▽ 3
「俺は……一生結婚なんかしません」
「そんなこと許されるはず無いだろう……お前は一人息子だぞ」
公爵家の跡取りとして、結婚して跡継ぎを作る義務があるのだ。ユインと同じように。
「でも俺はしたくないんです……」
「ライル、もしかしたら好きな女の子がいるのか?」
こうかたくなに拒絶するのはそれしかないだろう。事実ライルは否定もしなかった。
「もしかして…皇后だったりするのか?」
ユインからしてみれば高慢で嫌な女だが、外見だけ見れば非常に美しいらしい。年頃少年が憧れるのに不思議はなかった。だからユインが皇后の元に通うのを気にしているのかと、ふと思ったのだ。
「違います!!……皇后陛下なんて…俺は絶対に好きになりはしません。」
むしろ嫌悪すらその幼い表情に張り付かせているライルは、確かに皇后を好いてはいないだろう。
「じゃあ誰が好きなんだ?」
「言えません…」
「言って見ろって」
「嫌です……」
「これでも俺は皇帝なんだぞ。お前が真剣に好きなら、俺がなんとかしてやるから、言ってみろって」
ライルは身分が高いので、余りにも身分に差がありすぎると難しいかもしれないが、何とか出来ない訳でもないだろう。皇帝の権力は絶対だ。その割りには最近反論しがたい状況に追い込まれてはいるが。
下に落ちた肖像画を空ろな目で見ながら、そんなふうに思った。
「相手が結婚していてもですか?」
「え……?」
「相手が俺のことなんか……弟のようにしか思ってくれてなくても……それでも陛下が何とかしてくださるのですか!!」
ユインの簡単な物言いに激昂し、ライルは詰問を繰り返した。彼なりに悩み続けてきたのかもしれない。それをユインが簡単にどうにかしてやると言えば怒るのも当然だろう。
「悪かった……からかって」
からかったつもりはなかったが、ライルからみれば面白半分だと思われているかめしれない。
「だけどな……お前に好きな子がいるなら、その子と幸せになってくれたらって思ったんだよ。ほら、俺なんかもろ政略結婚だろ?……だけどまあ、俺がどうにかしてやるより先に、恋人になるのが先だろう。弟としてしか見てもらってないんじぁあ…俺もどうしようもない」
その相手に夫がいるだけなら、ユインの命令一つで片がつくが、人の思いだけはユインもどうしようもできない。
お互いが思っているのなら、公爵家にも命令で結婚という形をさせられるし、相手が結婚しているのなら離婚を命じることなど簡単だ。
だが相手がライルのことを何とも思っていないのに、権力で無理にライルに娶わせれば、ユインと皇后のように不幸にしかならないだろう。
「そうですね……でも俺は、その人から弟という特権すら奪われたら……そう思って、怖くて何も言えないで来ました」
そう悩ましい表情で苦悩する有様は少年ではなく、立派な一人の男のようだった。まだまだ子どもだと思っていたのに。
「幾つになった?ライル」
カウチに横たわったまま抱き寄せてやれば、一瞬身体を強張らせたが大人しく抱き締められたままだった。
「12歳になりました」
「12かあ……」
やっぱりまだ子供だと思って、そっと額の黒髪を掻き揚げて唇を落としてみれば、そこには困惑気な顔だった。
「陛下……俺本当は、陛下に俺の恋をかなえてくれるって言ってくれた時……心が揺れました。本当にかなえて頂けますか?」
「だから協力してやるって言ってるだろう」
相手に嫌われない範囲で、ユインにできるだけの協力は惜しまないつもりだった。ライルが相手の気持ちなどどうでも良いと言うのなら、その女のことなど考えずに与えることもできる。
「だったら……俺は…陛下が欲しい……俺は陛下を愛しています。初めてお会いした時からずっとお慕いしていました」
「ライル……」
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