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失敗だと思い始めたのはいつからだろう。ライルの若い情熱を甘くみていたなかもしれない。所詮ほんの短い間だけのことだと思っていたのだ。
だが何時になってもライルがユインを見る目は変わることはなかった。自分よりも小さかった背が同じ高さになって、追い抜いていっても同じような執着心を持ったままだったなだ。
可愛らしい笑顔から、大人の笑みを浮かべるようになったライルもやはりユインにとってはかわいい弟だった。
「大きくなったよな……ほんと」
二年の歳月はライルに劇的な変化をもたらした。ユインは二年前とほとんど変わらないというのにだ。10代の少年と、20をとっくにすぎた自分と比べるのもおかしいだろうが。
「陛下よりも大きくなりたかったんです。大人になって陛下をお守りできるくらいに」
今はこうして抱かれていても、すっぽりとライルの腕の中に入るほどだった。
「そうだよな……あと少しすればお前も15歳だからな」
「はい」
「なら、もう遊びの時間は終わった……それが分かる分別がつく歳にはもうなったよな?」
「…え?」
何を言われたのかわからないといった顔をライルはしていた。当然かもしれない。
終わりをほのめかしたことなど今までなかったからだ。
「こうして会うのも今夜が最後だ」
事務的にユインがライルにそう告げると、ライルは強張った表情で首を振った。
「そんなっ!どうして急に!……俺のどこが陛下の気に障りました?!直しますから!…どうかっ」
「お前がどうとかじゃなくて……そろそろ潮時だと思ったからだよ」
分かるだろうとほほ笑んでやれば、首を振って拒絶した。
「どうしてこんなに急にですか?…俺は納得いきません」
「何か勘違いをしていないか?ライル?」
勘違いと言う言葉に一縷の望みをユインは砕いた。
「お前が納得しようが、しまいが関係ないことだ。お前の許可が必要なことか?」
いくらライルが名門公爵家の出だろうとライル自身には今は何の権力も持っていない。皇帝の自分が終わりだと言ったら、終わりになるのだ。家臣であるライルが納得する必要などない。
「それでも納得できないのなら、可愛い弟のお前に分かりやすく説明するよ」
弟を殊更強調し、裸体にガウンを纏った。それだけで大部距離が広がったような気になるから不思議だった。
「皇后が身籠もったんだ。これで男なら皇太子誕生だ……どうした?やっと跡継ぎが帝国にできるかもしれないんだぞ?喜んではくれないのか?」
無言でいるライルの顔を覗きこむと、微かに唇が動くのが分かった。
「どうしてっ!……俺が喜ぶなんて思うのですか!皇后の子のせいで貴方を失おうとしているのに!」
「帝国臣民なら、何よりもまず喜ぶべきことだろう?」
「陛下はっ!約束してくれました!俺とこうしている間は他の誰とも抱き合わないと!!」
「ああ……そういえばそんな約束もしたな?…まさか本気で信じていたのか?あんなベットの上での戯言を……」
信じていただろうことは、ライルの目から流れ落ちる涙から推し量ることはできた。きっとユインの言葉を何の疑いもなく信じていたに違いない。こんなことを告げるのは流石に気が滅入った。まさか泣くなどと思ってもいなかった。
「信じて…いました」
「泣くなよ……悪かったと思っていたから、お前には何も知らせないようにしていた。ライル、俺は皇帝だ。役目がある。分かるだろう?」
「分かりたくありません…陛下は俺を裏切ったんです!」
ユインは思わずため息をついた。もうライルも15になる。ユインに告白してきた12歳だった初心な少年ではないはずなのに。この歳になれば浮名を流すことも少なくない。ユインだってライルが他の女に言い寄ったところで怒るつもりは毛頭なかった。むしろ自然にライルがユインへの興味を失っていけば良いとさえ思っていたほどだ。
「だから悪かったと思っているから、知られないようにしていたって言っているだろう?……お前の初恋を叶えてやりたかったんだ」
「それも……今この時に、粉々に砕かれて無くなりました……」
可哀相だと思うが、ユインにはどうすることもできない。
「これで事情は説明しただろう?……もうここに居てはいけない。公爵家の城に戻れ」
「嫌です!……皇后が妊娠したからって、どうして俺たちが会えなくなるんですか?…俺はこのままでも良いんです!……どうしても陛下が皇后とのことが必要だと言うなら、俺は目を瞑りますから!どうか…」
あれほど自分一人のものでいて欲しかったと、皇后の妊娠のことがショックでユインを責めたというのに、それでも構わないからこのままの関係を続けてくれとさえ懇願してきているのだ。
それができれば叶えてやらないわけではないが、それはできない相談だった。
「無理だ……最近、他のものが煩い。跡継ぎができるかできないかの問題だ。お前とのことも煩く言ってきている。今が潮時だ。国民にも皇后と上手くいっているように見せないといけない。愛人にかまけている暇は無いんだ」
はっきりと、真実を告げてやる。例え嫌われようとも変に温情をかけるよりもライルのためになるだろうと思ってだ。
「お前にも良い機会だろう?……もう、士官学校に行かないといけない歳だ。公爵家からも散々言われてきているだろう」
「俺の身分なら士官学校なんかに行かなくてもっ!」
「身分だけの能無しはウンザリだ!お前もそうなりたいのか!」
ユインがどんなに血筋だけの無能どものおかげで苦労しているか、ライルには良く話して聞かせていたので誰よりも良く知っているはずだ。
「俺はっ!」
「分かったら出て行け!……お前がなんと言おうともう俺たちは終わりだ。お前が何を言おうと覆ることはあり得ない」
ベッドの下に落ちている服を拾って手渡してやっても、それを受け取る腕は無かった。強引に押し付けてやれば虚ろな目で見返してきた。
「本当に……これが最後なのですか?」
「最後だ」
変わらぬ声のトーンで無情に最後通告を叩きつければ、やがてその目は燃えるような憎しみに彩られた。
「陛下……俺は貴方を愛して、貴方を恨みます」
「それで良い……ライル、良い男になれよ」
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