▽ 8
特に反対もなく会議が進んだことに満足しながら、ユインは自室に戻る途中だった。皇帝の仕事は真面目にやろうと思えば切りがないほど多い。人任せにしてしまえば遊んで暮らすこともできるが、ユインの性分ではそれもできない。
「陛下……お久し振りでございます」
「皇后…久しぶりだな」
会いたくもない女に会ってしまって、疲労感が倍増したが無視するわけにもいかない。仮にも妻であるのだから。
「陛下、最近いらして下さらないので寂しいですわ」
そんなふうに甘えた仕草もするが、冷えきっている夫婦なだけに余りにも白々しかった。
「そんなふうに思っていただけるとはな……清々していると思っていたが?」
「まあ!…酷いことをおっしゃいますのね…こんなに陛下がいらっしゃらなくて寂しい思いをしていますのに」
甘えた仕草で擦り寄ってくる様子で、彼女の実家からキツク言われてきただろうことが分かった。
何時もはユインに対してですら、高慢な態度を崩さないのに、このままでは自分の地位が危ぶまれると悟ったのだろう。
彼女がもう少し昔から歩み寄ってくれたのなら、こんな夫婦にはならなかっただろう。今更遅いとは思わないのだろうか。
少なくても今更ユインはやり直したいとは思えなかった。これでもユイン自身は努力してきた。それを受け入れなかったのは皇后自身だ。
今更自分の地位が怪しくなるからといって、擦り寄られても嫌悪感が増すだけだった。
「陛下!こんなところにいらっしゃったのですか?……お祖父さまが探していました。至急お話したいことがあるそうです」
「え?…ああ、今行く」
何でこんな所にライルがと思わないわけでもなかったが、皇后から去るチャンスなので疑問は口にせず、そのまま執務室に戻ることにした。
「皇后陛下お久し振りです」
「……本当に。随分大きくなられたこと」
毛嫌いしている皇后に向かって、にこやかな態度にユインは疑問に思った。
あれほど嫌っていたはずなのにこの態度はなんなのだろう。
「相変わらずライル様は陛下にベッタリなのかしら?……もうそろそろお兄様離れする必要があるのではないかしら?恋人でも作って」
「ええ…ですからこうして陛下の側に居ります」
そこまで言うとは思っていなかったユインは一瞬言葉を失う。同様に皇后も顔を引きつらせた。その一言で全てを悟ったらしい。皇后は言い返そうにも言葉が見つからないようだった。
「文句がお有りなら、我が公爵家までどうぞ。皇后陛下」
屈辱に震えている皇后を置いてユインはライルの手を引くと早足で自室に向かった。今更執務室に戻るよりも早いからだ。
「ライル!どういうつもりだ?」
荒げそうになる声をなるべく抑えて向かい合った。
「だって……陛下は元老院にも俺たちのことを言って下さったのでしょう?お祖父さまが言っていました。反対されると思ったけど、心良く許してくれました……皇后や皇后の実家が文句を言うのであれば、黙ってはいないとまで言っていました」
それは心良く許すだろう。公爵家にとって悪い話ではないからだ。ここしばらく、ライルの実家には姫が出来ず皇后として送り出すことができていない。
「お前な…だからと言って……わざわざ事を荒げなくても良いだろう」
「だって陛下は皇后とは会わないと約束してくれました……だから俺」
ユインの約束を盾に戦線布告をしたというのだろう。
「だからって……修復しようのない仲だっていうのに更に軋轢を入れることもないだろう」
皇后の実家だって元老院の一員を一族から出している。ユインが男の愛人を持つことに文句を言える立場ではないが、焦っていることは確かだろう。
無暗に揉め事を起こしたくはないが、ライルは実家の許可が出たことで、良い大義名文が出来たとでも思っているのだろう。
「余り……おおっぴらには出来ないんだぞ?……分かってるのか?」
駄々っ子のようなライルを勇めることもできず、ユインはライルに甘すぎる自分に苦笑を禁じえなかった。
「分かってます陛下……でも」
分かって下さい、とでもいうように抱き締めて離さない細い腕。しかしその手もこれから大きくなることを示すように、しなやかな筋肉が付いている。ユインよりも低かった背はもう同じほどの高さになっていた。
柔らかなベッドに身を沈め、ライルの口付を受け入れながら尋ねてた。
「お前の父親たちは他に何も言っていなかったか?」
「他とは?」
「何も言っていないなら構わない」
公爵家もライルの性格を良く分かっているのだろう。余計なことは言わないのは流石だと思った。
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