▽ 19
「陛下……皇太子殿下は?」
「ああ……解毒も上手くいった。大丈夫だろう」
その顔は慈愛に満ちていた。親の顔だ。いや、あの女の言うことが正しいのなら母親の顔と言うべきなのかもしれない。
「陛下…皇子は俺に似てますか?」
「……」
ユインは黙っていた。驚いた顔は見せていない。ただ酷く無表情で、それがライルを苛立たせた。
「俺が父親なんですか?」
そうだと答えを聞かなくても分かった。わざわざ皇后が、あんな屈辱的な嘘をつく必要はないのだから。
皇太子の皇后に似ていると思っていた黒髪も、元を正せば皇族特有の黒髪だ。ライルは皇家の血そのものの容貌を持っている。皇太子は皇后に似たのではなく、自分に似たのだ。
「お前の血筋が欲しかった……それだけだ」
ユインは否定しなかった。
「皇后がおかしくなるのも分かりますっ!……俺の血?!俺の初恋を叶えてくれたわけでもなく、貴方は!……自分の目的のために俺の気持ちを利用したんだ!」
「否定はしない」
「酷い方だ……言い訳一つしていただけないんですね」
もし自分を愛してくれていたから、ライルの子どもが欲しかったから、そう言ってくれたのなら、ユインを許すことができただろう。
「なんて?許してくれとでも謝ればいいか?」
「いいえ……臣下である私の許しなど何故必要でしょうか?陛下貴方は、私に命令すれば良かったのです。帝国のために種馬になれと……」
「ライル……」
十二の自分でも、親族からそう言われて送り出されれば、喜んで従っただろう。ユインを愛していたから、皇太子を作って来いといわれれば、喜んでその役目を受けただろう。
「始めから知っていれば、自分の立場を受け入れたでしょう。今更操り人形だったと知るよりはよほどマシでしたよ」
誘拐、毒殺、命を狙い続けられ、死んでしまえばいいと思っていた少年が、今頃自分の子どもだったと知るぐらいなら。
ライルはユインが憎くてたまらなかった。平気な顔で、ライルの子どもを生んで、素知らぬ振りだ。
皇太子が死ねば、また血筋の良い男を選んで産むことぐらいするのだろう。昨夜、またライルにユインを抱かせようとしたように。
「お前には生涯知らせるつもりはなかった……」
「でも知りました!この年で子持ちなんて、最悪です!気持ち悪い!」
吐き捨てるように叫ぶと、僅かにユインの表情が陰った。ただほんの少しだったが、自分がユインに痛みを与えられることに暗い喜びを感じた。
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