▽ 22
「皇后を捕らえろ」
抜いた剣はユインではなく、皇后に向けられた。
「何を!」
自分に向けられた剣が、立場が逆転したことに気が付いたのだろう。ライルだけではなく、ユインにまで睨み付けた。
「私は皇后よ!こんなことをして許されると思っているの!」
「思っていますよ…貴方はもはや、皇后ではなく、ただの女だ……それも皇帝と皇太子を殺そうとした重罪人だ。こんなに簡単に騙されて尻尾を出すなんて、本当に愚かとしか言いようがない女ですよ、皇后陛下」
連れて行けと、近衛の部下に命令すれば、騙したとライルを罵る罵声が部屋中に響いたが、やがて姿が見えなくなるとその声も聞こえなくなった。
「ライル……お前」
どうしてこうなったか、騙されていた皇后と同じようにユインも皆に騙されていたのだ。
「愚かな女です……良く考えなくても、皇后たちと手を組んで俺たちに利益などないのに」
「お前が……皇帝になるなら、利益がないわけではないだろ」
力が抜けて立っていられなかった。殺されると思っていたのだ、仕方ないだろうと抱きしめていた皇太子をベッドに横たえて、自分も腰を掛けた。
「あいつらが持ちかけた条件は、旧アーリエルスだった領土、さらに帝国領の分割まで要求ですよ……馬鹿馬鹿しい。更にあんな女を俺の皇后に?確かに公爵家は暗躍するのは好きですが、裏で帝国を動かすのが好きなだけです……だいだい今まで幾らだって簒奪できたけれど、帝位は望んだことはなかったはずです…領土を減らしてまで皇帝になるなんて無意味ですよ。これでも我が一族は帝国第一の軍閥です……侵略することは好きでも、領土を減らすことなんか我慢出来ませんよ」
「そうかもな……」
「でも、陛下は信じましたね……俺が貴方を殺すと、あんな女と俺が結婚までして」
冷たい目で見下ろされて、ユインは視線を合わせることが出来なかった。
「俺は……それだけのことをしたから」
ライルに憎まれて、殺意を持たれて当然だった。子どもだ子どもだと思って、何も真実を告げず、突き放してた。
「だからこの俺が、貴方を!殺すのですか?そう一瞬でも疑ったんですか?」
「憎んでるんだろう……?俺を」
ライルが何に対して怒っているのか分からなくて、騙されていた時以上に困惑した。
「俺がどうしてこんな面倒なことをしたと、思っているんですか!?」
「それは……」
「実家の利益のため……?馬鹿馬鹿しい!貴方はそう言いたいでしょう!実際父たちはそうでしょう!……でも、俺は違います」
ユインを騙してまで、皇后をはめたのは、決して実家のためでも何でもない。そう、殺意さえ感じさせる視線でユインをなじった。
「俺は……貴方が憎いんです!……憎くて、憎くて……いっそ、貴方をこの手で殺せたら……」
ライルの腕が伸びてくる。少年だったあの頃とは違って鍛え上げられた軍人の手をしていた。
「ライル」
立場さえ忘れられたら、ユインはライルに殺されても構わなかった。皇帝でさえなかったら。何度そう思っただろうか。そしてそれはライルも同じだろう。
「憎くて、憎くて、でもっ……!」
ライルの手がユインの首に絡まる。だが、そのまま力なく、腕を落として跪いた。
「でも!まだ愛しているんですっ……貴方は、こんなに、酷い人なのに」
「ライルっ!駄目だ」
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