▽ 20
「ライル……」
誰がライルに、真実を暴露したのだろうか。
皇太子の出生の秘密を知るものは多くない。
特に、ライルの実家である公爵家の力で戒厳令が敷かれ、守られているはずだ。逆らうだけの勢力のある貴族はいない。
公爵家も、皇太子が自家の血引くことを条件に、永遠にライルには真実を話さないと約束させた。
こんな顔を見たくなかったから。ライルの傷付いた顔は見たくなかった。こんな顔をさせたかったわけではないのだ。自分がライルを利用する分、ライルの幼い恋を少しの間だけでも成就させてやりたかった。ただそれだけの思いで、ライルと寝た。
こんなに引きずらせるつもりはなかったのだ。
いいや、違う。そんなのはただの言いわけかもしれない。自分が嫌だったのだ。
自分はこの国の皇帝で、やらなければならないことがある。ライルを利用してもだ。ただそれをどうしてもライルには知られたくなかった。
こんなふうに汚いものを見るかのような顔をされたくはなかった。弟のようだった彼はユインの逃げ場所だった。彼だけは絶対にユインの味方で、可愛い弟で。
「ごめん……俺でできるなら、できる限りのことはするよ」
ユインに会いたくないがためだけで、輝かしい未来を捨て公爵家の嫡子に相応しいとは思えない辺境にまで行かせて、自分はライルの未来を滅茶苦茶にしている。その自覚はあった。
結婚の話も出ているという。だが、初恋をあんなふうに終わらせられたライルは貴族に有りがちな政略結婚とはいえ、何もかもが厭わしいかもしれない。
ユインの持つ権力の限りで、ライルの望みを叶えてやりたいと思った。
それが自分善がりな贖罪だったとしても。
自分に会いたくないのだったら、そうしてやってもいい。自分の子供とはいえ、皇太子にも会いたくないのだったら、それでも良い。
「欲しいものがあります」
「何だ?」
たいていの物は用意できる。仮にも自分は皇帝だから。
「帝位を頂きたいのです」
「……無理だ」
ユイン一人だけしかいなければ、いずれはその可能性もあったのかもしれない。皇族の血を濃い引くライルならば。
「皇太子がいる。お前に帝位を譲ることはできない」
皇太子がいなくても、直系以外に皇帝位を譲るのは国が乱れる元だ。だからこそ、ユインは皇太子を生む必要があった。
「皇帝も、皇太子もいなくなれば、何も問題はないでしょう?」
「……お前」
一瞬何を言われたか分からなかった。
皇位を狙える血筋ではあったが、ライルが皇位を欲したことなど過去にはなかった。ユインが手に入る権力が欲しかったと、寝台の中で囁かれたことはあったが、野心というものはない少年だった。
茫然とユインはライルを見上げるが、ライルは表情一つ崩さない。能面のようだった。
「誰かっ!」
皇帝と皇太子のいる部屋だ。呼べばすぐ護衛がいる。ライルを危険にさらすつもりはなかったが、冷たい目をしたライルを目の前にし、やはり不安だった。
ユインの声に近衛たちが入ってくる。
だが尋常な数ではなかった。ユインたちを囲むように十数人の兵たちが剣を向ける。
「お前たち?…」
ユインは寝ている皇太子を無意識に抱き寄せた。
皇帝に、皇帝を守る近衛兵が矛先を向けることはありえない。ユインは瞬時に悟った。ここにユインの味方はいない。いや、ここだけではないのかもしれない。ライル一人ができることではない。皇帝に剣を向けることは、命は保証されない。それをするということは、皇太子の暗殺に気を取られていたユインが知らない間に政局に変化があったのかもしれない。
皇太子を強く抱きしめると、ユインはライルを見つめた。
本当にライルが?どうやっても信じられなかった。彼が、幼いころから一緒に過ごしてきたライルが、自分を殺そうとしているのだろうか。
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