……僕、もしかしたら来てくれないのかもしれないって……心配になって」

「ナナさん! 違うんだ! ロベルトはちゃんと結婚式に行くつもりだった。俺が悪いんだっ…俺が、ロベルトに無理強いをしてっ……ロベルトはナナさんを裏切るつもりなんてなかったんだ!」

彼は俺たち二人を見て、きっと裏切られたと思っただろう。何も身に纏っていない姿で二人でいたら当然だろう。

「ロベルトは被害者なんだっ!……だから、今から結婚式に行ってくれ。ロベルトを責めないでやってくれないか?」

勝手なことを言っているのは分かっている。今から結婚式で、夫となる男が他の男と姦通をしていて、いくら無理強いをしたと言われ様が、結婚式をする気分になれるはずはない。俺が彼の立場だったら、ふざけるなと思うだろう。

「マリウス、あまり余計な事を言うなよ。そんなことを言ったら、お前どうなるか分かっているのか?」

友人の一人が忠告するように、俺を諭そうとしていた。

「分かっている……けど、真実だ。俺はロベルトを強姦した。罰は受ける」

「マリウス!」

「それ以上言ったら、俺たちはお前を逮捕しないといけないんだぞ!」

俺以外は皆、それぞれの心情で顔を真っ青にしていた。俺だけは、覚悟はしていたのでなんとも思わない。

「ごめんな……ロベルト、ナナさん。せっかくの結婚式を台無しにしてしまって。でも、俺は消えるから、できれば今朝の事は忘れて幸せになってほしい」

友人たちがしたくもないのに、俺を連行する。彼らは友人であり、騎士だ。目の前で罪を告白する男を、友人だからといって放置をしたら、それは陛下に剣をささげた騎士ではない。
口々に、酔った弾みで無理強いしたわけではないと言えと、諭されたが俺はそのつもりはなかった。

俺はこの夜にかけていた。たった一度でいいからロベルトと抱き合いたかった。ロベルトを裏切り、ナナを傷つけると分かっていたのにやめなかった。
その彼らに償うことができることは、俺がちゃんと罪を認めて、死ぬ事だけだ。

それに俺は死ぬ事は何も恐れていない。もう俺には何もなかったし、ロベルトを裏切ったことで死ねるなら本望だからだ。

気だるい身体を牢屋の片隅にあづけて、早く処刑台に送ってくれないかと待っていた。

「マリウス、とんでもない事をしてくれたな」

「隊長……申し訳ありません。第三部隊の名を汚すようなことをしてしまい」

こんなところにまで、第三部隊の隊長であり公爵家の令息がやってくるなんて。上司だが、部下の一人が馬鹿をやって処刑をされるところにわざわざ来るような人ではないのに。

「名などどうでも良い。だが、マリウスが死ねば、クライスが悲しむ事になる。それが問題なんだ。義兄上」

義兄上、そう俺のことを呼ぶ隊長は、弟の夫だ。つい先日、嫡男が生まれ、父もとても喜んでいた。俺の甥であり、父の初孫であるアンジェは将来の国王か公爵になる。それは嬉しいだろう。

そしてこの隊長は弟をとても愛している。俺が生きようが死のうがどうでも良いだろうが、弟は俺が死刑になれば悲しむだろう。ただ、それだけがユーリ隊長にとっては許せないことなのだろう。

「クライスも貴方がいれば、俺なんか死んでもすぐに忘れるでしょう。侯爵家のほうも……」

侯爵家のほうはどうなるのだろうか。父は俺にあとを継がせるつもりはないと言った。弟が余りにも優秀で、今も俺は何の役職にもない一般兵士で、弟は第一部隊の副隊長だ。だが弟はそのことを知らない。隊長と結婚する前は、婿養子にでも行くつもりだったようだし、兄を差し置いて家を継ぐことなど考えた事もなかっただろう。
父はそんな弟の気質をよく知っていたので、俺には結婚をするなと言っていた。俺が結婚せず、子どもがいなければ、どうやってもクライスが継ぐしかなくなる。

だが、弟は国でもっとも名門の公爵家の次男に望まれ、嫁いだ。その後、どうするつもりかは知らない。

「まあ、俺がいればクライスは幸せだ。だが、クライスにはほんの少しの悲しみも味あわせたくはない。入れ」

「ユーリ隊長。命令に従い、参りました」

本当だったら今頃結婚式をしているはずのロベルトが入ってきた。
だがそうかとも思った。いくら俺のことなどなかったことにして、結婚してくれと言ったところで、ナナもロベルトもそう簡単に気持ちの整理がつくはずがない。

