▽ 18
ユインなんかいなければ良い。そうしたら見なくても済むのに。
軽蔑しても、忘れたくても目の前にいられたら、どうしても意識しないではいられない。
「あら?……ライル様、何をしていらっしゃるの?……陛下に捨てられて、辺境に逃げてらしたはずなのに」
ユイン以上に会いたくなかった女、この国の皇后。
以前会った時はライルはユインの傍にいて、遠ざけられていたこの女を笑っていた。だが今は同じ身の上だ。同じ、見捨てられた者同士。
「皇后陛下…貴女は何を望んでいる?」
ライルに比べれば格は落ちるが名門の出。ライルとも血縁関係がある。皇后として、皇太子もいる。その栄華はこの国一のもののはずなのに、皇太子の暗殺など皇后にとって何のメリットがあるというのか。例え皇太子が皇后の子ではなかったとしてもだ。
ライルと同じようにユインに切り捨てられても、ライルは所詮ユインの愛人という過去があっただけに過ぎず、皇后は国母としての地位がある。
それなのに、どうして皇太子暗殺などに係るのだろうか。自分の息子でもいれば、他の女に産ませた子が皇太子の座についていたら邪魔だというのなら理屈はわかる。だがそうではない。
正直に答えるとも思わなかったが、ふと、そう疑問を口にした。何がこの女をそうまでさせるのかと。
「ねぇライル様、私こそ聞きたいわ。貴方は陛下が憎くはないの?貴方を弄んで、道具のように使って捨てた陛下が」
「貴方には関係ない」
ユインのことは特にこの女には触れられたくはなかった。形だけでもユインの妃である、誰からも伴侶と認められているライルがこの世で一番厭うこの女には。
それなのに、そのことに何の感謝もしていない。まるでそれが当然で、ライルがどんなに欲しがっても手に入れられなかったか、分からないだろう。
「関係あるわ!私は陛下が憎いの!……私がどんな思いでこれまでいたと思うの?世継の産めない皇后と嘲笑され、挙げ句赤の他人の子どもを押し付けられて!それも!私が原因でもないのに!陛下のほうこそ、子どもを生ませる能力がないのに!」
冷めた目でライルは皇后を見ていた。みっともないと。自分もユインに執着していた様はこんなふうに見えたのだろうか。今もそう見えるのかもしれない。
「それとも!皇太子が自分の子だから、道具でもライル様は構わなかったのかしら!」
「……え」
自分の子……?
一瞬言葉を失う。
十五歳だった自分とユイン。
もう用はないと、ある日突然捨てられた、あの日のことを鮮明に思い出せた。
「知らなかったのかしら?皇子が貴方の子どもだって!さすが血塗られた義王の血筋、その公爵家ね!たった十二歳の息子を権力のために差し出すのだから」
血塗られた義王の血筋とは、ライルの実家の公爵家をさす別称だった。公爵家は何度も皇家と血縁を結んだが、皇族ではない。だから皇帝にはなれなかった。その代わりに、正当な皇位継承権を持つものを傀儡にし、名より実を取り、宮廷を牛耳ったと言われている。その武力を持って、逆らうものはその血塗られた血筋と言われている通り、血を持って粛正した。
真実かは不明だが、昔ユインと同じく両性の皇子がいて、当時の公爵家の当主が無理やり皇子を産ませると、その子を皇太子として立てたと噂としては残っている。何代も前の皇帝のことなので真偽は確かめようはない。
ただ皇后の話が真実としたら、それと同じことをユインはした。そして公爵家も同意したのだ。
ただ一人ライルだけ何も知らないまま。
「可哀想に知らなかったのかしら?可哀想なライル様……その歳で一児の親!ただの種馬扱いされて、用が済めば捨てられ……悔しくはない?私は悔しいわ!……名ばかりの母親!皆、皇太子を産めなかった私を馬鹿にしている」
ライルの青ざめた顔から何もライルが知らなかったことを知った皇后は、狂ったように笑った。
「悔しいでしょう?ライル様……私たちなんて、ただの道具よ。陛下も公爵も、皇太子も!みんないなくなればいい!」
自らと同じ激しい気性を持つ皇后を、ライルは理解出来なかった。いや、したくなかった。あまりにも今の自分のこの行き場のない怒りが似すぎていたからだ。
ライルは幼い恋を簡単に片づけたユインを憎んだ。息子を道具のように扱った父も、全てが疎ましい。
皇后は子どもを産めない責めを受け、自分が産んだ子どもでもない皇子の母親にさせられる。
「ねえ、ライル様……同じ裏切られた者同士………」
「皇后……陛下」
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