公爵家に嫁ぐということは、ただ自分の仕事だけをしていれば良いという訳ではない。
社交もする必要があるし、何よりもまず期待されることが跡継ぎだ。
代々莫大な魔力を持つ家系であり、国の軍事を一手に引き受ける。それがこの公爵家の役割だ。
できるだけ魔力の高い男子を産む。それが俺に期待されたことであり、使命だった。そうでなければ、隊長は俺と結婚をしなかっただろう。俺が魔力が高い。それがおそらく一番の結婚を決めた理由だろう。

だから俺は隊長の子どもを産む義務がある。そのつもりだった。

けれど今は産むわけにはいかない。
隊長の子どもではない子を孕む可能性が高いからだ。

俺は出来るだけ自衛はした。ユーリと性交をする時は、避妊薬を飲んだ。しかし効き目ほどは不明だ。
何故なら、妊娠は夫の魔力の高さ及び、その意思が左右することが大きい。妻のほうでコントロールすることはできないのだ。
勿論ユーリは夫ではない。だからユーリの子を孕むわけにはいかない。

「ねえ、今日で兄さんがクライスを抱いた回数よりも、俺のほうが多くなったよ。俺のほうがクライスのこと愛しているって、これで分かるだろう」

「……そんなことで証明してもらうまでもなく、分かっている」

わざわざ数えていたのか、とか、馬鹿馬鹿しい比較をするまでもなく隊長よりもユーリのほうが遙かに俺に執着している事は今さら証明するまでもない。

「でも、当分クライスのこと抱けないな。残念だけど」

「え?」

勿論歓迎するべきことだ。ユーリから俺に触れないと言い出している。けれどその真意が分からない。

「今日クライスの中に入って感じたんだけど、魔力が乱れている。俺も医者じゃないけど、間違いないと思うよ。クライスは俺の子を妊娠している」

とてもとても嬉しそうな顔で微笑む男。

けれど俺にとっては死刑を宣告されたも同然の言葉だった。いや、実際に死刑にしてくれたほうがマシだ。

「う、嘘だっ!」

「嘘じゃない。自分でもそのうち分かるようになるよ。魔力が使えなくなっていって、俺の子を孕んでいる実感がわくようになるはずだ」

「お前の子どもとは限らない!!!……隊長の子だって確率はあるはずだっ!」

ユーリと隊長とは同条件のはずだ。二人とも同じくらい魔力が高くて、そして俺とは同じくらい相性が悪い。

「まあ、確率からいけばね。けど、俺のほうがクライスを愛しているから、きっと俺の子だよ。早く会いたいな。俺の赤ちゃん」

きっとユーリからしてみれば、とてもとても愛おしそうに俺の腹に顔を寄せる。しかしもう駄目だった。もうこれ以上は無理だ。

「いやだっ……絶対に産まない! お前の子なんて産むはずないだろう! 堕胎してくるっ!」

「兄さんの子どもかもしれないのに? 愛する夫の子を堕胎するんだ?」

「お前がっ! お前が自分の子だって言ったんだろう!?」

「そうだよ。俺はそう信じているけど、もしかしたら兄さんの子かもしれないのに、殺すんだ。この子を」

「だって、お前の子かもしれないのに、産めるわけないっ!」

「どうして? ばれないよ。俺も兄さんも良く似ているから、俺に似て生まれても誰も不思議には思わないよ。きっと兄さんに良く似た子どもだって信じてもらえるだろうし、魔力だって同等だ。どっちに似てもクライスが疑われることなんかない」

どうして、不義を犯しておきながら平然とばれるはずがないから産めなんて強要できるのだろうか。ばれないという問題じゃない。ユーリの子を産みたくないだけなのに。

「産むんだ。良いね? そうだな。できないだろうけど、堕胎しようとしたり死のうとしたら、兄さんを」

「殺すって言うんだろ! もう聞き飽きたっ!……その言葉のせいで俺はたくさん罪を重ねてしまって、お前の子なんかをっ」

「俺は、絶対に俺の子だって信じているけど。そうだね……クライスは俺の子を兄さんの子だって信じて産めばいいよ。それを希望にして、俺の子を腹の中で育てて、産むんだ。良いね?」

