友達としてしか見られていない。
そんなことずっと分かっていた。

士官学校からずっと一緒で、同じ第三部隊に入隊した。
軍人という狭い世界で生きているせいか、同じ部隊内で結婚する夫婦は多い。だから俺も、今は友達として見られていないけど、ひょっとしたらアイツも俺のことをいずれ好きになってくれるかもしれない。とほのかな期待があった。
馬鹿だろう。なんとも思われていないのに、そんな期待をするなんて。

せめて俺がアイツに好きと言えば、また違っていたかもしれない。アイツは俺がこんなことを思っているなんて全く思っていないだろう。せめて知ってもらわなければ、何も進まなかったのに。けど、俺はそんな勇気がなかった。いつかアイツが俺のことを好きになってくれるかもしれないという、有り得ない期待を胸に抱いてずっと過ごしていた。

そして今日になった。

明日はアイツの結婚式だ。

バチェラー・パーティー(新郎が独身最後の夜を同性の友人と過ごすパーティー)で、アイツを皆が酔わせまくる。
アイツは楽しそうだった。そして幸せそうに見えた。
それはそうだろう。明日結婚するんだ。幸せじゃないはずない。

アイツの妻になる男は、何ももっていない男だった。貴族でもない、魔力も持っていない、ただの一般市民。アイツは貴族で、伴侶になるのはおそらく、魔力を持った貴族の男が期待されていただろう。それでも何故か、アイツが好きになったのは、あの男だった。
俺はアイツが結婚を考えているような男がいることなんて全然知らなかった。
アイツも驚きというくらいの電撃結婚なのだ。
しかし、婚前交渉をせず、付き合ったら即結婚というのも珍しくないこの国では、アイツくらい早い結婚もそう珍しいものではない。

俺がアイツの恋人の存在を知ったときにはもう結婚式の日取りも決まっていた。

せめてもう少し、もう少し時間があったら、俺だって何か出来たかもしれないのに。

「マリウス、何しけた顔しているんだ? 俺の結婚喜んでくれないのかよ?」

喜べるわけないだろう? 俺がどれだけお前の事を好きだったと思っているんだ。お前は俺の気持ちなんか考えた事もないだろう?

「……お前の前途多難な結婚に、素直に喜べと言われてもな。ご両親は賛成していないんだろう?」

この国では、基本自由恋愛だ。政略結婚も勿論あるが、貴族でもコイツのように平民と結婚し、そして貴族籍から抜かれることもある。
両親から反対を受けているコイツは、廃嫡される可能性もある。
何であの男が良いんだ? 善良そうで、悪い男ではないだろう。だが目を見張るような美貌でもなければ、金ももっていない。魔力もない。結婚して利になるような物もなく、むしろコイツの将来の邪魔にしかならないのに。

「両親は確かに反対しているが……だが結婚は両親のためにするものでもないだろう? 親友のお前くらい、何も考えず祝福してくれよ」

「伯爵家の当主になる道も捨ててか? ロベルトは一人息子だろう?」

「マリウスみたいな侯爵家の跡継ぎと違って、伯爵家くらいなら、親戚の誰かが継いでくれるさ」

ロベルトはそう言うが、俺が魔力が低いせいで跡継ぎにはなれない。格別低すぎるという訳ではない。ただ、侯爵家の跡継ぎになるには低かっただけだ。弟に当主の座が内定していることをこの男は知らない。俺もそんな惨めなことは言っていない。弟があれほど優秀でなかったら侯爵家を継いでもおかしくないほどには魔力は持っている。だから、ロベルトは俺が妻を娶って侯爵家を継ぐ事を疑ってもいない。
そして俺よりも魔力の高いこの男は、もうすぐ分隊長になることが決まっている。伯爵家を継がなくたって、自分で生きていく術を持っている。

「どこが好きになったんだよ。奥さん……」

まだ奥さんじゃないけど、明日なるんだからそう呼んだっていいだろう。ああ、自虐的に痛い。ロベルトに奥さんができるなんて。

「そうだなあ……俺のこと好きだって言ってくれたところかなあ? 俺ってもてないだろ? 初めて好きだって言ってもらっちゃって舞い上がっちゃったんだよな」

「そんなのっ…」

もてないんじゃない。皆、俺がロベルトのことを好きなのを知っていて、誰もロベルトに告白なんかしなかったんだ。これでも侯爵家の跡取りと皆には思われていて。俺を敵に回したくないと思っていたんだろう。

ただ奥さんになる子は、そんな事情知らない。だから果敢にアタックできたんだろう。魔獣に襲われたところを助けてもらった格好いい騎士に。
俺にはない勇気の持ち主だ。だからロベルトを得ることができたのだろう。

「お前って……安い男なんだな」

「かもな」

俺にそんなことを言われても、楽しそうに飲んでいるロベルトは本当に彼を愛しているのだろう。
俺には、ロベルトに愛されるだけの勇気がなかった。だから、今こうして明日結婚するのを見ているしかない。自業自得だ。
そう思っても、どうしても諦めきれない。
一緒にパーティーに出席しているメンバーたちも心配気に俺を見ているのが分かった。
ロベルト以外はどんな思いで俺がこのパーティーに出席しているか知っているんだ。ロベルトだけが何も知らず幸せそうにいる。

「そろそろ俺たち帰るわ」

「そうそう……明日結婚式だって言うのに、あんまり飲ませるわけにもいかないしな」

「そうか? まだ早いだろう?」

「じゃあ、マリウス置いて行くから、マリウスと飲めよ。治療魔法マリウス得意だろ? 酔っ払って使い物にならなくなりそうだったら、治療してやれよ」

「そうだな……任せろ」

俺は最後にロベルトに思いを告げたいからと、仲間に言っておいた。だから皆が気を使って早く帰宅してくれる。勿論、皆ロベルトが明日結婚するのは知っているので、俺が最後に気持ちの切り替えをするために、ロベルトに今までの気持ちを伝えたいだけだと思っている。

当然だ。こんな直前になって、奪い取ろうと思うような人間はこの国にはいない。思い合っている恋人同士の間に割り込むような行為はこの国では最も軽蔑される事の一つだ。
あくまで同僚たちも俺の気持ちに一区切りをつけたい、その気持ちにこたえてくれただけだ。

俺がロベルトが結婚するくらいなら死んだほうがマシだとまで思っているとは夢にも思わないだろう。

「お前ってさあ……奥さんが告白する前に、誰かに好きだって言われたら、その人と結婚していたか?」

「ええ?……考えた事もなかったけど、その可能性はあるだろうな。だって出会いなんて一期一会だろう? 好き好きって言われたら、俺も夢中になっちゃってたかもな。ってこんなこと言ったら、ナナに泣かれるよな」

ナナと婚約者の名前を口にするたびに、幸せそうな顔が俺を絶望へと落としていく。
ナナなんて男、結婚したってロベルトに何の利益ももたらさない男なのに。逆にロベルトの未来を奪っていく存在でしかないのに。

「俺だって……ずっとお前の事好きだった」

「……え?」

「好きだった! 今もな!」

「……マリウス、何を」

「好きだって言われたら、好きになるんだろう? 俺だってずっとお前がっ! ロベルトが好きだった! 今更言われたって、どうしようもないと思われたって、俺はずっと」

あっけに取られたようなロベルトの顔を見ながら、狂ったぜんまい仕掛けの時計のように同じ言葉を繰り返した。

「お前の婚約者なんかより、ずっとずっと!……長い間好きだったんだっ!」





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