▽ 24(完結)
「陛下、息子の婚姻の許可を頂きにまいりました」
貴族の結婚は自由にすることはできない。特にライルの家のような名家は婚姻によって勢力図がガラリと変わってしまうことがある。必ず皇帝の許可が結婚には必要だった。
「公爵……相変わらず強引だな。だが、ライルは嫌がっている」
ライルが拒否しているのは父親の公爵が誰よりも知っているだろうに、外堀から埋めていく作戦なのだろう。
「ライルは公爵家の跡取りです。結婚も跡継ぎを作ることもあれの役目です」
「それは分かっているつもりだ…だがライルにはずいぶんと無理をさせただろう?ライルの跡取りは、公爵家の跡取りは皇族から出す……それで良いだろう。あとはライルの好きにさせてやれ」
血縁が途絶えた家系には、皇族から臣籍に下り爵位を継ぐことがままあること。たいして珍しいことではない。
「ですが!」
ちゃんとした跡取りがいるのに、直系の血が残せないことに納得はしがたいのだろう。例え皇帝の命令であろうとも。
「俺の次の子どもを公爵家に約束する。系図では直系ではなくなるが、次の皇帝も、公爵もお前の家の血だ。それでは不満か?」
暗に次に産む子どもの父親を約束したのだ。
何も明文できない、公言もできない。
だが皇太子一人では不安だと、次の皇子も催促されているこの状況で、次の皇子の父親を偽るとは思わなかったのだろう。事実必要だ。自分の孫が皇帝で、次の皇子が公爵家の養子になることに不満はないだろう。
「いいえ、皇子を後継ぎに頂けるのでしたら、こんな光栄なことはありません。ライルのことは陛下にお任せいたします」
「ああ…下がってくれ」
ユインは大きくため息をついた。こんなことしかできない自分に、これで本当に良かったのかとの思いで。
「陛下…お疲れですか?」
控えていた、近衛隊長にそう声をかけられる。
「いや…」
「陛下」
誰もいなくなった執務室で、ユインに跪く一人の青年。ユインの組んだ左足に口づけ、段段と上に上がっていく。
首筋にその唇が押し付けられ、ユインはそっとその唇を剥がすと、優しく頬を撫でた。その様はもはや、皇帝と皇帝を守る近衛隊長の域を完全に超えていた。
「結婚、したくなったら何時でも言えよ」
「意地悪を言わないで下さい」
「意地悪か?」
そのまま引き寄せてそっとキスを落とす。ユインのほうが背は低いが、相手は膝をついている。そのまま、黒髪が乱れるのも構わず、抱き寄せる。
「意地悪ですよ」
これが精一杯だった。
こんなことしかユインは彼にしてやれない。帝国は一夫一妻制で、皇后は失脚し捕えられているが、次の皇子のために対外的には皇后はそのままだ。例え本人が処刑されいなくなっても。そうしなければ、皇子の母が存在しないことになってしまう。
新たな皇后を迎えるのも一つの手だが、これ以上目の前の存在を悲せませたくない。
子を産むこともできない、皇后として迎えられる女も可哀想だ。これ以上どんな犠牲も出したくはなかった。
「俺は幸せですよ……陛下が思うよりもずっと」
ユインの葛藤を悟ったのだろうか、そっと微笑む。
「ずっと、貴方を愛します。貴方の帝国も、皇太子殿下も。それで、貴方が俺の傍にいてくれるなら」
「ライル…何もやれないけど、俺の愛人はお前だけだ」
それがユインにとっても精一杯の誠意であり、返せることできるただ一つのものだった。
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