二週間後、魔力が完全に使えなくなったせいで、妊娠している事は決定的になった。

公爵家は喜びに沸いた。
甥が生まれるユーリも兄夫婦の妊娠を自分のことのように喜んでいた。

そして俺はどこにも逃げ場所がなくなった。

50%ある。隊長の子どもである確率は50%あるはずだ。だったらお腹の中にいる子は隊長の子だと信じて産むしかない。堕胎も死ぬ事も隊長に打ち明ける事も、全てユーリに封じされて、俺はそれだけを信じて、子どもを産んだ。

産んだ子は……髪の色は俺に似ている。顔立ちはどうだろうか。まだ生まれたばかりで誰に似ているかなど分からなかった。

「公爵家の跡取りができたね。クライスありがとう」

義両親や隊長、それにユーリからも口々に祝いの言葉が浴びせられた。この中で喜んでいないのは俺だけだった。

「陛下からは、王位を継いでくれる男子も欲しいと言われたんだが」

「次は兄さんが頑張る番ですね」

「そう言うな。クライスにもう一人頑張ってもらえれば、王位と爵位両方継ぐ男子が生まれるだろう」

また子どもを産むなんて無理だ。この赤ん坊がお腹に入っている頃から、どれだけ罪の意識を感じながら育ててきたと思っているんだ。

「クライスは疲れているようなので、そろそろ休ませてあげましょう」

「そうだな、気がきかなかった。クライス、頑張ってくれたな。よく休んでくれ」

そう公爵家の者たちは出て行って、俺と赤ん坊だけが残された。

じっと顔を見るが、やはりどちらの子かは分からない。分かりようがないんだ。父親候補が赤の他人なら、魔力の質や顔かたちで判別がつくかもしれない。けれど良く似た兄弟どちらが父親かなんて、誰にも分かるはずがないんだ。

「クライス……ありがとうね。可愛い俺の子を産んでくれて。髪の色がクライスに似たのが良いね」

二人にされた寝室に、赤ん坊の叔父のはずの男が入ってくる。

「お前の子どもかどうかは……誰にも分からない。俺にも、お前にもな」

「ううん、間違いなくアンジェは俺の子だよ」

「アンジェ?」

「そう、この子の名前。この家では父親が名づけるんだよ」

「ふざけるな! 例えお前の子だったとしても、お前が名づけることなんてできるわけないだろ! だいたい絶対に分からない。お前の子か隊長の子かは。だから俺は隊長の子だって信じる」

「分かるよ。アンジェはね、100%俺の子だよ。半分の確率でもなければ、俺の妄想でもなんでもない。絶対に、俺の子なんだ」

「……そんなことあるはずない」

「あるよ。さっきの父上や兄さんの会話、よく聞くとおかしくなかった? 違和感なくクライスは聞いていたみたいだけど」


さっきの会話?

――――陛下からは、王位を継いでくれる男子も欲しいと言われたんだが

――――次は兄さんが頑張る番ですね

――――そう言うな。クライスにもう一人頑張ってもらえれば、王位と爵位両方継ぐ男子が生まれるだろう

……この赤ん坊が隊長の子なのだと思っているなら、確かにつじつまが合わない。

次はユーリが頑張る番となるはずだ。隊長が結婚して子を儲けたのだから、次は独身のユーリの番といわれるはず。

「……どういうことか分からない」

「だからね……初めから、クライスと結婚したのは俺だったの」

「そんなはずないっ! 俺は隊長と結婚したはずだったし……隊長に抱かれて……」

「暗示をかけたんだ。俺が兄さんに見えるようにって。あ、精神制御魔法じゃないよ。これはね、心を強制的に変えるから、難しいんだ。けど、暗示はね結構簡単なんだ。だってクライスは兄さんに愛されたかったんだもんね。望む未来を与えてあげれば、結構簡単に俺が兄さんに見える」

そうか、騙されていたんだと何故か簡単にその事実は受け入れられた。
当たり前だ。俺と隊長が結婚できるわけなかったんだ。あの人は誰も愛さない。俺なんかが選ばれるはずはなかった。
ユーリに騙されていたと言われたほうが納得できた。


「俺、どうしてもクライスを手に入れたかったから、兄さんとして結婚しても良いかなって思ったんだ。兄さんとしてでもクライスと一生一緒に過ごせるんだ。それでも良いって初めは思って、クライスと結婚した」

でもさ、失敗したなって思った。
だって凄くクライス幸せそうなんだもん。兄さんだと思っている俺に抱かれてるの物凄く嫉妬したんだよ。本当の相手は俺なのに、クライスは兄さんだって思っているわけだろ?
で、俺に抱かれてても、俺だって思ってくれないんだもん。俺に微笑みかけても、実際には兄さんにしていると思っているだろ?クライスは。
俺の腕の中で喘いでくれても、クライスが見ているのは俺じゃない。
せっかく手に入れたのに、一見幸せな夫婦にしか見えないはずなのに、酷いよね。

