そもそもどうして公爵家の塔に兄王がいるのだろうか、謎だった。

アンリ様が本気になって隠蔽しようと思えば、いくら優秀な魔法の使い手が王家にいようとも、かなうはずはない。


「陛下、これで分かったでしょう? ユアリスはもう他国に嫁に出せる身体ではないんです。こうやって、朝も昼も夜も、寝ている間さえも、私がいないと駄目な体に成り果てました。もう、私の妻になる以外道はないんです」

ああ、アンリ様が兄をここまで案内したのだと分かった。僕と約束通り結婚してくれるために、兄と僕を会わせる必要があったのだろう。

「ユアリスを無理強いしたわけではなく、自分から私のものになりたがったのです。もはや王子とは名ばかり、いや、もう不要です。私のもとに降嫁させてください」


通常王子が臣下に嫁ぐ場合は王位継承権を放棄して、嫁ぐことになる。だからいくらアンリ様が有力者でも、僕が産む息子には僕からの王位継承権は渡らない。

だから一見簡単に嫁げば終わりだろうと思うだろうが、王家に王子がいない場合は、アンリ様の公爵家から跡継ぎを迎えることになっている。僕を妻にすることで、より王家に、というより兄に脅威になる可能性がある。

だけど王が、弟が純潔ではないのに慣習を破って嫁がせないということなど、ふつうはあり得ない。

何よりもアンリ様が僕を欲しいと言っているのだ。僕はもうアンリ様の花嫁になれた気でいた。


「……構わん。ディアルは我が国のように一夫一妻制でもなければ、純潔などさほど気にはするまい。お前を正妃にということには流石にもう無理だろうが、側室なら何の問題もないだろう。むしろその男に抱かれ慣れた身体を喜ぶかもしれん」

「私のユアリスをっ。いえ、この大陸でもっとも権威のある我が国の唯一の王子をあんな小国の側室に?! 侮辱もいい加減にするんですね、陛下! 私の忍耐もいい加減切れそうですよ。私の妻をこれほど侮辱されては、私の陛下への忠誠もどうなるか怪しいですよ」

アンリ様の静かに怒る声に、兄上も顔色が悪くなっていった。国王とはいえ魔力は僕のほうが高いし、アンリ様はもっと高い。

「アンリ、お前は国王に向かっていう言葉か!」

「申し訳ありません。私の陛下への忠誠は、ユアリスへの愛のほうが遥かに勝っております。それに私だけではなくて、こんな婚姻、誰もが認めません。わが王子を幾人もの妻の中のそれも側室などと。この国の貴族でそんな馬鹿馬鹿しい婚姻など、誰も賛成するはずがありません……ただでさえ王妃様との婚姻で陛下の立場は微妙なものになっているのです」

そんな屈辱的な結婚など、確かに誰も認めないだろう。

「そもそももう婚約の誓約書は成立している。どんなことがあろうが破棄することは適わん! 姦通すれば婚約がなかったことになると思っていたかもしれんが、そんなことは不可能だ」

「どうしてそんな浅慮なことをなさったのですか!?」

アンリ様驚くのと同時に僕も初めて知らされた事実に、兄の頭を疑った。

誓約書を国王同士が交わすことは、ものすごく拘束力があるのだ。魔法で厳重にお互い拘束しあい、もし破れば最悪死さえも覚悟しないといけない。もう少し優しい破棄条件だと、国土を壌土したり、莫大な違約金などになる。

簡単に国家間の条約が破棄されないためのものだが、そんなものをあんな小国交わしあうなんて。

「私が国王だ! アンリ、貴様はユアリスを手に入れて国王と同等になれるとでも思っていたのかもしれんが! お前は臣下だ! ユアリスは貴様だけには娶らせぬっ! 不道徳なユアリスにはあの豚のようなディアル国王が相応しいのだ! 秘薬が効いているのなら調度いい。今日が本来ならお前がディアルに輿入れする日だ。ディアル国王にせいぜい慰めてもらうが良いっ!」

「兄上っ……」

最早何を言っても、兄上には通じないのだと分かった。心も体も交わした、もう夫というべきアンリ様がいると分かっても、アンリ様を敵に回すことが分かっていても、国民からも貴族からも理解を得られないのに、それでもアンリ様と僕を引き離すつもりなのだ。

「アンリ様っ!」

アンリ様なら助けてくれる。いっそ兄を殺して、アンリ様が国王になったほうが皆喜ぶのに。誰が見たって兄とアンリ様なら、アンリ様のほうが国王に相応しい。

「陛下がそうおっしゃるのなら、私は臣下として命令に背く訳にはいきません。ユアリス、ディアルに行くんだ」

「そんなっ……アンリ様っ僕を妻にしてくださると……」


僕がアンリ様と叫んでも、アンリ様が連れて行かれる僕を振り返りはしなかった。

僕がどんなに泣いてアンリ様の名前を呼んでもだ。



そして僕はディアルに連れて行かれ、側室としてのお披露目をされることになった。





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