「ロベルト、マリウスはお前を強姦し無理矢理肉体関係を強要したと証言している。それに間違いはないか?」

「それは……」

「お前がそうだと言えば、マリウスは処刑だ」

「そんなっ! マリウスは侯爵家の長男ですよ!? いくらなんでも処刑なんてありえないのでは!?」

ロベルトが驚くのも分からないでもない。姦通罪も、強姦罪も死刑だ。ただそれはあくまで一般市民であり、貴族はまた別の話だ。
貴族だから、特例という訳ではないが、うちほどの名門貴族なら、なかったことにすることも可能だ。金と権力で口封じをするということだが、侯爵家の嫡男で弟は未来の王妃か公爵夫人であり、甥は将来の国王か公爵だ。
そんな身分の俺が、救いの手が差し伸べられないはずがないと思っているのだろう。

「義父上、いや侯爵はマリウスが死ぬ事を望んでいる。こんな不祥事を起こした息子は要らないそうだ」

「…父はそう言うだろうと思っていました。俺がいなくなれば、クライスが跡取りになることに何の問題もなくなるから」

「そんな馬鹿な! マリウスは実の息子なのにですか?! 余程の事がない限り長子相続が原則のはずなのにですか?」

「まあ、普通であれば、義兄上は跡継ぎになるのに何の問題もないはずだが。俺のクライスほどの魔力の持ち主だと、長男が疎ましくなるのかもしれんな。アンジェの次の子が生まれたら、侯爵家の跡継ぎに欲しいと言われている。つまりマリウスに居場所が何処にもないと言う訳だ。実の親にも見捨てられるくらいだしな」

クライスの性格を考える限り、俺が生きていては邪魔だと判断されたという訳だ。でもそれで良い。

「隊長は……ご自分の息子を外に出すことに問題はないのでしょうか?」

弟が俺のせいでせっかくの良縁に恵まれたというのに、息子を取られたらかわいそうだと思う。

「それは構わない。クライスにはたくさん子どもを産んで欲しいし、次男でも三男でも欲しいという息子に侯爵家を継がすのは問題はない。だが、侯爵はマリウスを見捨て、ここで助けられるのはロベルトだけだ。ロベルト、お前もマリウスの父のようにマリウスを見捨てるか?」

「俺がマリウスを助けられますか?」

「ここで問題となっているのは、マリウスがお前を強姦したかどうかだけだ。だが、客観的に見て本当にそうか?」

「当たり前です! 今日は、ロベルトの結婚式だったんですよ? 愛する人と結婚するはずの日に」

「黙れマリウス。今俺が聞いているのはロベルトにだ。確かに、結婚前日に浮気をすることは普通ないだろう。だが、マリウス、その跡継ぎに相応しくないと判断された魔力でロベルトに勝てるか? ロベルト、お前が真剣にマリウスを拒絶しようと思えば、簡単だっただろう。マリウスはお前よりも弱い」

「それは……そうです」

「おまけに、何らかの魔力反応は現場で何も感じなかった。マリウスもロベルトも一切魔法は使ってはいない。ロベルトからは薬を使われた形跡もなかった。それでどうして、マリウスに強姦できるんだ?」

それは、俺も分からなかったけど、ロベルトは余りの事に抵抗する事も忘れていただけだと思う。

「俺は妻を愛している。クライスはとても美しいし魅力的だ。クライスよりも美しい男はいないだろうが、万が一クライスよりも美しい男から誘惑されたとしても、俺はなんとも思わないし、勃起することもないだろう。だが、ロベルトお前は薬を使われたわけでもないのに、マリウスの誘惑に負けたんだろう? それで、強姦と言えるのか?」

「言えません……」

「だろうな。特にマリウスの身体からは、ロベルトの魔力が大量に感じられる。これは一回や二回の情交では着かないはずだ。一回なら強姦と言い張れても、二回目以降は言えないはずだ」

「その通りです。俺はっ…ナナを愛していました。今も愛しています。けれど、あの時……マリウスから抱いて欲しいと言われて……頭が真っ白になって、マリウスの裸を見て……気がついたら抱いて止まらなくなってしまいました」

「まあ、マリウスはクライスほどではないが、お前の婚約者よりも余程美しいだろう。男なら、そう思ってしまっても無理はないだろう。俺は、浮気なんか絶対にしないがな。なら、婚約者への愛よりもマリウスへの肉欲に負けたんだ。ロベルトも責任の取り方は分かっているはずだろう?」

駄目だ。いけない方向へ向かっている。隊長は弟のためだけに、俺を生かそうとしている。

「分かっています。俺はマリウスと結婚します」

「ロベルト! 何を言っている?! お前にはナナさんがいるはずだろう? 彼を裏切るのか?!」

「もう、とっくに裏切ってしまった! この上、マリウスまで見捨てて、死ぬのを目の前で見ろと言うのか? できるはずはないだろう? 隊長、俺はマリウスの純潔を奪いました。結婚します」

俺は、ロベルトの初めてを奪えて幸せだった。それだけで一生分の幸せを使い切った。それ以上は何も望んでいなかった。ただ死にたかった。

こんな未来は望んでいなかったのに。





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