どうしてあの時、舌を噛んででも死のうとしなかったのだろうか。そうするべきだった。
例え無駄なことだとはいえ。
目の前で死のうとしても、ユーリなら簡単に死なせてはくれなかっただろう。治癒魔法で簡単に蘇生措置が出来る。
俺がすることはユーリの前では、全て無意味なものになる。

隊長やユーリ隊長は人と比較してはいけないほどの魔力と生まれながらの王族の一員として強大な権力を持っている。
俺はこれでも士官学校は主席で卒業をして、出世も早すぎるほど早いと言えるだろう。
それでもユーリを前にするとまるで子どものように、無抵抗になってしまう。いや、抵抗しても子どものように無力なだけだ。

「ほら、クライス、あーんして。美味しいよ?」

「……こんな時に、食欲が出るとでも思っているのか?」

ユーリ曰く、新婚さんらしいことをしようよと、ベッドの上に並べられたブレンチ。宿舎だというのに、おそらく最高の食材を使って作られたそれは、通常ならとても美味しいだろう。
しかし今の俺に食欲どころか、味が分かるかすら疑問だった。

「俺はお腹がすいているけど? だってたくさん運動したからね」

夜勤明けにユーリの宿舎に引っ張り込まれた俺は、ユーリに散々陵辱された。
もう初めてでもない。
ずっと隊長を裏切っている。

しかし、どうすることができるのだろうか。

ここで騒いだら、誰かは助けてくれるかもしれない。しかし公爵家の醜聞が露見してしまう。大人しく連れ込まれるしかない。そして俺は隊長を裏切り続けるんだ。

正直に隊長に話すことも考えた。離縁することも、処刑されることも、厭うわけではない。当然の処分だ。
俺は殺されて当然のことをしているし、強要されたからといって、隊長を裏切った事は変わりない。いっそ死ねたほうがどれほどマシだっただろうか。

しかしこの男は、隊長に話したら、『そうだね……兄さんに話して楽になろうなんて駄目だよ。絶対に逃がさないからね。死んで、俺から逃げようと思っているんだろ? そんなこと考えるだけ無駄な労力だし、もし兄さんに守ってもらおうと思うんだったら……そうだね、兄さんを殺そうかな? できないとでも思う?』と笑っていった。

守ってもらおうなんて思わない。隊長を裏切った俺がいまさら隊長に助けを求める資格なんかない。
ただ、これ以上ユーリの玩具になりたくなかっただけだ。

だけど、ユーリの意向を無視しようとするのなら、兄まで殺すと脅迫をされては、もう俺に出来ることはただ、口をつぐんで耐えることだけだ。

「ほら、食べて。しょうがないな、俺の奥さんは食べさせてあげないと、食べてくれないんだから」

ユーリは布団に丸まってできるだけユーリから離れるようにベッドに横たわっていた俺を抱き起こすと、後ろから抱きしめながら無理矢理食事を取らせようとする。こうなると拒否するよりも食べたほうが早い。案の定何の味もしないそれを無理矢理咀嚼する。

「どうして……こんなことができるんだ? 頭がおかしいんじゃないか? 俺はお前の兄の妻でっ……お前の妻じゃない!」

俺の奥さんと呼ばれるたびに、虫唾が走る。生涯どんな事があってもユーリの妻になる事などありえない。例え、ユーリが隊長を殺したところで、兄嫁を妻に迎える事は法律が許していない。

「愛しているからだよ。愛しているから、兄の妻だろうが関係ない。俺のものにするだけだ」

「隊長に申し訳ないとか少しも思わないのか?!」

「ううん、全くこれぽっちも思わない。むしろ何で弟が妻を寝取っているのに気がつかないんだろう? と不思議には思うけどね。俺だったらクライスの行動を全部監視して悪い虫がつかない様に、ずっと見張っているのに。そうしないで平然と寝取られているってことは、クライスのことなんか愛していない事の証明だろ?」

確かに隊長は全く気がついている様子はない。彼ほどの魔力の持ち主なら、知ろうと思えば分からない事などないはずなのに。それだけ俺の事を信用してくれているのか、それほど関心がないのか。
どちらにせよ、愛しされていないことくらいは分かっている。愛だけはこの男のほうが勝っている。それだけは認める。

「お前はずっと見ているっていうのか?」

「そうだよ……クライスに自殺でもされたら嫌だし。他の男に身を任せられても、ね。だから俺はずっとクライスを危険から遠ざけるように、見ていてあげている」

「じゃあ……俺が夫に抱かれている姿も見ているのか?」

こんなことになって、俺は隊長に二度と触れられる資格なんてないと思っていた。事実、何度か夜の誘いを断わったが、そう何度も通用する事ではない。疑惑をもたれないように、ユーリに抱かれた同日に、隊長に身を任すことも当然あった。

「見ているよ……凄く、凄く……身を切り裂かれるような想いだよ。クライス……兄さんを何度殺そうかと思ったか。でもどうして殺さないか分かる? クライスへの人質だよ。生かしておかないと、クライスはすぐ死のうとするだろうし。死ぬのを邪魔するのは簡単だけど、俺は気高いクライスが好きなんだ。人形にするのは最後の手段だと思っているからね」

隊長が殺されたら……それこそユーリだって死闘になるだろうが、不意打ちをかければユーリが勝てるだろう。そうしたら、無理矢理ユーリが俺を生かそうと思っても、俺はもうユーリの言うように人形としてしか生きていけないんだろう。
けれど、俺は人形として生きたほうが余程楽だ。今すぐにも、この感情を殺してくれたら。あとはこの身体なんか自由にすれば良い。
出来たければ抱き潰せばいいし、孕ませたいんだったら好きにすれば良い。

「ねえ、どれだけクライスは罪深い人なんだろう? だってこんなに俺を嫉妬で狂わせようとしている。全部ね、今辛いとしたら、それは俺を愛さなかった罰なんだよ。クライス」

そのまま、俺を後ろから抱きしめたまま、俺はまたユーリに汚されてく。

「ねえ、俺の事を好きになって? そうすれば全部上手くいくのに」



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