「……どっちか酷いんだ!」

俺もね、諦めれると思ったんだ。形はどうあれ、俺はクライスを手に入れて、クライスは俺を受け入れてくれて。
俺はそれだけで満足しなくちゃいけないって言い聞かせたんだ。
俺はクライスと一緒にいれて、たとえ俺を見てくれなくても幸せじゃないかって。
クライスも兄さんと結婚できたって思い込んでいて、お互い幸せで、我慢しないといけないって。

でも、やっぱり俺を見て欲しくてたまらなくなったんだ。兄さんとして愛されるのに我慢できなくなったんだ。
クライスを抱いている兄さんは俺なんだけどね、でも俺は兄さんの姿をした俺に嫉妬した。兄さんだと思って抱かれるクライスが許せなかった。俺自身を愛してくれたらって何度思ったか。兄さんを愛するクライスを見ると、兄さんを殺したくて仕方がなかったよ。

「俺ね、最後の足掻きで俺が暗示を解くときはね、クライスがね、兄さんよりも俺を好きになってくれたらって初めに条件付けておいたんだ。だから、兄さんとして夫婦を続けながら、俺としてもクライスに愛されないか迫ってみたんだけど。夫婦仲が円満でそれはまあ、無理だよね……物凄いジレンマだったよ。結婚しないで俺として求婚し続ければよかったかな、でもそれじゃあ何の進展もなかったし。とかね、色々考えて、まあ良い機会だから……俺の子を産んでくれたのを機会にクライスに全てを話すことにしたんだ。初めから、全部俺だったんだよ。クライスの処女を奪ったのも勿論俺。クライスを妊娠させたのも勿論俺。アンジェの父親は当然俺。俺しかクライスを抱いてない。だってね、兄さんにクライスを抱かすことなんかできるはずないだろ?」

暗示でクライスは兄さんに抱かれている、そう思われていることさえにも嫉妬するのに、どうやって俺がクライスを兄さんに渡すと思う?

「だから、アンジェはね。俺の子以外ありえない」

「止めろ!……どうしてっ……こんな」

事実には納得した。
ユーリの性格なら、きっとこの現実のほうが真実なのだろう。隊長と結婚し、愛がなくても大事にされていたほうがフェイク。

「騙すなら、最後まで騙しきろよ!」

「それができなかったって言っただろう? 兄さんとして愛されるくらいなら、俺として憎まれたい。今日この日をばらすタイミングにしたのは、クライスに生きていてもらいたかったから。生かすことは簡単だけど、妊娠中あまり魔法で縛るのはお腹の子に良くないしね。兄さんの子かもしれないっていう思い込みが、今日まで必要だっただけ。今日からは、俺がクライスの正真正銘の夫だよ?」

ユーリの子のアンジェと名づけれらた息子と、周りはずっと夫婦だと思っていた俺の夫のユーリ。俺だけがユーリが夫だと知らなかった。

「馬鹿だな……もう、お前は俺を脅迫する道具はなくなったんだぞ? 俺はお前からもう自由になれる」

「死んで自由になるつもりか? それを俺が許すとでも?」

「だったら俺を人形にしてくれ……じゃないと、もう無理だ」

「そう……どうあっても俺のこと好きになってくれない? 憎んだままでもいいんだけど」

クライスが側にいてくれるならね。

「憎んでいるけど、それ以上にもう生きていたくない」

とても疲弊してしまった。この二年、どれだけ俺が隊長に対する罪悪感を持って生きてきたと思っているんだ。何度も何度も死を考え、どれだけ申し訳ないことをしたと思い続けてきたか。

けど、そんな事実なんてなかった。隊長は俺の夫ではなかった。夫だったのはこの酷い男のユーリだけだ。こんな男と一緒に生きてはもういけない。

「そう……魔力のないクライスなら簡単に俺の精神制御魔法がかかるよ。クライスが望めば、ずっと制御下にいられる……ちゃんと俺を愛せるようになるよ、心から」

もう、何も聞こえない。
でもそれで良いんだ。



*
ユーリたんの自作自演でした。だってユーリたんだよ!隊長に渡すはずないw
騙されていた純粋な人・・・いましたか?



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