▽ 23
言い聞かせるように、なるべく穏やかに言ったつもりだった。なんて馬鹿なことをとは言わなかった。例え、自分が驚愕のあまり呼吸を忘れそうになっていたも、皇帝らしく、昔簡単にライルを切り捨てたあの頃のように自分を保つために。
「俺は…皇帝だ。お前に返せる気持ちなんか!」
そんなものは許されていない。
広大な帝国を維持していくために、個人の気持など許されない。
ユインは皇帝で、ライルはいずれ帝国屈指の公爵家を継ぐ立場だ。
何も許されない。
「俺はお前に酷いことをした!…そのまま憎んでいてくれ!」
皇帝として自分の立場を誰よりも理解していた。
だが失敗したことは、この目の前の少年だ。いや、もう少年とは呼べない。もう立派な青年になっている。
皇太子を生むのなら、元老院に押し付けられた男たちの中から選ぶべきだった。帝国のためと言いながら、目の前の青年を選んでしまったことが、ユインの間違いだった。
「良いんです!……」
ライルの叫び声が胸に痛い。
「愛人で良いんです!種馬になれというならなります!……貴方とそばに居させて下さい…どうか」
「ライル……」
遠い昔は皇后でさえも近づけないで欲しいと願った少年が、愛人にしてほしいと頼む。
「ライル……お前はこれから結婚して」
婚約者がいたはずだった。公爵家として体裁の好い。
「貴方に他の誰にも触れて欲しくないんです!……触れないで欲しいんです。他の男の子なんか生まないで欲しい!俺は結婚なんかしません」
ちゃんとした実子が、きちんと自分の子どもと呼べる後継ぎができるはずだ。
「どうして……憎んだままにしておかないんだ。俺と一緒にいたって、幸せになれない」
「あの女は……愚かな女です…俺と同じように」
「え?」
「あの女も俺も同じようなものだ。本当はきっと、皇后も貴方を愛していた。ただ、貴方に愛されず、逆に憎んだ。あの女は、俺を鏡に写したように思えた……」
ライルはユインに捨てられ、皇后との間にできた皇太子の存在を疎んだ。
「でも、嬉しかった。皇太子殿下が俺の子で……あの女の子どもではなくて、貴方が選んだのが俺で…血統としての価値でも、俺を選んでくれて嬉しかったんです。他の男の子どもを産まないでくれて」
そんなふうに笑わないで欲しい。ただ、利用しただけだったのに。ライルだったら抱かれても我慢できると思ったから。ただそれだけだったのに。
ユインを欲しがるライルの気持を弄んだ。
「皇后と同じにならなかったのは、貴方が俺を選んでくれたから…愛していただけなくても、少なくても、元老院が差し出した男よりも俺を選んでくれた……それで十分でした」
「十分だなんて!っそんな悲しいことを言うなよ!」
もっと違う人生が送れたのに。少年時代を無茶苦茶にしたのに。
だけどこれからやり直すことができる。なのに、ユインの傍にいたらそれもできない。また同じ思いをさせることになってしまう。
「愛人で良いんです!……他の男に抱かれる貴方を見たくない!どうか俺をそばに置いてください」
「駄目だ!お前は覚えていないのか!…俺がお前を捨てた時のこと!きっと同じことを俺はするぞ!」
「貴方は皇帝です。覚悟はできています」
「一生、お前は自分の子どもを、自分の子どもだとは言えない。父親だとも名乗れない」
「分かっています」
「分かってない!俺が嫌なんだ!」
恋人だとも言えない。一生ライルは日陰の身でしかない。誰よりも可愛がった少年をこれ以上、ユインの身勝手で振り回すことをしたくなかった。
「俺は……お前を利用することしかできないっ!」
「それで良いんです!」
「ライル…勝手だけど、俺は……お前に幸せになって欲しかった」
自分が一番彼を傷つけたくせに、それと矛盾する思いで、ユインはライルの幸せを願った。
このまま彼を自分の傍にいさせたら、また過去の二の舞だ。同じ思いをさえるくらいなら、傍に居させてはならない。
自分は少年だった頃のささやかなライルの願いうら叶えてやれなかった。皇帝といっても、いや、皇帝だからこそその地位に縛られる。
「愛しています…俺のことなんか考えないでください。ただ俺だけをそばに置いてくれれば……なんの言葉も約束も欲しがりません」
「ライル……お前は馬鹿だ」
例え彼だけ傍に置くとしても、本当にただそれだけしかできない。それなのに、全てを分かっていて、それをライルは望む。
「俺は……昔からお前のお願いに弱いんだ、ライル」
「陛下」
「だから、できるだけは叶えてやりたいって、そう」
抱きしめられて、ライルの言った通りもうそれ以上言葉はいらなかった。
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