▽ 15
皇太子の護衛は忌々しい以外の何物でもなかった。毎日のように執務の合間を縫って現れるユイン。その姿を目の前にする事で改めて思い知らされる。どんなにユインが皇太子を大事にしているかを。
ほんの数年前にはあれはライルだった。ユインの特別はライルのものだったのに。
「それにしても…本当に皇后は見ないな。自分の子どもが危篤だっていうのに」
ライルとザリアスは皇太子の部屋の片隅で小声で話していた。ベッドには瀕死の皇太子と心配そうに見守るユインがいる。
護衛は完璧だったが食事に遅効性の毒が入っていたのだ。毒味をした侍女は先ほど死んだ。
「何をどう調べても怪しいのは皇后だ……誘拐事件も毒殺未遂も全ての糸は皇后に繋がる……だからといって動機が分からない。自分の子どもを殺す理由は何だ?幾ら可愛がってないからって殺さないだろう普通は」
「さあな…ただ噂だけどな……皇太子は皇后腹じゃないって噂を聞いたことがある」
「それは陛下が他の女に産ませたと?」
あり得ない話ではない。皇后とユインの仲の悪さは有名だったし、そのような可能性もあるだろう。この帝国では皇后から産まれた嫡子ではないと皇位継承権は与えられない。だからそんな小細工をしたのかもしれない。
「いずれにしろ動機がはっきりしないと皇后を追及できない……仮にも相手は皇后だ」
身分は皇帝、皇太子に継ぐ地位だ。確固たる証拠なしでは手が出すことはできない。
「陛下が……話すわけないし」
「元老院が知っているだろ…要するに今元老院を仕切っているライルお前の父親だ」
「まるで俺の父親が黒幕だとでも言ってるようだな」
確かにそれくらいやりかねない父親だが、今ユインと同じくらい心配しているのも同じく父なのだ。権力の中枢にいて、実質的な皇太子の後見さえしている父が皇太子を暗殺する理由がない。
「公爵はあり得ないだろ」
「あり得ないけど、きっと重要なことを知ってる」
知ってるだろうがライルに話す気はないだろう。
「そこ。何こそこそ話している」
「いえ、たいしたことでは」
憔悴しているユインにこれ以上負担をかけるわけにはいかないので、二人は口籠もった。
「分かってる…皇后が怪しいということだろ?俺もこのままではまずいとは思っている」
連日の看病で少し疲れた声だった。しかししっかりともしていた。
「はい……皇后陛下は母方の血筋を辿るとアーリエルスの旧王家に辿りつきます。我が帝国に滅ぼされた血筋です」
自らにも流れている皇家の血筋は血に塗れた歴史でもある。貪欲なまでに領土を欲しがり、拡張し、争ってきた。どんな恨みを買っているか分かったものではない。
「皇后は本当に殺したいのは皇太子ではない……本当に憎み殺したい相手は多分俺だ。ただ皇太子のほうが狙いやすいからな……ただそれだけただろ」
ユインは何故自分の妃に命を狙われているか良く分かっているらしい。
「陛下……そこまで確信がおありなら、どうして私にお命じにならないのですか?一言で良いのです。皇后を……」
捕まえることも、証拠がないのなら、暗殺することでさえライルは厭わない。
「お前はいい……知らなくて良い事を知るかもしれない。本当はこんな仕事もさせたくはないんだ」
「また子ども扱いですね」
何時まで経ってもユインは自分を抱かせたばかりの頃の12歳の少年としか見ていない。それが歯がゆい。
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